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「熱量」伝わらず 農業は「輸出」に期待【検証:菅政権9】2021年1月19日

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菅政権にとって勝負の150日間が始まった。その出鼻、通常国会冒頭での初の施政方針演説はどんな言葉が飛び出すのかと聴き入った。だが期待外れに終わった。農業分野は時間にして10秒強。熱量が伝わらない。(敬称略)

会見する菅首相会見する菅首相(写真:首相官邸より)

三つのショック

国会開会前に三つのショックな情報が菅のもとにもたらされた。
まずは世論調査。政権寄りとされる読売新聞ですら18日の国会当日の1面肩で菅内閣「不支持」49%、「支持」39%と逆転と報じた。次にコロナ禍での中国実質GDPプラス。ウイルス発生源の中国は「封じ込めに成功した」と宣伝するだろう。一方で東京五輪をひかえる日本は感染抑制のメドが全く立っていない。さらに新型コロナウイルス変異種の市中感染の恐れも高まった。英国由来の変異種は感染力が強い。

困った。さてどうする。そんな菅の心中を察する。そして国会の開会ベルが衆参本会議場に鳴り響いた。

まずはコロナ

年頭の国の方針を示す施政方針は約1万字ある。臨時国会などの所信表明に比べ3割程度多い。それだけ時に首相の熱意を傾け、国民にメッセージを示そうとする。マスコミには事前に原稿が配られ、首相がその通り読むかどうかも含め、演説をチェックするのが通例だ。

自分の思い入れのある箇所は、身振り手振りも交え声が大きくなる。なるほどここが山なんだな。受け手側も納得する。文章の構成ははじめに問題意識、最後の終わりで締め、一番言いたいことが書いてある。項目立て、小タイトルの付け方で政権の政策への軽重が透けて見える。
施政方針を読み解こう。演説は7項目。まずコロナ対策。次に東日本大震災を含めた災害対策。3番目にグリーン社会、デジタル改革などわが国の課題と対応方針。4番目地方への人の流れをつくる、5番目が社会保障、6番目が外交・安全保障、最後におわりに。内政から外交の流れで文章の構成は成る。農業は4番目の地方活性化で触れる。

冒頭、菅は政権を担って4カ月一貫して追い求めてきたものは、「国民の『安心』と『希望』と語りかけた。国民はきょとんとしたはずだ。安心と希望の二つこそ、日常生活で今最も欠けているからだ。そして、新型コロナウイルス対策で政府が取り組んできたことを縷々羅列する。これでは国民に伝わらない。

ESG触れず大局観欠如

しかし、施政方針では世界的潮流の気候変動や国連の持続可能目標SDGsへの熱意が感じられない。つまりは大局観の欠如だ。

企業は今後世界市場で生き残るにはESGの実践が欠かせないと事業転換を急ぐ。ESGとは環境、社会、統治の三つを表わす英頭文字。金融では農林中金も含めESGを投資基準に置きはじめた。ESG推進は持続可能社会への道であり、SDGs実現とも重なる。気候変動対策とも背中合わせで、地球環境保全と企業の存続は運命共同体との考えだ。

施政方針の3番目の〈グリーン社会の実現〉がESGと重なる。菅は「グリーン成長戦略を実現することで大きな経済効果と雇用創出が見込まれる」としたが、あくまで他人事のようだ。グリーン・ニューディールのような効率・利益重視の現行社会を抜本転換する国家戦略が必要だ。それを具体化すれば新自由主義の色彩が強かった安倍前政権の経済政策からの決別で、〈さらばアベノミクス〉となるだろう。

農業は4番目に10秒強

農業は、4項目の最初に〈農業を成長産業に〉の小見出しで触れた。まずは「スガ案件」の目玉の一つ、農産品輸出への期待だ。昨年10月の政権発足後の臨時国会での所信表明で菅は、農業について触れたが「輸出」「成長」ばかりが突出し、肝心の10年後の2030年を展望した指針、新たな食料・農業・農村政策基本計画には言及がなかった。今回も同様だ。基本計画では国内農業振興への国民運動の展開を掲げた。なぜ、通常国会冒頭で首相自らが呼びかけないのか。

農業を巡る現状と課題、方向性の認識に首をかしげざるを得ない。まずは自国生産を柱とした食料安全保障の強化を挙げるべきだ。食料自給率がカロリーベースで38%と先進国最低水準の低水準となっていることへの危機感を発するべきだ。自給率を国是の45%まで引き上げる具体的プロセスこそ示すべきだろう。
農業が成長し余剰を輸出できるまでに競争力を持つには、まずはしっかりした生産基盤を維持・拡充することが欠かせない。

輸出に強い意欲

この輸出に関して菅は特に思い入れが強い。昨年、官邸での関連会議の後、取り組み状況を説明した山崎周二JA全農理事長と名刺交換し、「今度ゆっくり話を聞かせてくれ」と声を掛けた。それから少したって実際に菅との昼食を挟みながら45分間の懇談の機会を持つ。菅はこれまでも官房長官時代を通じて、朝食や昼食を挟んで財界人や有識者と具体的な項目で率直な話を交わし法案など政策に生かす政治的手法を取ってきた。
菅にしてみれば官房長官時代に農協改革、特に小泉進次郎を農林部会長に充て全農改革を進めてきた経過がある。改革を加速する全農に輸出への期待を掛けている表れかもしれない。

施政方針では農産品輸出の2030年5兆円へ「世界に誇る牛肉やイチゴをはじめ27の重点品目を選定し、国別に目標金額を定めて、産地を支援していく。農業に対する資金供給の仕組みも変えていく」と具体的数字を交え踏み込んだ。ポイントは〈重点品目〉と〈国別目標金額〉の二つ。何をいつまでどこでいくら。こうした目標を具体的な道筋、年次別の工程表を実現するように迫っているのだ。

コメ過剰問題にも言及

輸出の次に取り上げたのは主食用米から高収益作物への転換。そして「農林水産業を地域をリードする成長産業とすべく改革を進める。美しくて豊かな農産業村を守る」と締めくくった。

コメ過剰問題は、コロナ禍の外食需要縮小に加え家庭内消費の伸び悩みで深刻さを増す。
そこで首相がコメ問題を取り上げたのはある程度意義がある。コメは基幹作物で、需給緩和による米価下落は地域経済にも悪影響を及ぼす。種籾動向からこのままでは需給緩和を避けられそうにない。そこで産地ごとにコメ用途を主食用から加工、飼料用へと転換する努力が必要だ。農水省として主食用米からの転換を強く推し進めており、施政方針に入った。ただ、国内農業を左右し今後の食料安保とも関わる水田農業の重要さをコメ消費拡大国民運動と共に、政権が呼びかけるよう農政運動の展開も課題だ。

菅政権で警戒されるもう一段踏み込んだ農政改革、農協改革については、「成長産業へ改革を進める」と一般的な表現にとどまった。ただ安心は出来ない。菅は農地への企業参入に関心がある。さらに、またぞろ規制改革推進会議で理不尽な要求が出てこないとも限らない。とりあえずは3月末を期限とする准組合員事業利用規制の有無の改正農協法「5年後条項」の扱いに注視しなければならない。

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