自ら動いた首相 五輪とコロナ「両にらみ」【検証:菅政権11】2021年2月15日
菅政権に、またまた難題だ。東京五輪目前に、迷走続ける大会組織委員会トップ交代劇で首相自ら動いた。後々、次期衆院選戦略にも響きかねない。17日にはワクチン接種も始まる。政権にとって「勝負の1週間」が動き出した。(敬称略)
挨拶する菅総理(写真:首相官邸HPより)
20年前のデジャヴュ懸念
いつかどこかで見た情景再びか。五輪大会組織委トップを退任した森喜朗は、いわばデジャヴュ(既視感)の政治家だ。2000年の首相就任時の自民党重鎮〈5人組〉での密談人事。20年前の「えひめ」丸事故での逆ギレと追い込まれ退陣。再び今回の五輪組織委トップ迷走劇でも起きた。
あの時、当時の森政権は支持率10%台。政権維持の体力はない。「えひめ」丸事故から2カ月後の4月に首相を辞める。20年後の今年4月には「カネと政治」で衆参補選がある。「20年前の轍は踏みたくない」と菅が考えても不思議ではない。
政権ネック「菅官房長官がいない」
冒頭、「勝負の1週間」と書いた。官邸は、まず17日から始まる迅速な新型コロナウイルスのワクチン接種を内閣支持率浮揚策の切り札と位置づけた。週末にはポスト森の次期五輪大会組織委会長も決める腹づもりだ。首相の菅義偉自らトップ交代劇に乗り出した以上、結果責任を伴う。今週のこの二つの対応は〈吉〉と出るか〈凶〉と出るか。週末に出る世論調査を、菅は一喜一憂しながら待つ。
菅自身はもともと人事介入が好きだ。次期組織委トップも「女性」「アスリート経験者」「若い」「政治手腕」を念頭に置く。そうなれば、野党にも受けのいい五輪相の橋本聖子(参院比例、56歳)以外にいない。内閣府特命担当大臣(男女共同参画)も兼ねている。だが、この時期に五輪担当大臣を軽々に代えていいのかとの批判も出る。
こうした案件はまず、官房長官をはじめ官邸で動くべきだ。安倍政権時なら、混乱収束に菅官房長官が水面下で対応した。現政権の最大のネックは「菅官房長官がいないこと」が大きい。前政権の知恵袋だった経産省出身・今井尚哉首相補佐官のような切れ者もいない。
こんな混乱時の週末13日夜、東北を震度6強の地震が襲う。まるで〈大震災10年を忘れるな〉と警告しているように。翌14日午前2時の真夜中に官邸で菅が会見している。まさに危機管理の人である。しかし、では官房長官は何をしているのかともなる。まさに政権には菅官房長官不在の象徴的な出来事だ。
出身は湿原地、なぜなら〈失言〉多し
森の話題に戻ろう。政治家時代にも話題に事欠かない方だった。今でも言えば、麻生太郎のようなタイプだ。ご両人とも何を言ってもこの人なら許される。そんな雰囲気を醸す。
森とは数年前に国会議員に返り咲く前の鈴木宗男の講演会で会った。あの宗男が頭を深々と下げていたのを思い出す。実力者で気配り、後輩の面倒見がいい。敵をあまり作らない。そうでないと政策通でも頭脳明晰でも国民的人気が高いわけでもない政治家が首相にはなれない。
米どころ北陸・石川出身だが農業とは関係が薄い。だから取材した記憶がない。文教族で自民右派の立場から発言を続けた。その意味では前首相・安倍晋三に近い。かつて、本当は根釧、十勝の北海道5区出身ではないかとさえ言われたことがある。同選挙区は広大な釧路湿原を有す。「あまりに失言が多い」からとされた。
森喜朗から名前をまともに〈もりよしろう〉と読む人は少なかった。音読み〈しんきろう〉と呼び、存在感のなさから蜃気楼の字を充てた。今回はまさに蜃気楼さながら五輪目前の重大事に大会組織中枢の座から消えた。
問題発言のデパート
問題発言のデパートだ。枚挙にいとまがない。匹敵する現職議員は先の麻生太郎ぐらいだろう。
・「言葉は悪いが、大阪はたんつぼだ」
・「イット革命を進める」
・「日本はまさに天皇を中心としている神の国」
・「(無党派層は)関心がないといって、寝てしまってくれればいい」
・「あの子、大事な時には必ず転ぶんですね」
記憶に残る方も多いだろう。最後の〈あの子〉発言は女子フィギアスケート・浅田真央を指す。〈イット革命〉とは何か。〈IT革命〉のことだが、首相としてIT戦略会議に出席し読み間違えた。と言うよりデジタル通信の進歩が全く分かってなかった証左だろう。
思ったことを口に出してしまう。そこは、例えば小泉進次郎なども同じ。農協改革、全農改革の時は度が過ぎた。正直といえばそれまでだが、ただ森と小泉の違いは戦略的かどうか。小泉は事後の反響まで織り込み済み。森は前後を考えていない。
「サメの脳みそ」「ノミの心臓」
何とも歴史の皮肉な巡り合わせか。「えひめ丸」事故は2月10日。20年後の同日、森の天敵でもある東京都知事・小池百合子は五輪の4者協議出席を拒否。一挙に森五輪組織委トップ辞任の流れとなる。
今回の話題は、一連の新聞報道を取り上げても意味をなさない。世論を敏感に反映する週刊誌が破壊力を持つ。
典型は朝日新聞2月10日付総合4面(首都圏)の紙面を見たい。トップが1面関連で自民幹事長・二階俊博の会見記事。「森氏擁護 火に油」。下5段は当日発売の週刊新潮の広告。〈政界のシーラカンス森喜朗〉と題した特集記事が並ぶ。その中に「サメの脳みそ」「ノミの心臓」「オットセイ」などのあだ名をかつての閣僚が明かす。一般国民は、この1面をセットで見る。脳みそに、森喜朗の実像と虚像が刷り込まれていく。そして、詳しくは週刊誌を買って読んでみようとなる。
週刊誌は見出し一つで売れ行きが全く違う。しかし「政界のシーラカンス」「サメの脳みそ」「ノミの心臓」とは言い得て妙だ。本人を知っている人ほど、的を射た指摘と手を打ったに違いない。
どう政治に波及
それにしても間が悪い。国会審議でさまざまな問題が噴出している。ようやく週明け17日のワクチン接種で、防戦一方だった菅政権の反転攻勢も見え始めていた矢先だ。
さて、これからどうする、どうなる。3月10日には東京五輪への最終確認を含めたIOC総会、3月25日には大震災被災地・福島で五輪聖火リレースタート。もう時間がない。
思い出すのは2013年の東京五輪招致出陣式で気勢を上げた当時のトップ4。安倍晋三首相、森喜朗元首相、猪瀬直樹東京都知事、竹田恒和JCO会長は、いずれも表舞台から去った。当時、菅は官房長官。今後の全てはコロナと五輪と経済の〈3元連立方程式〉をどう解くか。菅政権の行く末は、靄がかかりなかなか見通せない。
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