正念場〈コロナ敗戦内閣〉 3つの衝撃が足元揺さぶる 農政ジャーナリスト 伊本克宜【検証:菅政権15】2021年5月12日
菅政権は、12日から緊急事態宣言を延長し新たに対象に愛知、福岡を加えた。コロナ感染拡大は首相・菅義偉のシナリオをことごとく覆す。〈コロナ敗戦内閣〉に3つの“衝撃”が襲う。政権を覆う暗雲は一段と厚さを増す。
発言する菅総理(首相官邸HPより)
緊急事態延長で1兆円超"蒸発"
10日の衆参予算委員会は、コロナ関連の集中質疑を行った。ここでも緊急宣言の延長問題が議論の中心となった。
景気を最優先とする菅にとって、週末の緊急事態宣言の延長は苦渋の決断だった。
4月29日からの黄金週間、大型連休を射程に人流を抑え込む作戦は、景気への冷水と表裏一体だからだ。さらには、5月9日「母の日」や運動会も含め一連の行事が続く5月いっぱいを、日本経済中枢の3大都市圏の東京、大阪、愛知などで緊急事態により一定の経済活動を停止する行動は、今後の経済に大きな影響を及ぼしかねない。
既に今回の緊急事態で、1兆円の損失、需要の"蒸発"などの試算が民間研究機関から相次ぐ。今週は大企業の2020年度事業実績の発表ピーク。各企業の会見では、コロナ禍と緊急事態宣言延長と今後の業績への悪影響の関連した質疑が圧倒的に多い。いずれも、「先行き不透明感を増した」との回答だ。
コロナ禍でも反転攻勢の食農
コロナ禍で食と農の現場実態はどうか。大きいのは外食、ホテルをはじめ業務用需要の低迷だ。行き場を失った食材をどうするのか。
例えば生乳。緊急事態拡大、延長のコロナ禍で5、6月に全国の6割近い割合を占める北海道の生産がピークを迎える。まずは生乳廃棄を避けるため保存の利く乳製品に仕向ける。結果、バター、脱脂粉乳の在庫は積み上がる。コメは直近で前年対比20万トンの需要減となっている。関係者は出来秋の米価低迷を見据え、消費拡大と共に今年産米を主食用米から飼料用へ切り替える努力を続けている。
こうした中で先週末の8日付け読売新聞夕刊トップ(首都圏版)は「パックご飯需要増」として、コロナ禍での主要拡大、輸出、全農のパックご飯事業本格参入の動きを伝えた。
巣ごもり需要を受け好調なニトリ。日用品、家具の企業が食の分野へ進出する。家具店に併設した「ニトリダイニング みんなのグリル」。目玉は低価格ステーキ。主力にワンコインステーキ。500円のチキンステーキを手料理する。家具、食器は自社製品を活用しコストを抑える。若い家族連れが多い来店者のニーズを取り込む作戦だ。
バッハ来日見送り
菅は先週7日金曜日夜、NHK夜7時のニュース時間帯の合わせ緊急事態宣言の延長会見を始めた。一般国民に最も広く伝わる事態を使い、コロナ感染の一番の肝である〈人流抑制〉を訴えるためだ。同時に流れたニュースは、東京五輪開催協議を予定していた国際五輪委員会(IOC)のバッハ会長の「来日見送りへ」というニュースだ。
翌8日土曜日の新聞各紙は1面に〈月末まで緊急事態延長〉を載せた。独自の視点で政治ニュースを伝えるスポーツ紙の紙面作りは見逃せない。スポニチは〈バッハ、来日やめるってよ〉の見出し。橋本聖子JOC会長が、不安げな表情でスタッフから耳打ちされる写真付き。毎日新聞1面がメディアの問題意識を映した典型的な紙面と言える。トップに〈緊急事態延長決定〉、サブに〈衆院秋解散が濃厚〉、真ん中の紙面へその位置に〈バッハ会長来日見送りへ〉。つまりはコロナ禍の収束・解散・五輪は一蓮托生の"3点セット"なのだ。結局、バッハ訪日は6月で再調整となった。だが、万が一、6月も来日困難となれば、五輪開催は難しいことを意味する。
黄金週間の短期集中は当て外れ
コロナウイルス押さえ込みへ現行法制上、最も強力な措置である緊急事態宣言の効力が明らかに薄れつつある。経済を最重視する菅は、3度目の緊急事態を短期間にこだわった。
3度の宣言の概要は下記の通りだ。特に今回の〈短期集中〉は、当初から期間が短すぎるとの指摘が多かった。期間を大型連休明けの11日までとしたのも、17日来日予定のバッハ会長の日程をにらんでのことだ。
しかし、変異株の感染力はすさまじく、宣言延期を余儀なくされ、肝心のバッハ来日まで当初予定が白紙となった。これでは「場当たり的」対応と批判されてもやむを得まい。
・1回目
2020年4月7日~5月25日の49日間・東京など7都府県(4月16日から全国拡大)
安倍首相(当時)戦後最大の危機を乗り越える
・2回目
21年1月8日~3月21日(73日間)・首都圏1都3県(1月14日から7都府県追加)
菅首相 効果のある対象に対策を講じる
・3回目(※12日から延長)
4月25日~5月11日(17日間)・東京と近畿3府県(さらに5月12日から31日までの計37日間に延長、愛知、福岡を追加、合計6都府県に)
菅首相 短期集中で人流を止める→変異株拡大で感染増大に対応
衆参3選挙〈全敗〉の余波続く
冒頭の3つの"衝撃"と書いたが、1つは予測をはるかに超えたコロナ変異株の猛威に伴う経済への悪影響、バッハ来日中止による東京五輪の先行き、さらには先の4月25日の仏滅の衆参3選挙区全敗の痛手がいまだに癒えないことだ。
3選挙前の3月下旬の千葉県知事選、千葉市長選のダブル敗戦も尾を引いている。知事選は野党系が自民候補者に100万票以上の差をつけた圧勝だ。当選した熊谷俊人は元々、旧民主党の千葉市議から千葉市長を務めた。「政治とカネ」に加え、菅政権のコロナ対策への不満が、520万人もいる有権者を反自民に向かわせた。
安倍接近と二階との距離
選挙で苦戦する菅だが、ここに来て権力基盤の〈軸足〉を変えつつある。最大派閥の細田派への秋波、特に前首相・安倍晋三との関係修復だ。その動きを反映するように安倍は連休中の3日夜、気心の知れたキャスターのBSフジ報道番組に出演し、次の自民党総裁選で菅が続投すべきとの考えを明らかにした。むろん、安倍も深謀遠慮あっての政治的な発言と見られる。一方で、それと反比例するように菅を首相に担いだ二階俊博自民幹事長との距離が広がっている。
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