【検証・改正畜安法3年(下)】基本視座は持続可能な酪農 コロナ禍こそ問われる需給機能 農政ジャーナリスト 伊本克宜2021年5月31日
改正畜安法に伴い、生乳需給の在り方が問われている。6月中には規制改革実施計画を示される。酪農家の経営安定にも直結する指定団体の実際の役割を直視し、持続可能な酪農実現の視点に立ち公平で冷静な結論を得るべきだ。
酪農家所得向上の道筋見えず
改正畜安法の大きな目的は生乳、牛乳乳製品の需給安定と生乳出荷の選択肢を多様化し酪農家の所得向上に結びつけることだった。法改正から3年を経て結果はどうか。
流通自由化の側面が強い。一方で肝心の酪農所得アップは、「いいとこ取り」した一部農家に偏っている。2時間で腐敗、変質が進む生乳の特質を踏まえ、指定団体による一元集荷多元販売を実施してきた。その〈岩盤〉を壊せば、かえって需給混乱を招き全体の酪農家に不利益をもたらしかねない。アウトサイダーだったMMJは改正後、生乳受託拒否訴訟さえ起こしている。
法改正から3年、明らかになりつつあるのは一向に酪農所得向上の道筋が見えないことだ。国会の農水委員会でも取り上げられた。生乳改革の規制改革WGに関連し「現場を置き去りにした議論。国民の不信を招くような改悪はもうやめるべきだ」との野党議員の指摘は的を射たものだ。特にコロナ禍で業務用需要が蒸発する中では、指定団体に結集し用途別需給均衡に努めることこそが、結局は酪農家全体の持続性と経営安定に結び付くことを裏づけた。
乳業からも指定団体重視の声相次ぐ
5月中旬の2020年度決算会見で、筆者は大手乳業トップに改正畜安法の課題と指定生乳生産者団体の評価を改めて聞いた。相次いだのは生乳需給調整の中での高い評価だ。
北海道のシェアが高く乳製品の基幹工場を持つ雪印メグミルクの西尾啓治社長は、指定団体は品質、供給、価格の3つの安定で重要な役割を果たすと強調。特に生乳需給調整機能で平時のみならず、有事の際にも非常に大きな存在だと評価した。そして、規制改革論議で一部委員から全国の約6割を占める北海道の指定団体ホクレン分割論が出ていることも踏まえ、「持続可能な酪農乳業産業を目指す視点で、ぜひバランスの取れた議論を期待したい」と踏み込んだ。
西尾の言う〈バランスの取れた議論〉とは、指定団体、特にホクレンの果たす役割の評価と、当座の損得などを超え持続可能な酪農乳業の実現を指す。つまりは、今の規制改革推進会議の論議は暗に〈近視眼〉的だと指摘しているのだ。
最大手・明治HDの川村和夫社長は「乳業と指定団体は互いに信頼するパートナーの位置づけだ。5月大型連休の生乳需給対応も双方の対応で生乳廃棄もせず乗り切ることができた」と、改正畜安法下でも引き続き指定団体の役割が絶大だと評価した。川村は酪農生産基盤が弱体化することを憂い〈酪農乳業一体論〉を説いてきた。現在、生処販関係者で作るJミルク会長を務め、10年後も成長を続け持続可能な酪農乳業産業を目指す「提言」の実践にも力を入れてきた。
靴に足を合わせる愚
先の「検証・改正畜安法」(上)の冒頭で、「これほど関係者から評判の悪い法律は珍しい」と書いたが、生乳制度改革のフォローアップならば、「まず改革ありき」「まず半世紀続いた制度廃止」などを狙った規制改革論議の陥穽こそが問われるべきなのだ。
結局は「改革」という名の〈靴〉に、「生産現場」という〈足〉を合わせても、うまくまっすぐ歩くことはできない。実際の足のサイズに靴を合わせ、今の酪農の発展を妨げている規制や課題は何かというまっとうな改革論議をすべきだ。現状は逆立ちした弁証法のレベルだろう。
以下、改正畜安法3年目となる2020年度の主な交付対象事業者別の販売乳量(速報値)を示した。
◎2020年度交付対象事業者別販売乳量(単位トン、%、※は新規)
・ホクレン 400万7025 102.0
※サツラク 4万0749 100.7
※カネカ食品 6036 121.3
※MMJ 9万6556 108.1
・東北生乳販連 50万4611 99.5
・関東生乳販連 102万4506 99.1
・九州生乳販連 59万3909 100.5
ここで分かるのは、新規参入者が指定団体と桁が違うと言うことだ。酪農不足払い制度廃止論は、国民にも分かりやすい家庭用バター不足も一つの要因となった。特に当時のアウトサイダー集乳販売売業者MMJが、北海道内などでの一部メガファームを傘下に置く動きが広がった。だが、法改正後の実際の用途別販売実績を見ると、加工向け割合はホクレンを筆頭に生乳需給対応から指定団体が圧倒的に多い。当初から改正畜安法は「飲用シフトを強め、かえって家庭バター不足を招く」と指摘されていた。
指定団体「見える化」が重要
全国屈指の生乳地帯を持つ北海道釧路地区酪農対策協議会は5月、指定団体機能に対する酪農家の理解醸成活動強化を決めた。来年度までの2カ年を特別重点期間とする。改めて注目したい。同管内のホクレン以外の事業者に出荷する酪農家は29戸、合計4万5000トンで、釧路管内全体の生乳生産量約58万トンの8%を占める。それだけ大型農家がホクレン以外に出荷している実態もある。
飲用向け中心で当面の手取りが上がるとしても、中長期で見れば酪農経営安定につながらない。毎年の乳価交渉は指定団体への結集こそが欠かせない。やはり指定団体機能の重要性と役割を酪農家に説く「見える化」が急務だ。改正畜安法3年の大きな課題でもある。
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