自民農林族一つの転機 谷津逝き宮腰去る 農政ジャーナリスト 伊本克宜【検証:菅政権17】2021年6月8日
自民農林勢力図が地殻変動してきた。「政治とカネ」を巡り大物議員が表舞台から消え、コメ精通の宮腰光寛氏が突然の政界引退を表明した。さらには国際交渉でも活躍した谷津義男元農相の逝去。新旧交代で一つの転機を迎えている。
誠実な谷津のエピソード
自民農政を形作った農林族幹部が次々と姿を消す。そんな思いを一段と募らせたのは、ガット農業交渉、WTO農業交渉と続く1990年代からの一時代を牽引した元農相・谷津義男の訃報に接したからだ。6月3日早朝に肝臓がんで逝去した。享年86。
谷津の人柄を彷彿させるエピソードがある。20年あまり前に、JA女性協メンバーがWTO農業交渉に関連し農水省を訪れ、谷津農相(当時)に日本農業堅持の決意を込めた1万人の要請はがきを農水省大臣室で手渡した時のことだ。谷津は「せっかくここまで来たのだから、一人一人、思っていることを話しなさい」と参加したJA女性部員らに促した。茨城・境町の女性が話すと「私の故郷と遠くないね」と言い、ねぎらった。後にその女性部員は「温かい人柄に触れ、人生の励みになった」と述懐している。
「政治は言葉」を実践
政治は言葉であり、態度なのだ。谷津の源泉はそこにある。
数年前に久しぶりに会った。筆者が「谷津さん、安倍政権の相次ぐ自由化で農政は混迷の度を深めています。また国会に戻り汗をかいてもらえないか」と請うと、さすがに笑いながら「俺を殺す気か。もう体力が続かん」と応じたのを思い出す。めっきり頭は白さを増したが馬力は当時のまま。
尊敬した人物は足尾鉱毒事件で有名になった田中正造。世界食料サミットの話題でも取り上げたFAOのディウフ事務局長とは県会議員時代からの付き合いで、よく国際電話する間柄だった。谷津は特に畜酪に強かった。畜酪は関係団体が多く取りまとめには苦労を伴う。今の畜産議員には関係者を面前で叱責し虚勢をちらつかせる場面も目にする。だが、谷津はそんな態度は一切取らなかった。国会議員として見習うべき点であろう。
農政担う心の支えに
谷津は、農政推進で政治家と農業団体の二人三脚を基本に据えた。JA全中専務から参院議員になった山田俊男は、常に谷津から励ましの言葉を掛けてもらった。山田は谷津が自民党選挙対策総局長を務めた14年前の2007年参院選で初当選した。「しっかりしろよ」と常に言葉をかけ、政治家として農政を担う心の支えになってきた。
2009年、民主党が政権を奪取する衆院で落選し政界を引退。だがその後も自民党農政のことを気に掛け、農林幹部の相談にも精力的に応じていた。
小泉の計略でも登場
そんな谷津がマスコミに再登場するのは、全農改革に深く切り込んだ小泉進次郎の農林部会長時代だ。
TPP農業関連対策で、ガット農業交渉国内対策予算6兆100億円を巡り当時関わった谷津を自民党本部に招き、本人から「あれは大失敗だった。農業団体の話をあまり聞いちゃいかんぞ」の言質を引き出した。小泉自身が何度もこの話題を披露している。そこには一流の計略が潜む。「まず予算ありき」の農林部会の雰囲気を封じるために呼んだのだ。
谷津に電話で直接連絡を取ったのは西川公也。西川は農政の大先輩である谷津の言うことは素直に聞いてきた。谷津を農林合同会議に招くに当たり、西川は小泉に「もしはねたら二人とも切腹だな」と話した。〈はねる〉とは、谷津が1994年当時の農業対策を評価し、国内対策拡充へ官邸に圧力をかけるべきと演説した場合を指す。結果は小泉の目論見通りに落ち着く。小泉の計略などを知らない谷津は裏表のない性格だ。6兆100億円が土木事業に注ぎ込まれ、地域農業の振興にはつながらなかったことの反省の弁を率直に述べたに過ぎない。だが、受け取った方は、それを最大限に利用した。
コメ需給に冷徹な目
富山選出の衆院議員・宮腰光寛はコメ政策のプロだ。コメ需給均衡へ水田フル活用、現在の飼料用米生産振興の仕組みも編み出すなど、コメ政策で大きな役割を果たしてきた。
京都大法学部出身の理論家で、品目別の生産費など数字にめっぽう強く、局長、課長ら官僚との議論で全くひけを取らない政策通でもある。甘味資源など離島対策にも熱心だ。
宮腰は谷津から農政の薫陶を受けた一人だ。谷津が自民農林族のトップ、総合農政調査会会長時代に、農林部会長として支えた。宮腰は谷津の先見性を強く感じてきた。谷津は、2004年には有機農業の裾野を広げるため超党派の有機農業推進議員連盟を立ち上げた。SDGsの持続可能な農業など今につながる。
一方でコメ需給の実態には冷静な目を持っていた。米価が低迷した2007年産を巡り、政府が買い入れなどの緊急対策を実施した際には「こういう出口対策はこれで最後だ」とも話したという。
07年は参院選があり、小沢一郎率いる民主党に、自民党落城の危機感が募る政治情勢にあった。それでも谷津は減り続けるコメ需要の現実を直視し、安易な「出口対策」では早晩限界が来ると見据えていたのだ。
農政通・宮腰も引退表明
谷津から薫陶を受けた宮腰も5月下旬、次期衆院選不出馬と突然の政界引退を表明した。コメ政策や農政の根幹である農地政策に精通した農林族の中枢メンバーだけに、今後の農政運営への影響は大きい。
背景には地元の派閥争いがある。「保守分裂を避けたい」と引退理由を話した。
それにしても、5月末から6月初めのわずか1週間の間に、宮腰引退表明と谷津元農相の逝去。自民党農政の一時代が終わったことを象徴する。
豪腕・西川〈光と影〉
豪腕の西川公也は、長く自民農林合同会議を取り仕切ってきた。東京農工大大学院から栃木県庁、県議、衆院議員と駆け上る。亡くなった松岡利勝と入れ替わるように農林族で存在感を増した。数字に詳しく農政に精通していた一方で、官邸にも近くTPP推進や農協改革の旗を振った。
豪腕を発揮したが「政治とカネ」を巡り何度か辛酸をなめる。2014年秋に念願の農相も、政治資金問題を巡りわずか半年あまりで辞任した。光と影が常につきまとう農林族の象徴だ。
落選中だった西川は、先の大手鶏卵業者現金授受疑惑で次期衆院選までの「つなぎポスト」とみられていた内閣官房参与をやめざるを得なくなった。さらには4月、次期衆院選への不出馬も表明した。年齢的に見て、事実上の政界引退と見られる。だが、地元・栃木での畜産界の影響力は保とうとして役職などは続ける。
農林インナー・イレブン瓦解
菅政権発足に伴い2020年10月、スタート時の自民農林族幹部による「インナー」布陣は重厚さを増した。
前農相・江藤拓が復帰し、宮下一郎農林部会長が新たに加わる。11人の大所帯でいわばインナー・イレブンとでも称される。メンバーは塩谷立農林・食料戦略調査会長をはじめ、森山裕、江藤拓、斉藤健、宮腰光寛、林芳正、小野寺五典、野村哲郎、宮下一郎、山田俊男、吉川貴盛。大半が農相をはじめ閣僚経験者から成る重量級で、自民農林族の層の厚さを裏付ける。
だがこのうち、吉川元農相が西川同様に鶏卵現金授受の「政治とカネ」で議員辞職し、インナーを外れる。さらに、宮腰も政界引退を表明し、〈インナー・イレブン〉の瓦解を招く。
農林族地図も地殻変動
自民党内の農林族勢力図の塗り替えにも結びつきかねない。吉川は北海道で特に酪農に大きな影響力を持っていた。さらに栃木2区が地盤の西川は畜酪と農政全般に発言力を保っていた。共に東日本出身の2人の農林幹部が政治の場から退場したことの意味は大きい。
畜酪のうち生乳は北海道、食肉は南九州の実力派国会議員が事実上差配するのが一般的だ。畜産関連、特に肉牛は森山裕、江藤拓ら農相経験者で鹿児島、宮崎出身の議員がおり、対策拡充が進む。問題は日本の生乳シェア6割を持つ酪農の北海道だ。さらにはコメ精通の宮腰も政治の表舞台から去って行く。
自民農林族は当面「九州突出」が目立つとの指摘もある。その影響が今後どう出るのか。
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