【クローズアップ:気候危機】資本の論理が"元凶"か 高まる協同の役割 斎藤幸平大阪市立大学准教授に聞く2021年6月25日
近年、温暖化によるとみられる気候変動による自然災害が頻繁に発生し、人々の暮らしに大きな被害をもたらしている。なぜ、こうしたことが起きるのか? そして解決策はあるのか? などについて、経済、社会思想の観点から斎藤幸平大阪市立大学准教授に聞いた。(聞き手・構成:中村友哉)
斎藤幸平 大阪市立大学准教授
利潤獲得に奔走 環境破壊厭わず
産業革命以降増えた二酸化炭素排出量
――世界各地で毎年のように大規模な自然災害が起こっています。日本も自然災害に苦しめられており、6月には徳之島で50年に1度の記録的な大雨が降り、東京都心はすでに夏日になっています。斎藤さんはベストセラー『人新世の「資本論」』(集英社新書)で、こうした気候変動の背景を分析しています。
斎藤 気候変動を引き起こす大きな要因は、大気中の温室効果ガス、特に二酸化炭素です。温室効果ガスが地表から放射された熱を吸収することで、大気は温まっていき、そのおかげで地球は人間が暮らしていける気温に保たれてきました。
しかし、温室効果ガスが増えれば温室効果が高まり、気温は上昇していきます。産業革命以降、人間は石炭や石油などの化石燃料を大量に使用し、膨大な二酸化炭素を排出してきました。その結果、産業革命以前には280ppmであった大気中の二酸化炭素濃度は、2016年には南極でも400ppmを超えてしまいました。これは実に400万年ぶりのことです。
このまま気温が上昇していけば、サンゴは死滅し、漁業にも大きな被害が出ます。夏の熱波で農作物の収穫にも影響が出ます。毎夏、各地に傷跡を残す台風の巨大化も一層進みます。
また、北極圏の永久凍土が融解すれば、大量のメタンガスが放出され、気候変動はさらに進行します。永久凍土には水銀や炭疽(たんそ)菌などが蓄積されているため、それらが解き放たれる恐れもあります。南極などの氷床が融解して海面上昇が起これば、多くの場所が冠水します。気温上昇が4度進むと、億単位の人々が移住を余儀なくされ、経済的損失は年間27兆ドルになるという試算もあります。
もちろん日本も無傷ではいられません。気温が4℃上がれば、東京の江東区や墨田区、江戸川区などが高潮で冠水すると言われています。大阪でも淀川流域が広範囲にわたって冠水すると見られています。沿岸部を中心に日本全土の1000万人に影響が出るという予測もあります。
豪雨の被害も大きくなります。2018年の西日本豪雨による被害総額は1兆2000億円にのぼりましたが、この規模の豪雨はすでに毎年起きるようになっており、その確率がさらに高まることになります。
二酸化炭素排出量が大きく増え始めたのが産業革命以降であることからもわかるように、気候変動の根本原因は資本主義です。資本主義は無限の利潤獲得と無限の成長を目指す終わりなき運動です。利潤獲得のためには人々の生活や自然環境が破壊されることも厭(いと)いません。資本主義が世界中を覆うようになった結果、今日のような状況が生まれてしまったのです。
環境に深刻な負荷を与える世界の富裕層
――斎藤さんは農業も二酸化炭素排出量の増加を招いていると指摘しています。
斎藤 現代農業は大量の化学肥料や農薬を使用していますが、その製造には化石燃料が用いられています。そのため、食糧システムだけで全体の30%にも匹敵する大量の二酸化炭素を排出しているのです。
また、大量の化学肥料を使用すれば、窒素化合物が流出するため、地下水の硝酸汚染や富栄養化による赤潮などの問題を引き起こし、飲み水や漁業も影響を受けます。化学肥料は土壌生態系も撹乱するので、土壌の保水力が落ちたり、野菜や動物が疫病などにかかりやすくなるという影響も出ます。
しかし、市場は虫食いがなく、大きさも均一で廉価な野菜を求めているので、現代農業は化学肥料や農薬、抗生物質の使用を止めようとしません。そのため、農業による環境破壊も一向に止まらず、どんどん進行しています。
成長優先で格差が拡大
――『人新世の「資本論」』では、新型コロナウイルスのパンデミックについても論じられています。コロナ禍も資本主義と無関係ではありません。
斎藤 コロナ禍も気候変動と同じように、資本主義の産別です。感染症のパンデミックは、経済成長を優先した地球規模での開発と破壊を抜きには考えられません。
たとえば、先進国のグローバル・アグリビジネスは、自然の奥深くまで入り込み、森林を破壊し、大規模農場経営を行っています。自然の奥深くまで入っていけば、どうしても未知のウイルスとの接触機会が増えます。また、現代ではグローバル化が進んでいるため、一度ウイルスが広がれば、瞬く間に世界中に拡散してしまうのです。
――新型コロナウイルスは実際は経済力によって感染のリスクに大きな差が生じています。コロナ禍によって貧富の格差が改めて露呈した形です。
斎藤 富裕層は高額な医療費を支払うことができますし、リモートワークによって自己防衛できます。彼らは自分たちはPCR検査を何度も受けながら、貧困層など社会的弱者がどうなろうと、それは自己責任だと突き放しています。
気候変動でも同じことが起こると思います。富裕層は経済力によって気候変動の弊害をある程度抑えることができますが、貧困層はそういうわけにはいかないからです。
二酸化炭素排出量を所得階層別に見ると、二酸化炭素を多く排出しているのは先進国の富裕層です。世界の富裕層トップ10%が二酸化炭素の半分を排出しているというデータもあります。とりわけプライベート・ジェットやスポーツカーを乗り回し、大豪邸を何軒も所有するトップ0.1%の人たちは、きわめて深刻な負荷を環境に与えています。
その一方で、下から50%の人々は全体のわずか10%しか二酸化炭素を排出していません。それにもかかわらず、彼らが最初に気候変動の影響にさらされることになるのです。
〈コモン〉の領域を拡大するのが先
――気候変動を食い止める方法として、環境に優しい電気自動車などに注目が集まっています。
斎藤 ガソリン自動車が世界中で膨大な量の二酸化炭素を排出していることは間違いありません。低炭素車両を導入する緊急性は高いですし、そのために国は積極的支援を行うべきです。
しかし、電気自動車さえ導入すれば気候危機を克服できるというわけではありません。一例として、リチウムイオン電池について考えてみましょう。リチウムイオン電池は電気自動車に不可欠ですが、このリチウムイオン電池の製造には様々なレアメタルが大量に使用されます。
その一つが、当然のことですがリチウムです。リチウムは乾燥した地域で長い時間をかけて地下水として濃縮されます。そのため、リチウムを採取するには、地下からリチウムを含んだ水をくみ上げ、その水を蒸発させる必要があります。
問題は、その量です。リチウムを採掘している企業1社だけでも、1秒あたり1700リットルもの地下水をくみ上げているそうです。乾燥している地帯でそれほど大量の地下水をくみ上げれば、地域の生態系に影響を与えることは避けられません。気候変動対策のための電気自動車も、環境破壊を招いているということです。
相互扶助が解決の糸口
――どうすれば気候変動問題を解決することができますか。
斎藤 気候変動の原因が資本主義である以上、資本主義を温存したまま気候変動を解決することはできません。解決の道を切り開くには、無限の経済成長を目指す資本主義そのものを乗り越える必要があります。
もともと前資本主義社会では、人々は共有地をみんなで管理しながら生活していました。土地は根源的な生産手段であり、個人が自由に売買できる私的な所有物ではなく、社会全体で管理するものでした。人々はこの土地で果実やまき、魚、野鳥、きのこなど生活に必要なものを適宜採取していたのです。
しかし、こうした生活は資本主義と相容れません。みんなが生活に必要なものを自前で調達していたら、市場の商品がさっぱり売れないからです。そのため、共有地は徹底的に破壊されたのです。
このように社会的に共有され、管理されるべき富のことを〈コモン〉(公共財)と言います。私たちはこの〈コモン〉を見直す必要があります。具体的に言えば、水や電力、住居、医療、教育などを公共財として、自分たちで民主主義的に管理することが重要になります。
すでに世界各地で〈コモン〉の再建に向けた動きが見られます。たとえば、スペインのバルセロナでは、ワーカーズ・コープや生活協同組合、共済組合、有機農産物消費グループなどが多数活動しています。ワーカーズ・コープの活動の幅もきわめて広く、製造業や農業、教育、清掃、住宅などの分野で各種事業が展開されています。
自治体と協同組合のつながりも強く、自治体は公共調達の発注先を決めるにあたり、ローカルなもの、公正なものを優先し、協同組合が受注することが増えています。協同組合の声が市政に届くことで、政治や社会運動も活性化しています。
短期の利潤を追求するのではなく、組合員たちの自律や参画、相互扶助を重視することで、生産という場を超え、政治においても参加型民主主義が進んでいるのです。
資本主義を乗り越え、気候危機を解決するためには、こうした試みを広げていく必要があります。日本にも農協や生協など様々な協同組合がありますから、彼らが果たすべき役割は大きいと思います。
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