【クローズアップ:中国共産党100年】〈異形国家〉経済安保の脅威に 農政ジャーナリスト・伊本克宜2021年6月30日
中国共産党は7月1日、創設100年を迎える。爪を立て牙むく国家資本主義ともいえる〈異形国家〉はどこへ向かうのか。バイデン米政権は、中国を最大の脅威として同盟国で迎え撃つ。14億人の民の行方は、国際食料問題にも直結する。
日本向け農産物、加工食品は安全性が特に重視される(2009年、上海で)
G20外相会合でも「包囲網」警戒
現在の中国の立ち位置は、6月末のG20外相会合でも浮き彫りとなった。米国主導の〈中国包囲網〉の動きを警戒し、米中会談を見送った。一方で友好関係のあるロシアとの協議は進めた。
「港人雨中痛別」残し言論消滅
人々の書物を焼き尽くすレイ・ブラッドベリの『華氏451度』が思い浮かぶ。言論弾圧は、いつの時代も国家権力が庶民の自由を奪う時の常套手段だ。香港で民主派支持を鮮明にしてきた唯一のマスコミ「リンゴ日報」が廃刊に追い込まれた。
最後の発行となった6月24日付の1面トップの見出しは「港人雨中痛別」。当日は雨模様でまさに〈涙雨〉に。自由を希求した香港人との雨の中での悲しい別れをやや感情的に表わした。当日の発行部数は100万部と過去最高を記録した。同紙が自由・香港をいかに象徴していたかが分かる。同紙廃刊後も元主筆を逮捕するなど、当局は圧力を続けている。
国中にAIを駆使したカメラなど監視社会を作り上げた習近平はいったい何を恐れているのだろう。中国は歴史に学ぶ。特にレーニン主導の社会主義革命で誕生したソ連の末路を良く研究している。経済改革と民主化で国家再生を試みたゴルバチョフ書記長は結局、ソ連消滅に追い込まれた。経済改革はいいが、報道の自由を含む民主化は共産党独裁とは相容れない。マルクスが『ドイツ・イデオロギー』で想起した共産主義社会=自由な人間らしい社会とは全く別の道だ。
習の次の標的は、影響力を強めるネット報道のマスコミに向く。
末尾〈1〉の年に転機
中国の近現代史を見ると、末尾に〈1〉と付く年に大きな転機となるのに気づく。
◎末尾〈1〉の付く重要年
・1911年 辛亥革命 清朝滅亡
・1921年 中国共産党創設
・1931年 満州事変
・2001年 WTO加盟
・2021年 共産党100年 民主派「リンゴ日報」廃刊
今から110年前の1911年、中国建国の父・孫文らの辛亥革命で清朝は滅亡。10年後の21年、上海の租界でひっそりと開かれた共産党結党に集まったのはわずか13人。日本の左翼陣営にも影響を与え、日本共産党は翌1922年に結成した。10年後の満州事変を機に日中戦争へと進む。共産党は毛沢東の「長征」を経て国共合作の抗日統一戦線を組む一方で、日本降伏後は国民党を台湾に追いやった。今の米中貿易戦争の引き金となる経済成長の礎となるのが2001年の世界貿易機関(WTO)加盟だ。
中国は、1840年からのアヘン戦争から日清戦争などを経た列強搾取の1世紀を「百年の国恥」と呼ぶ。WTO加盟をバネにした経済大国への道は今、西側諸国による対中包囲網で閉ざされつつある。
古典「荀子」と「墨子」
共産党幹部の脳裏にいつも去来する言葉は荀子の「載舟覆舟」だろう。〈君は舟なり、庶人は水なり。水則ち舟を載せ、水則ち舟を覆す〉。赤い皇帝・習近平と人民の関係で考えると、意味深だ。
水の役割を果たす人民をどう統治するのか。それには絶対に言論の自由を与えてはならない。選挙などもってのほかだ。そうなると、共産党の優位の正当性は経済成長をどう続けるかとなる。「一帯一路」に代表的な国家主導の新重商主義ともされる、その中国経済政策が米国と激しく衝突しているのだ。
米中激突は地上にとどまらない。宇宙でも同じ。「21世紀のスプートニク・ショック」とされた量子暗号衛星「墨子」の登場で、中国は優位に立った。スプートニクは、米国に先んじ1957年打ち上げに成功したソ連の人工衛星の名だ。
衛星名を深読みする向きもある。「墨子」は古代の偉大な思想家の一人だが、非戦と博愛の思想で知られる。ハイテク衛星で宇宙を制することで中国主導の平和の道を開くことを示すのか。
2010「上海万博」時に日中逆転
中国の個人的な思い出は、2010上海万博前の比較的自由な雰囲気だ。古くから西側に開かれた国際都市・上海の異国情緒も影響していた。共産党発祥の地でもある上海は、中国にとっても北京に次ぐ最重要都市の一つ。林立する高層ビル、5車線など広い道路に圧倒された。
今から12年前に、既に日本産米の海外売り込みを展望していた福岡中央会会長・全中副会長だった花元克巳会長に誘われ、九州各県の農業団体代表らと上海を訪ね、熱烈歓迎を受けた。政府関係者はもちろん地元の名門・復旦大学関係者などがいろいろ案内してくれた。当時、日中関係は〈政冷経熱〉の四字がよく使われた。政治は難しい問題が横たわり冷えた関係だが、経済は結び付きが強まっていた。
中国側は、九州の農業団体に対し特に中国から日本向けに輸出する野菜など食の安全性をアピールした。実際に総菜をはじめ野菜加工場施設などを視察したが、日本向け専用レーンで徹底した衛生管理をしていたのが印象に残る。
それにしても、上海万博のあった2010年は日中の歴史的な転換となる年だ。当時の中国の経済成長率は10%強。この年、ついにGDPで日中逆転し、日本は40年以上続けてきた世界2位という経済大国の地位を中国に譲った。現在に至る米中経済紛争の端緒となったとして言えるかもしれない。
万博に向け一大国家プロジェクトが急速に進む。会場の各国パビリオンのそばには、いまだにあばら屋で貧しい人々も多く住んでいた。万博責任者の一人に「貧困地区をどうするのか」と聞くと、「間もなくどけてもらう。そうすれば景観もすっきりする」と言い放った。今思えば、人権によりも国家、共産党最優先の姿勢の表われだったのだろう。
「爪隠せ」鄧小平の戒律破る
爪を隠し、才能を覆い隠し時期を待つ戦術。頑迷さ故に晩年は国内混乱を招いた中国共産党の創始者・カリスマ毛沢東。その国内動乱を経済安定で平定した鄧小平は、世界的な経済大国に導いた現代中国の設計者と言える。その鄧が唱えた。
その鄧小平の戒律を習は破り、唯一の超大国・米国に戦いを挑む。以下、中国を巡る今後の年次別の重要事項だ。
◎表・中国を巡る年次別重要事項
・21年 中国共産党創設100年(7月)
・22年 北京冬季五輪(2月) 第20共産党大会(秋)
・25年 「中国製造2025」目標年 「高所得国」入り視野
・27年 人民解放軍100年 アジア太平洋で米国と軍事力均衡
・35年 「新長期目標2035」1人当たりGDP中等先進国並みに
・49年 建国100周年 世界トップの「社会主義現代化強国」実現
表で分かるように、中国にとって2020年代は重要事項が続く。キーワードはデカップリング(切り離し)だ。経済のグローバル化に伴い地球視野で政治、経済、社会が動いてきたが、中国への警戒感から米国との〈新冷戦〉に発展、西側諸国は中国依存からの脱皮を目指す。それを受け中国も自力更生、他国に頼らない産業の自給体制整備を進める。
食料安保重視の〈深謀遠慮〉
〈自力更生〉の絡みでは、年間6500億トン以上の生産量を数値目標とした食料安全保障の重視を掲げた。米国との経済摩擦をはじめ中国を巡る対外情勢が不確実性を増す。習は昨年末、共産党の重要会議であらためて「食料安保は国家の重要事項だ」と強調した。年内に「食料安全保障法案」も審議する。
この動きをどう見るか。今年の重大テーマの一つに〈国産種子の開発〉を挙げた。国内14億人の胃袋を満たすには、国産農畜産物の安定供給が欠かせないと判断した。
中国の自給重視は、世界の農畜産物需給に波及して行かざるを得ない。欧米の農産物輸出国は、巨大市場・中国から他国への輸出切り替えも迫られる。先進国最低の日本がその標的にされるのはほぼ間違いない。結果、通商交渉での対日農産物市場開放圧力が高まりかねない。
北京冬季五輪への妨害懸念
香港、新疆ウイグル自治区などの人権弾圧の絡みで問題となるのが、来年2月の北京冬季五輪だ。習は北京五輪を成功させ国際的な評価を受けた上で秋の党大会での続投を狙う。
だが、米国などが北京五輪をボイコットしたらどうなるのか。途上国を含め多くの国が集う夏季五輪と違い、冬季は西側先進国中心だ。コロナ禍の東京五輪開幕は7月23日。これが成功裏に終わり、半年後の北京冬季五輪が参加を巡り米中代理戦争のようになれば、それこそ習政権のメンツは丸つぶれとなる。秋の党大会にも響く。「米国の北京五輪拒否」は、習が最も恐れるシナリオかもしれない。
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