【クローズアップ:ドイツの総選挙】環境・気候変動 急浮上 農業に脱工業化提言も(下)2021年9月17日
乳価の低迷に苦しむ酪農
「農業の工業化」とは?
それを可能にしたのが「農業の工業化」です。
1つは汎用性農薬の一般化です。除草剤のほか、ネオニコチノイド系殺虫剤が普及しました。しかし、これがミツバチの被害を生み消費者の怒りを買います。というのも欧米では日本人の10倍以上もハチミツを食べているからで、ミツバチがやられているなんて何という農業だ、ということになる。
畜産ではウシ成長ホルモンはEUでは使われていませんが、抗生物質の使用は一般化されました。それが家畜の疾病予防だけではなく成長促進のためにも使われるようになり、抵抗性を獲得したスーパー耐性菌を発生させ動物、人間双方にリスクをもたらしたということから、今は家畜への規制が強化されています。
もうひとつが穀物の単作化が進み化学肥料に多投につながったという先ほどの問題です。それから、「農業の工業化」を促進したのは食品加工部門、流通業に大企業が進出し、大量生産、大量流通を強制したこともあります。
こうした「農業の工業化」によって温室効果ガスの排出は農業分野でも大きくなっているわけです。とくに作物に吸収されない窒素は気体となって一酸化二窒素(N2O)となるとこれはCO2よりも3倍も4倍も温室効果が高いということです。
国民の健康被害も
したがってこれを減らそうということですが、もう1つ大きな問題は作物に吸収されなかった窒素は硝酸態窒素として地下水に浸透することです。ドイツでは上水道源の4割は地下水です。そうすると地下水に硝酸態窒素が含まれて健康被害につながります。
EU全体では25ppmを限度としています。つまり1リットルの上水道のなかに硝酸態窒素25mgが上限ですが、ドイツはそれをクリアできないので50ppmを上限にせざるを得ません。こうしたなかで環境との関係で農業のあり様を見直す必要が出てきたということです。
家族農業を中心に
--「農業の将来委員会」の答申の概要と特徴をどう考えますか。
まず指摘しておきたいのが日本の審議会のように一定の方向に即して議論するような委員会ではないということです。
メルケル政権では前例があり福島原発事故の4日後に哲学者、宗教者などを含む「安全なエネルギー供給に関する倫理委員会」を立ち上げて、その年の5月にリスクの少ないエネルギーに転換すべきと提言しました。それを受けて2022年までに全原発を停止するという方針を政権が決めました。
今回の委員会も同様に政府の閣議決定で設置されました。
答申の内容は大きくいえば家族農業を中心にしたゆったりとした農業に転換し、生態系を保存し温室効果ガスをさほど排出しないような農業にしようということです。またアニマルウェルフェアも大きな課題として動物を幸せにしようという意識も強調されています。
工業的な農業があまりにも自然に打撃を与えるのでこれを大きく転換しなければならない時期に来たということです。また、沼沢地の保存を重視するなど、無理に農地として利用しないという方向も感じられます。
農業は社会全体の課題
--「動物食品の消費は健全な量に抑えられ」という記述もありますね。
この提言は消費者にも食生活を変えることも求めています。食品ロスの問題よりもむしろ食生活のあり様です。
先ほども紹介したドイツの豚肉生産量を考えると動物性脂肪の取りすぎで肥満人口が半数にもなるという問題から農業関係者向けへの提言にとどまらず国民全体の問題としています。
実際、提言のタイトルは「将来農業 社会全体の課題」となっています。
環境問題も含めた社会課題の解決という点では地方、地域を中心にした社会が強調されています。もともとドイツは一極集中ではなく、人口5万~10万人の中小都市を中心にその周辺に農村があります。地方自治体は1万2000あり人口1000人、250戸から300戸の村がたくさんあります。そこでいわば町内会のような組織が議会を持ち地方自治をしっかり担っています。1970年代に終わりに留学したとき、国民が政治に参加するのは義務だという考え方が根づいていると感じました。
今回の答申ではそうした農村と地方都市が一体となって循環経済を作り出している将来の姿を提言しています。農業・食料システムも「その大半が地域内循環のもとで機能する」、「廃棄物にいたるまで地域内で循環する」などと記述されています。
提言で打ち出された方向を実現するにはEUの共通農業政策との関係などまだまだ課題があると思います。ただ、日本では農業政策が地域活性化になかなかつながらないなか、もともと地方が自立しているドイツだとはいえ、農業構造、農業生産、さらに食料消費のあり方にいたるまで示されたことに、今度の総選挙の行方と合わせて注目したいと考えています。
農業の将来委員会
ドイツ農業の将来ビジョン(訳:村田武 太字による強調部分は村田による)
農業者とその経営
村田武 九州大学名誉教授
農業は国民への食料供給を担っている。農業者は社会、すなわち市民、社会の諸組織(企業、団体、政党、学術、宗教など)から、食料生産と環境・自然・動物保護への積極的な貢献について高く評価されている。農業者による食料の生産と供給は、世界的な平和と福祉の基礎であり、したがって重要な社会的安定の要因となっている。農業経済セクターが社会的に大いに重要であるのは、それが食料保障という基本的な課題を担い、人々の生活の基盤を確実なものにしていることによっている。
農業経営は社会的かつ生態系での責任をもつ事業体である。農業者は自立して働き、自己責任にもとづいて経営を行う。農業経営の事業体としての行為は、資源、投資、生産そして労働力を自己の判断にもとづいて動員するものである。農業者はその専門的かつ将来を見通した優れた実践を、科学的に有意義かつ環境や気候保護にふさわしいものにする。
ドイツ農業は多様性に富む。専門化した経営もあれば、多角化した経営もある。社会は農業を先入観をもっては見ない。農業と社会は一体である。農業者は自らの職業に喜びを見出し、フェアな条件を獲得している。その所得はドイツの平均所得と同水準にあって、それはその経営から得られるものである。生産者価格はフェアかつ問題のない市場で形成され、社会的な参加を可能にし、経営を守るとともに農業者やその家族の老後の生活を保障できるものである。農業で雇われて働く者もフェアな労賃を受けとり、良好で安全な労働条件のもとで働いている。
願わくば、農場は安定し、その数が増えるほどであってほしい。農業の経営構造の多様性は変わらない。農場の継承は、家族内であるかどうかを問わず、社会的にも政治的にも優先的に支持される。国は農業の存続を可能にする助成策を提供する。若い農業者の優先的な土地獲得が保証される。
環境・自然・気候
農業は環境・自然・動物保護に貢献している。再生可能な土地利用によって、人間や動物の健康が保持され、水、土壌そして大気の質が維持され改善される。
気候保護にうまく貢献するような経営部門や農法が強化され、それへの転換が速やかになされる。経営の将来性のある方向や気候に沿った転換が、引き続いて公的な支援を受ける。生物学的多様性がもっとも重要なものとして認識され保全される。というのも、それこそが生態系が機能する基礎であるからだ。生物の多様性およびとくに昆虫保護を促進する活動が基本となる。農業景観が構造的な多様性を持ち、顕花植物が広がる土地、生け垣、緑地帯などビオトープ(安定した生活環境をもった動植物の生息空間)が連担した構造をもった農地が広がっている。
アグロフォレスト(農林一体)が広げられ、農地がこれ以上他の用途に転換されることはない。沼沢地はその大部分が公的手段で再生され、それに関わる経営が長期的な見通しのもとに保全される。腐植質構造の強化、立地にふさわしい品種の多様性の強化、マメ科植物や間作物の利用を含む精密な輪作体系の構築などが、農業が環境保護に積極的に貢献することになる。農業者は浸食を防ぐために、土壌被覆に力を入れている。
家畜糞尿はできる限り肥料として利用し、無機肥料の利用増加を抑える。国は合成肥料や化学農薬の適切な代替品の開発に力を入れる。
農業は気候温暖化の影響への対応をおこなっている。気候にやさしく、弾力性に富んだ農法が支援されている。気候に好影響を与える農業方式が創出され、それが経営部門を構成して農業者に新たな所得をもたらすようになる。
あらゆる経済部門が生態学的責任を負っている。環境保護ならびに経営のための協働は、セクター間の連携によって生まれ、それが相互にうまく協調し、資源をうまく利用するのに役立つのである。
経済的諸条件
農業者にはフェアな市場がある。食料生産の分野でも、また加工用産品の分野でも、その販売市場における力関係は均衡がとれている。ドイツの政治および立法は、一方的な寡占ないし独占の形成を阻止している。ドイツ農業には良好な所得獲得機会があり、市場についての公正かつ透明な情報を得ることができる。フェアでない取引は有効な法律で阻止される。
農業経営活動は明瞭になされ、それに関する情報が公開されるのは当たり前である。そうしてこそ、農業者の活動は社会的に高く評価され認知されるのである。
農業バリューチェーンの上流・下流との協働はフェアになされ、それは地域的な加工・販売に重点がおかれる。その際、地域を超える取引が地域内でのそれを補完し、経済的取引の枠を拡大する。
地域性
農業・食料システムはその大半が地域内循環のもとで機能する。食品加工はまず地域で行われ、農産物の輸送はできるかぎり短距離である。それを可能にするには、地域構造(たとえば、食品加工や販売)を強化し、それを妨げるような行政的ないし法的な障害は除去されるか無効とされる。
健全かつ地域性のあるエコロジカルな食品が、学校、官庁、病院、社員食堂などの公的ないし私的な施設で供給され、そうした食品の地域での需要が高められる。それは農業者には市場への出荷量を安定的に確保させるものとなる。
物質・エネルギー循環がまさに確固なものとなり、原料や栄養物質はその生産から消費そして廃棄物処理にいたるまで地域内で循環することになる。
食物と消費者
すべての人間が価値の高い食料を手に入れ、世界で誰も飢えることはない。人々は健全かつバランスのよい食を得られる。社会は食料に高い価値を認めているのだから、それは浪費されてはならない。
国民は食料の生産過程や、農業者の労働についての理解を深めている。したがって、消費者は自分たちの食料がどこでそのように生産されているかに大いに注意をはらい、地域産品の消費を増やしている。それには信頼がおけて容易に理解できる商標システムが役にたっている。動物食品の消費は健全な量に押さえられ、環境、気候、自然そして動物福祉と調和するものになっている。
教育と新規就農
若い世代は男女を問わず、農業を好ましい職業だとしている。彼らは、農場の譲渡による自己経営によるか、職業として農業を選択するかのいずれでも支援を得ている。農業教育は理論および実践の双方で行われ、大学教育でも職業教育でも、将来の課題、すなわち環境にやさしく、技術革新に富んだ経営方式や新経営部門(たとえばエコロジカルなサービス部門)について学ぶ。
畜産
家畜は高度の家畜保護水準で飼育され、畜産地帯への集中ではなく農村地域全体に分散される。畜産経営の構造転換は長期的な見通しのもとに行われる。家畜には十分な広さの畜舎と運動場が与えられる。家畜には十分な量の経営内で生産されたか、または地域内で生産された飼料が与えられる。家畜用薬剤は必要なものに限り、それは獣医の適切な診断と治療による。すでにドイツでは畜産は飼育家畜数では十分であって、課題は環境や気候対策に力を入れることである。
デジタル化
農業でもデジタル化が利用されるようになり、それは人間、動物、環境そして自然が求めるものと調和できる。農地での的確な作業や植物保護のための技術や、動物の健康管理のためのイノベーションがデジタル化で可能になる。デジタル化は農業においては、世界的な環境・自然保護と食料生産に貢献する。ただし、デジタルデータの管理権限は農業者そのものにある。農業経営がデジタル技術を獲得するには国の助成を受ける。デジタル化の利用は中小経営にも可能でなければならない。
ドイツ農業のグロ-バルな影響
ドイツの農業経済は地域的、国家的そしてグローバル市場でフェアな供給網のもとで取引をしている。それは第三国に対して、人権上のまた社会的ないし生態学的悪影響をもたらすことはない。
エコロジー的かつ経済的な諸条件が、小規模農民が安定した所得や社会参加、そして市場へのアクセスを世界的に可能にしている。重要資源――水、耕地や放牧地、種子、エネルギー、資本そして教育――の無制限の獲得が小規模農民に保証されている。
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