「安菅政治」とは何だったのか 孤高宰相コロナと共に去りぬ 農政ジャーナリスト伊本克宜2021年9月30日
首相・菅義偉は9月30日、自民総裁の任期を終えた。コロナ禍で解散の機会を逸し、コロナと共に去る。約1年間連載した「検証 菅政権」最終回は、安倍晋三前首相から連なる9年近い「安菅政治」とは何だったのかに行き着く。(敬称略)
写真:首相官邸ホームページより
■激闘の末に岸田新総裁
史上最長となった「安菅政権」の後の新政権は岸田文雄が就く。それにしても29日の自民党総裁選投開票結果は、最後まで合従連衡による権力闘争の末の決着だった。
いつもの「ノーサイド」の掛け声がむなしく響く。4日選出の新首相と新政権は、後手に回ったコロナ対策、「政治とカネ」、国民の政治不信を含め先の政権の「負の遺産」もそのまま引き継ぐ。しかも、11月にある衆院選の結果次第では、新たな主導権争いも起きかねない。地方・党員票は河野太郎が4割強と多数を占めた。だが、決選投票時の岸田、高市早苗連合の政治的駆け引きを国民が見て、今後の総選挙にどう影響するのかは不透明だ。
■安菅で思う〈暗〉〈寒〉2字
歴史上、武家社会の試行段階で存在した織田信長、豊臣秀吉による「織豊時代」。二人の天下人の名を連ねそう呼ばれ、きらびやかな安土桃山文化も生んだ。
430年前の封建制と今の議院内閣制ではレベルが違い過ぎるが、現在の菅政権も前任の安倍政権と合わせ「安菅政権」と称することができるかもしれない。外交で存在感を発揮した安倍と、官房長官として政権延命と内政で存在感を示した菅。結局は安倍と菅の合体権力だったからだ。
〈あんかん〉と読む安菅政権で浮かぶのは、多様性の排除、意にそぐわない官僚の交代、官邸主導による強引な改革の推進などから〈暗〉と〈寒〉の二文字である。
■検証アベノミクス
首相・安倍、官房長官・菅の二人三脚で進めたアベノミクス。円安が進み輸出産業を中心に利益は膨らみ、株価は上がった。だが、成長と分配がうまくいかない。結果、実質賃金は低迷し個人消費は伸びず経済格差はこれまで以上に広がった。
立憲民主党代表・枝野幸男が「アベノミクスは完全に失敗した」と語気を強めるのは理解できる。自民総裁選で岸田を筆頭に各候補ともアベノミクスの軌道修正に言及し、「分配」に重きを置いたのもうなずける。
■空前の「安菅」自由化政権
アベノミクス下の農政はどうか。「改革」を前面に出した現場軽視の官邸農政は、規制改革の加速化で農政運動の司令塔・全中の農協法外し強行など「改悪」ともなりかねない事態に陥った。かつて掲げた「農業農村所得倍増計画」は立ち消えになり、農協改革、全農改革、生乳改革などが矢継ぎ早に進んだ。
特筆すべきは、国論を二分した環太平洋連携協定(TPP)を頂点とした空前の農産物市場開放の嵐だ。「安菅政権」は、成長戦略の名の下に空前の自由化断行政権と言っても過言ではない。
■菅は自民「救世主」の逆説
社会的関心は「ポスト菅政権」に移る。これからどうなる。まずは今後の日本の進路を決める政権選択の衆院選が待つ。逆説的だが、選挙を考えると菅は自民党の救世主かもしれない。
自民党は、4年前の衆院選で野党側の「敵失」もあり勝ちすぎているため、議席数を減らすのは間違いないが、それがどの程度なのか。菅から「新しい顔」となり、世論調査では政権への批判、不満は〈底〉を打ち反転攻勢となる構図だ。
それにしても直近9月末の衆院勢力図で、改めて自公政権の圧倒的な多数ぶりが分かる。自民275(無所属の会含む)、立憲民主113、公明29、共産12、日本維新の会11、国民民主11、無所属10、欠員4。自民だけで全体の約6割、与党で65%。第一野党の立民が旧民主党の大半を統合して3ケタの党になったと言っても、自民の4割に過ぎない。
ただ、政権交代の最低ラインは3ケタ政党だ。12年前の2009年秋、野党転落時の自民は119議席と激減した。119は消防の番号で永田町の自民党本部が焼け落ちたともされたが、3ケタにとどまり3年後に政権奪還を果たしたケースも思い出す。
■10中旬解散、11月に衆院選
政治日程を見たい。
◎今後の政治日程
・9月29日 自民党新総裁選出 30日 緊急事態宣言全面解除
・10月4日 臨時国会 首相指名選挙を経て新内閣発足
・11日~13日(予定) 新首相所信表明、各党代表質問
・中旬 代表質問後、衆院解散(早ければ10月26日公示→11月7日投開票)
・21日 衆院議員任期満了
・24日 参院静岡、山口両選挙区補選
・30日~31日 G20首脳会議(ローマ)
・11月上中旬 衆院選投開票(11月7日か14日が濃厚)
・2022年7月 参院選挙
当面、二つの大きな山がある。29日の総裁選を経てまずは幹事長など党幹部の選定。さらに、10月4日臨時国会での首相指名選挙を経て同日夕方の組閣だ。ここで新政権の顔ぶれ、新旧交代、派閥の割り振りが分かる。結果、挙党一致なのか、党内に反主流派を抱えたままで総選挙に突入するのか。
今のところ、10月11日からの衆参での代表質問後に直ちに解散。日程上、投開票は21日の衆院議員任期満了を越え11月7日か14日になる予定だ。
新政権は11月の衆院選の結果によっては、新たな苦難が待つ。
■結局は「自滅の刃」に
菅政権は、コロナで始まり、コロナに翻弄され、コロナと共に去りぬとなった。
菅は1年前の政権発足時の国会冒頭、人気アニメ「鬼滅の刃」を引き合いに出したが、最後は「自滅の刃」となった。
政権は「コロナ」「五輪」「経済」の3点セットをどう対応するかで迷走した。経済振興で菅がこだわった「GoToトラベル」。本連載で「このままでは政局で途中下車となる『GoToトランジット』になりかねない」と指摘したことがある。結局は菅自らがトランジットし、トップの座を明け渡す。
菅政権1年を〈検証〉し、常に去来したのはシェークスピアの戯曲「マクベス」冒頭の魔女3人の語り。「きれいはきたない。きたないはきれい。さあ、飛んでいこう霧の中。汚れた空をかいくぐり」。先の「織豊時代」とも重なる400年以上の時空を超えた台詞は「一寸先は闇」の政治の本質を表わし、激烈な権力闘争の自民総裁選を代弁し、間もなく控える与野党政治決戦をも示唆する。
■農政軌道修正も時遅し
一方で、農業分野では軌道修正も行った。今後10年を見据えた2020年春の食料・農業・農村基本計画では、大規模一辺倒からやや軌道修正し、中小、家族経営も含めた多様な担い手も位置づけた。
菅は農産物輸出を巡り全農にも期待を寄せた。昨年末には山崎周二理事長(当時)を自ら昼食に招き意見交換をして、今夏には全農新旧理事長とも官邸で会い、輸出をはじめ農業振興で全農の果たす役割に期待を示したという。
2010年代半ばの農協改革、全農改革、生乳改革論議当時、自らも深く関わり金丸恭文規制改革会議農業WG座長や小泉進次郎自民党農林部会長、奥原正明農水次官などによる現場軽視の官邸農政全盛期とは様変わりした。
だが時遅しである。アベ・スガ農政への農村の不信はいまだに根強い。ただ岸田は規制改革推進会議在り方見直しにも言及している。今後、注視したい。
■現場直視の農政転換を
自民農政が再び農業者の信頼を取り戻すには、官邸農政を抜本的に改め暗雲のように日本を覆ってきたアベノミクスの弊害を徹底検証し是正する以外はない。
政治は結果である。答えは選挙を通じた国民審判で明らかになる。11月の衆院選、来年7月には参院選が待つ。現場直視の農政転換を強く求めたい。
※「検証 菅政権」は最終回。連載の一部は筆者新著『農政記者四十年』(農林統計協会)で加筆の上にて収容。
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