【クローズアップ 低米価】「生活できぬ...」 現場は悲鳴 生産者の声2021年10月8日
JA全農県本部や各県経済連がJAに示す2021年産米の概算金が出そろったが、昨年産を大きく下回る金額になった。産地からは、この水準が続くと、「来年からの米づくりが見通せない」「作付けを大幅に減らすしかない」などの声が聞かれる。特に規模の大きい生産者にとって、米価の下落は経営の存続に関わり、条件不利地の中小規模の生産者は、米づくりの放棄に拍車がかかりそうだ。各地の生産者の、政府の米政策に関する戸惑いと怒りの声を聞いた。
概算金出そろい 農家困惑
表は、農民連ふるさとネットワークが現地報告や業界紙などをもとにまとめた21年産米の概算金だが、前年産に比べ、軒並み下がっており、大きいところでは千葉県では、「ふさおとめ」、「ふさこがね」、「コシヒカリ」など主要品種の概算金が、前年産より1俵(60kg)4500円~6200円落ち込んでいる。これでは米価は1俵9000円台まで下がることになる。JAによる販売経費を控除した、生産者にわたる最終的な精算金は、銘柄米でも1俵1万円を下回るケースも予想される。
20年産の在庫が多く、これからの販売が見通せないこと、さらにコロナ禍で業務用に使われる銘柄米の落ち込みが大きくから、売れ残りを防ぐため、産地が慎重になっていることを踏まえても、「1俵1万円を下回ったら、このまま主食用米の生産は続けられない」という声が、規模の大小、経営の形態を問わず、各地で聞かれる。
一方で、中山間地域を問わず、米生産者の高齢化が進んでおり、米づくりをあきらめ、担い手農家に経営を委託するケースが急増している。米価の低迷が続くと、優良農地しか引き受けないなど、借り手の条件が厳しくなり、ただでさえ伸び悩んでいる農地流動化策にブレーキがかかることが想定される。
大規模ほど打撃
集落を組織単位とする集落営農にも影響が出そうだ。集落営農はそのほとんどが米作を経営の基盤としており、この収入が減ると組織そのものの存続が危うくなる。収入分の9割を補填する収入減少影響緩和交付金(ナラシ対策)があるが、それに加入している生産者は、一定程度の収入減をカバーできるものの、米価下落の幅が大きいと、その効果にも限界がある。
米生産者の多くは、将来とも安心して米づくりができる条件整備を求めている。新大臣の金子原二郎農相は、就任会見で「できるだけ速やかに対応する」とは述べたが「市場隔離」には及び腰だった。抜本的な米の需給調整の対策を求める声が多い。
◎「農業復興」にブレーキ
▼佐々木重吾・農事組合法人「大槌結ゆい」代表理事
個人10ha、「結ゆい」10haの水田を合わせて、約20haの作付けがあります。昨年の収入(売り上げ)は約100万円の減収でした。今の9000円台の概算金の水準で行くと、今年産は減収が、さらに大きくなります。収入保険には入っていますが、減収が大きく、保険金が入るまでのタイムラグがあり、どう資金繰りするか、頭の痛いところです。資金ショートの心配があります。
機械化によって省力化しており、労力をあまりかけないので、10a当たりの売り上げが9万円くらいなら何とか経営維持できますが、そのためには1俵(60㎏)1万円以上は必要です。7万円を割るようなことがあれば、完全に原価割れになります。法人の主力は業務用の米でもっと安く、10aで6万円くらいにしかなりません。
法人の水田約10haは東日本大震災後、3年かけて復旧したところが多くあります。もともと山土を埋めて整備した水田なので、耕土が浅くて水はけも悪く、転作の大豆は失敗でした。たい肥を入れて耕土を厚くし、キャベツやハウスピーマンなどを導入して、何とか規模のメリットを活かした水田利用の農業に見通しがたったところだけに米価低迷の影響が大きく、来年はもっと苦しくなりそうです。
◎家族農業 先読めぬ
▼山形県長井市の菅野芳秀さん(71)
採卵鶏と稲作経営です。水田は現在約4.3haで、来年は5.5haの予定です。労働力は家族で賄う家族経営を目指しており、規模を増やすつもりはないのですが、高齢化で、耕作できなくなった農地を放っておけません。
かつては農地の貸し手があれば大歓迎だったのですが、このところの低米価では規模拡大は不可能です。農水省の調べでも、米の生産費は1俵(60㎏)で約1万5000円。この水準がもう10年以上続いています。概算金1万円では、掛け値なしで、米農家は困っています。
採卵鶏や大豆などの作目を組み合わせ、自家労力でやりくりできる範囲にとどめる家族農業で、販売は直接消費者に届けていますが、この先が読めません。400~500万円の農機1台が壊れると、家族農業は続けられません。農業への補助金を手厚くするなど、後を継いでいる息子が将来とも農業を続けられる政策を実現してほしい。
◎在庫米の隔離急務
▼栃木県真岡市の猪野雄介さん(39)
約130haの水田に米を90ha作っています。うち飼料用米が60haで、主食用米の下落を見越して増やしました。残りの40haには小麦や大豆などを栽培しています。生産経費を考えると、米は1俵(60㎏)9000円では厳しいところがあります。それに概算金精算までの期間が長いのも、経営にとって問題です。
在庫を抱えたままの米は、一度価格が下がると、すぐ回復するのは難しいと思います。今の在庫米を隔離したり、消費を増やしたりするなど、なんとか根本的な対策を考えてほしい。飼料用米は複数年契約で、3年間は安心ですが、このまま増えると、その後は過剰になるのではないかと心配しています。
水田の条件に恵まれた地域ですが、やはり高齢化で、水田を預託したいという農家が増えています。ボランティアで農業をやっているわけではないのですが、放っておくと荒れ地になります。誰かが引き受けなければならず、頼まれれば断りきれません。地域では2~5haの農家も経営が厳しくなっています。価格政策を含め、国の支援が必要です。
◎経費高騰 お手上げ
▼千葉県我孫子市の中野裕さん(39)
米の作付けは60haほどです。主食用米の下落を見越し、今年、飼料用米を1.5倍増やしました。水田は手賀沼の干拓地を中心に市内全域にあります。概算金は昨年より1000~2000円安い、1万100円を提示されました。
通年と季節を合わせて2人雇用していますが、人件費の負担、燃料、肥料、農機の高騰などで、大規模な経営ほど米価下落の影響が大きく、経営は苦しくなる一方です。借地料が10aあたり1俵半(90㎏)と安く、さらに規模拡大の道もありますが、貸し手が多く、条件のよい農地を選べる時代です。遠いところより、近くの農地を借り、経営の効率化をはかるようになるでしょう。
湿田の多い干拓地では裏作の麦作が難しいので米作しかありませんが、国の政策としてはこうした条件のところは作付け制限せず、米作りに専念できるようにしてほしい。
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