【クローズアップ・太陽光発電の功罪】茨城から(2)農地転用申請に農業委員会は無力 法の整備が急務2021年11月30日
多くの人は、自然エネルギーを利用する太陽光発電は、原子力や石炭に代わるものとして、これからの電力をまかなう有力な手段、方法だと考えてきた。しかし、太陽光発電について取材を進めていくと、手放しでは喜べないことが分かってきた。
筆者の住む茨城県は県土面積が広く、しかも平たん地、農地が多いことから、太陽光での発電量は400万kwを超え、全国一。東海第二原発の4基分に相当する。今回、取材対象としたのはそのうちの那珂市、笠間市、水戸市の一部だけなので、他の地区の太陽光発電施設建設による被害の実態はつかんでいないが、状況の一部が見えてきた。(本紙客員編集委員 先崎千尋)
農地転用申請に農業委員会無力
水戸農協の園部優専務理事は昨年まで農業委員を務めていた。「太陽光発電建設の予定地に農地があれば、転用の許可が必要だ。しかし、10ha未満の第2種農地(農用地区域に指定されていない農地等)の転用は認めざるを得ない。太陽光パネルが周りの農家の弊害になっても、農業委員会は転用を拒否できない。だから規制できない。2015年に県は筑波山麓での建設計画を景観保護エリア内だとして不許可にしたが、業者が訴訟を起こし、県が負けた。このこともあって行政は及び腰だ」と話している。こうしたことから、園部さんは農業委員を辞めた。水戸市北部では、県内で最大級のメガソーラー発電所が稼働している。
その水戸農協は太陽光発電で収益を上げている珍しい農協だ。2012年から農協の倉庫や事務所、支店跡地、育苗センター用地などを活用し、売電している。昨年度の実績は2・2haで1651kwの発電、約7200万円の利益を計上している。必要経費はその半分だから、農協の経営にはプラスだ。同農協の飯島清光組合長が常務の時に提案し、実現した。「全国で初めての試みだった。自宅には、発電業者から誘いのダイレクトメールが送られてくる。事務所や工場の屋根や空き地ならいいけれど、農地をつぶしての太陽光発電には反対だ」と話している。
行政や議会議員の対応
茨城県は2016年に「太陽光発電施設の適正な設置・管理に関するガイドライン」を策定し、2019年3月に改訂した。設備の不備や景観・自然環境への影響等の不適切なケースが多く発生したことによる。対象施設は出力が50kw以上の事業用発電施設。ガイドラインには、市町村との事前協議や事業概要書の提出、地元説明会の開催、適切な維持管理などが盛り込まれている。
県環境政策課の担当者は「事業者に、住民の理解を得ること、安全に配慮し、被害が発生した時には速やかに対処することなどを指導している」と話している。
笠間市は2016年に「太陽光発電設備設置事業と住環境との調和に関する条例」を制定し、事業者の指導にあたっている。工事中に土砂崩れが起きたり、井戸が枯れたりする事例があったが、業者に修復、修繕するよう指導しているという。
同市の近藤慶一副市長は「事業の認定は国の資源エネルギー庁にあり、市町村レベルでは私権の制限ができないなど、現場の対応が難しい場合もある。国は太陽光発電を推進するばかりではなく、適正な方策を考えてほしい」と話してくれた。同市では、石井栄市議が本会議で、本戸地区での被害発生への対応などを何度も質問している。
那珂市の先崎光市長は「これまでに稼働している施設についてはやむを得ないと思う。現行の法規制では市町村レベルで対応できることは限られている。国レベルで厳しい縛りがほしい」と苦しい胸の内を明かす。
県道沿いに立つ建設反対の看板
売電で収益性改善も
那珂市では、寺門厚市議が「施設が脆弱(ぜいじゃく)。耐震性は震度5を想定しているが、東日本大震災の時には那珂市は震度6だった。豪雨の時の水の問題や敷地内の除草、音や光など、今後監視していかなければならない。那珂市には要綱はあるが、条例が制定されていない。市民の安全安心を確保するためには、罰則を含めた条例の制定が必要」と問題点を指摘する。
同市選出の遠藤実県議は「県のガイドラインは行政からのお願いなので強制力がない。このガイドラインを守らない業者が工事を進めると地元住民は不安だ。温暖化対策で設置された太陽光発電施設が、逆に地域住民を災害にさらすことになる。県は罰則を設けた条例を作るべきだ」と12月県議会で質問する予定だと話している。
法の整備が急務
問題点の整理
「毎日新聞」は6月30日付の紙面で「太陽光発電『山地』やめて」という見出しで、全都道府県の担当部局へのアンケート結果を報じている。それによると、困っているトラブルは土砂災害、景観の悪化、自然破壊などが74%から59%もあり、「どこに設置すべきか」という問いには、商業施設や工場の屋根、住宅の屋根が80%に達し、山地はゼロという結果だった。災害や自然破壊が生じやすい場所への設置を避けたいという担当者の考えが反映されている。
政府に求めることとしては、設置促進につながる財政支援や、質の低い業者への監督・罰則強化、推進区域や禁止区域の設定等で、現行制度の改善を求める意見が現場に強いようだ。
施設を50kw以下に抑えて申請し、規制をかいくぐり、全体ではメガソーラーにする「隠れメガ」のケースも多く見られる。被害を受けても個人の力はか弱い。茨城県が裁判で負けた事例のように、現行の法律では規制できないこともある。インターネットには投機、投資目的の広告も多数見られ、国民が被害を蒙ることも想定される。国レベルで太陽光発電のあるべき姿を方向づけし、法での規制を強める必要がありそうだ。
【取材を終えて】
一昨年秋の集中豪雨により宮城県や長野県、茨城県水戸市などでは人命も含む大きな被害が生じた。熱海伊豆山地区の大崩落は最近のことだ。それに比べると、今回取材した太陽光発電の建設による被害は数戸、限られた地域だ。しかしおそらく全国ではかなりの数に上っていると推測できる。そのほとんどは「国策」という自然エネルギー推進政策と、私権に他人は口出しできない建前の元で泣き寝入りだ。
大本(おおもと)は、戦後すぐに始まった木材の自由化、関税ゼロという森林行政、TPPを頂点とした農産物の自由化攻勢による農業破壊にある。山林を所有していてもカネにならない。農業では生活できない。後継者はいない。それにつけ入るような開発業者の甘い誘い。断る理由はないのだ。今度の取材で、政治の貧困を感じた。(先崎千尋)
※先崎千尋氏、先崎光市長の「崎」の字は正式には異体字です。
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