コロナ禍第6波の中で進む都立病院独法化の不条理(1) ジャーナリスト・北健一2022年3月9日
新型コロナウイルスの第6波の中で、公立・公的病院の効率化や再編・統合が進められ、現場の医療関係者などから危惧する声が高まっている。命より採算性を優先するかのように進められる公立病院をめぐる動きをジャーナリストの北健一氏が取材した。
オミクロン株が猛威をふるう新型コロナウイルス感染第6波の渦中、コロナから私たちの命を守ってきた東京の都立・公社病院や全国各地の公立・公的病院が効率化や再編・統合の荒波に脅かされている。
2月16日から始まった東京都議会に、都立病院条例の廃止案が提案された。八つの都立病院と六つの公社病院を地方独立行政法人(独法)化する内容で、可決されれば、今年7月から都立・公社病院が独法化される。
厚生労働省の調査によると、コロナ病床の確保数は全国2287病院のうち都立・公社病院が1位の多摩総合医療センター(245床)以下、11位までを占めた。都立・公社病院の重要性がコロナ下で浮き彫りになったといえる。ところが都議会では、都立・公社病院の拡充ではなく、都立病院条例の廃止が決められようとしている。
2月28日、都議会厚生委員会で、独法化の審議にあたって都立病院の現場や障がい者団体から参考人を読んで話を聞こうという提案(動議)が出されたが、与党会派の反対で否決された。現場で働く人の声も病院利用者の声も聞かず、なぜ採決を急ぐのか。
独法化推進の論拠とされてきたのが、「都立病院は赤字体質で、都の一般会計から年間約400億円も繰り入れられている。独法化によって効率化し、大切な都税の投入を削るべきだ」という話だ。
都立病院で働く看護師らが入っている労働組合、都庁職病院支部は、研究者の協力を得て分析を進め、「400億円繰り入れは赤字ではなく、不採算だが重要な、周産期、難病、離島など行政的医療を維持するため法律にもとづいて出しているものだ」と指摘した。すると、「変化する医療ニーズに柔軟、機動的に対応するため」と新たな理屈が持ち出された。都立直営だと予算は年に1度議会で決められ、人員定数も細かく決まっているから何かあった際、スピーディな対応ができないというのだ。
もっともらしいが、病院支部書記長で看護師の大利英昭さんは反駁する。「コロナ感染が広がった際、都立・公社病院は数ヵ月でコロナ病棟を増やし最新の人口呼吸器を入れ、病棟を(ウイルスが飛散しない)陰圧にする工事も進めました。必要な費用は補正予算で手当てされました」
独法化を進める理屈には大きな疑問符が付く。さらに深刻な危惧もあると大利さんは続ける。独法化後の看護師の給与がどうなるかを病院支部が質問したところ、都立病院を管轄する東京都病院経営本部は「10年間、(現行の)都の制度での昇給を保障することを考える」との回答だった。11年後はどうなるのか。
独法化を提言した都の諮問機関、都立病院経営委員会では、看護師の平均勤続年数が「都立墨東病院は15.2年、民間のA病院は6.1年」とする資料が示され、墨東病院に対し委員から「ずい分、居心地がいいんでしょうね」と揶揄(やゆ)するような意見も出た。
大利さんは、「昇給を早々に頭打ちにしベテランに退職を促すことで、人件費を抑えようというのでしょう。ベテランが辞めていくと〝いざ〟への備えも崩れます」と話し、こう指摘する。「一つの診療科しか経験していない看護師ばかりだと、急な感染症対応はできません」
都議会がその声を聞こうとしない都立病院利用者にも不安が広がっている。体が動かず自力では息もできない難病ALS(筋萎縮性側索硬化症)患者の佐々木公一さん(74)は都立神経病院(東京都府中市)を「命のふるさと」と呼ぶ。
連れ合いの節子さん(72)は、ALS患者を受け入れる首都圏の民間病院にお見舞いに行った。「静かでいいところね」と言うと、同行者が「コールがないからだよ」。入院患者がナースコールできないというのだ。神経病院では患者に合わせ、たとえば首を少し振るとコールできるなど、症状に合った設備をOT(作業療法士)が整えてくれる。「看護師を呼びたい時に呼べる。吸引が必要なALS患者にとって、人の尊厳に関わります」と節子さんは話す。
都内不動産会社に勤める男性(72)は4年前、前立腺がんの告知を受け、都立駒込病院で手術を受けた。ベテラン看護師もいて、頼もしかった。「患者の言うことをよく聞いてくれ、雰囲気もいい。医療従事者にある程度は余裕がないと、寄り添えないですよ」
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