【いま世界で何が?日本の課題は?】農の危機が国を左右 緊張感欠ける永田町 国際ジャーナリスト 堤未果氏2022年7月21日
参議院選挙は自民党の圧勝で終わった。衆院解散がなければ国政選挙は3年間はないが、世界は激動し日本への影響も大きい。今、世界で起きていることをどう見ればいいのか、国際ジャーナリストの堤未果さんに聞いた。
他人事でない迫る経済破綻
国際ジャーナリスト 堤未果氏
――ロシアとウクライナの戦争が終わりません。今、起きている問題とは何か、そして私たちどう考えるべきかを聞かせてください。
コロナパンデミックに続くロシアのウクライナ侵攻以降、政治、経済、金融、エネルギー、食と農業など、グローバル規模の問題が一気に噴き出してきています。
中でも今世界が最も注目しているのは、エネルギー問題をきっかけに破綻がささやかれている欧州経済でしょう。
ドイツでは配給制準備
直近の例でいえば、今月11日に定期点検のために停止した、ロシアードイツ間の天然ガスパイプライン「ノードストリーム」問題です。石油の34%、石炭の45%、天然ガスの55%をロシアに依存してきたドイツは、ウクライナ危機以降ロシアからエネルギーが入らなくなり、70年代オイルショック以来最大のエネルギー危機の中にいます。
国民は決まった時間しかお湯を使わせてもらえず、冷暖房の利用は規制され、エネルギー配給制の準備が進んでいる。ノードストリームが22日に再開されるかどうかはロシアの胸先三寸ですが、もしされなければ欧州経済は破綻し、本格的な景気後退に突入することが予想されています。
――政府が発表した物価動向によると、日本では電気代は18・6%上昇ですが、英国は53・5%、ユーロ圏は21・9%上昇です。食料は日本では5・4%上昇ですが、英国は8・9%、ユーロ圏は8・7%、米国は11・1%上昇。日本も暮らしは苦しいですが、それ以上の状況だということですね。
はい。投資家たちは「欧州の終末」を警告し、米国は物価が高騰する一方で賃金は一部を除き1年以上も下がりっぱなしで破綻寸前のローン数が膨れ上がっています。こうした国々の状況は、対ロ制裁を続けてきた日本にとっても他人事ではありません。安倍晋三元総理を痛ましい事件で亡くしたことは、日本がロシアとの交渉パイプを失ったことと同義語でもありました。今後エネルギーと食・農業分野を襲う危機は、対ロ制裁をした米欧日に大波となってやってくるでしょう。
2月以降、日本国内では「ロシアの非道なウクライナ侵攻」のように、2国間の問題を焦点にしたヘッドラインが中心でしたが、自分たちの足元が崩れている事を忘れてはなりません。この間、米国や欧州の実態経済や国民生活、エネルギーや食料生産や農業に何が起きているのかをしっかりとみて、国も個人も大至急、防衛策を取らねば、間に合わなくなってしまいます。
日本国内の農業や製造業の現場から相当悲鳴が上がっている一方で、永田町にはそこまでの緊張感が感じられず、参院選でもこうした世界規模の危機から自国を守る策は争点になリませんでした。
――しかし、ウクライナの問題を機に、参院選では日本の防衛力を強めるべきだとの主張も強まりました。
防衛力強化増税を警戒
はい。「防衛力」の定義も変わってきていることに注意が必要です。
防衛予算ということで言えば、今回NATO内でもその主張が一気に高まり、ずっと抵抗していたドイツまで、NATOの2%目標まで引き上げてしまいました。
財務省寄りの岸田文雄政権は防衛費抑制の方向かと思いきや、2023年度予算案の概算要求規準で防衛予算に上限をつけない方針を固めています。上限撤廃ならまず真っ先に大規模増税の足音が聞こえますし、自民党の「緊急事態条項」と結びつく事も警戒すべきでしょう。
ただし、本気で防衛力を固めるならば、いつものような米国製武器の大量購入などではなく、インテリジェンスや国内のIT人材に投じるべきですね。今や毎日のように起きる仮想空間でのサイバー攻撃はますます深刻化していますから。
インテリジェンスに予算をかけ、それから国内でデジタルに強い人材を育て、スパイ防止法の整備も急がねばなりません。そして何よりも、ウクライナ危機後の世界を見ると、食料安全保障とエネルギー自給力が世界の中での力関係を大きく左右することが誰の目にも明らかになりました。
――その食料安全保障の強化のため、輸入に頼っている肥料や飼料から持続可能な農業への転換も課題となっています。
政府が打ち出した、2050年までに有機農業を今の50倍にするという「みどりの食料システム戦略」ですね、あの方向性はとても重要だと思います。ただ一方で、今の世界同時危機を前提にした場合に急務である、「種子の保全」と「移行期間における慣行農家支援策」がなかなか見えてきません。異常気象とウクライナ危機と円安のトリプルパンチに見舞われる中、政府は高騰する肥料価格上昇分の7割を農業グループに補てんする策を参院選直後に出しましたが、今後価格は10倍に向かうのに現時点で3割負担させ、さらにその先に「物資自体」が手に入らなくなるという現状認識に欠けた策と言わざるを得ません。
今の世界情勢を見れば、小規模農家が消えた後、大規模化した企業農業もまた、立ち行かなくなるのは明らかだからです。
食料安保は現場と連携
コロナと異常気象、ウクライナ危機によって、「食料安全保障」は冗談では済まなくなりました。我が国も生産者への直接戸別補償と価格転嫁対策を手厚くし、農研機構の減農薬農法研究予算を増やし、この分野での各国との連携を大至急強化すべきでしょう。
日本と同じで農業資材もエネルギーも輸入依存、慣行農家が9割を占めていたスリランカでは、政府がいきなり農薬と肥料の輸入を止めるという乱暴な有機農業政策を実施した結果、一気に生産量が下がり、わずか2年で深刻な食料不足と農業経済の破綻を引き起こしてしまいました。
輸入依存脱却循環型農業を
これについて、脱農薬・肥料を急ぎ、生産量の低い有機農業に転換しようとしたのが愚策だったのだ、などという論評もありますが、果たして本当にそうでしょうか? ある現地農民組織のリーダーは、西側メディアに向かってこう言いました。
「有機農法の拡大は国にとっては良い政策だが、その手法が問題だった。当事者である農業者と協議を重ね、彼らの立場に立って農薬と肥料を減らしてゆく移行期間の経済支援を伴った、慎重かつ確実な農業計画を立てるべきだった」
当事者入れ政策決定を
政策決定プロセスに当事者を入れることが、回り道に見えても実はその政策実現に非常に重要である事は、我が国でも、歴史の中で繰り返し証明されてきました。
スリランカでは、農業政策から排除された農民たちが、急激な生産量低下による倒産を避けようと、闇市で法外な値の外国産肥料を購入し借金漬けになるという、本末転倒な事態になっています。エネルギー自給率の低さと通貨安がとどめを刺し、国民が1日10時間停電する生活を強いられている姿は、円安が進行し、経産省が「節電」「節ガス」と言い出した日本と無関係ではありません。債務破綻や、食料危機で暴徒化した群衆が国会議員らを襲うなど、センセーショナルな報道ばかりされているスリランカですが、食と農という国の根幹から見るとわかるはずです。このグローバル有事に「みどりの食料システム戦略」を進める私たち日本人にとっての、非常に重要なヒントが、いくつも埋め込まれていることが。
生産者をないがしろにする国が反映することはありません。
オランダでは現場を無視した政府が強引に押し付ける脱炭素政策に怒った農業者が反乱を起こし、ドイツ、スペイン、イタリア、ポーランドでも、農家が束になって立ち上がり、大規模なデモを起こしています。
彼らの言い分はこうです。「政治家なしでも世界は回るが、農民なしでは成り立たない」。今日本に一番必要なのは、世界で起きていることを自国に重ね合わせる視点なのです。
歴史の転換自分の足で
歴史を見ればわかるように、有事というのは、決して悪い事ばかりではありません。コロナやウクライナ危機、加速する食料・エネルギー危機は、自国の底力を取り戻す大きな転換点となるでしょう。
かつて西側からの制裁で農業資材が不足した結果、知恵を使って土の再生と有機化、自前の食システムに舵を切ったロシアやキューバ、米国との不平等な自由貿易条約に苦しみ、地域ごとの循環型農業システムを作り始めた韓国など、世界を見回せば成功例はいくらでもあるのです。日本でも今、種子から食卓まで循環型地域経済を敷き、食料安全保障を守る「ローカルフード法/条例」の成立を目指す超党派の動きが進んでいます。
私たちは今こそ、世界の動きから目を離さず、この有事を乗り切らねばなりません。
スリランカを反面教師に、重要政策に当事者の声を反映し、おかしいことはおかしいと声を上げる欧州の農民たちの行動力にならい、目の前の危機を乗り越えるだけでなく、日本を自分の足で立つ、持続可能な国家に生まれ変わらせるのです。
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