農業農村の再エネ実践へ努力重ねる地方の先駆者 急がれる制度化 早稲田大学名誉教授・堀口健治氏2022年8月24日
「みどりの食料システム戦略」が動き出した。9月には国の基本方針が公表され、実践段階に入る。持続可能な農業はもちろん、脱炭素化も視野に入れる。そこで早稲田大学名誉教授で前日本農業経営大学校校長の堀口健治氏に「農業農村の再エネ、カーボンニュートラルを実践的に考える」をテーマに課題や方向性を提起してもらった。
早稲田大学に農業農村再エネ・ゼロカーボン研究会を2022年春に設置
早稲田大学名誉教授
堀口健治氏
大学がカーボンニュートラルの研究拠点を目指すので、農業農村を対象に学部等の枠を超えた研究会の設置を共同で引き受けた。ソーラーシェアリング、小水力発電、バイオマス等、農村は都会と違い再生資源が多くあるから課題はやさしく、走り回る必要はないと考えていた。これが大間違いだった。
火力発電所等に対し再エネ発電は素晴らしいと述べる論説は実に多いが、導入を妨げる障害等や課題を具体的に述べる論文は少ない。誰もが述べるSDGsが伸びないのは、障害を分析する論文がないからだが、それと同じである。
研究会の課題を確定するため、テーマ毎に現地を回ったが、そう確信した。
再生エネルギー
1) ソーラーシェアリングの工夫
太陽光パネルの発電が日本は大きく普及したが、主力電源にするにはさらに今と同じほどにパネルを敷かねばならない。回復できない放棄地に敷くとしてもとても足りない。可能な土地は既存の農地しかなく、そのためにはソーラーシェアリングだが、パネル支柱の転用を審査する農業委員会は必ずしも積極的ではない。パネル下の農業がいい加減で、電気収入のみを狙うものが多いと思い込んでいるからだ。
だが福島二本松で見たのは、電気収入と同じ程度の農業収入を得るソーラーシェアリングで、農作業を効率的にしながらブドウの「シャインマスカット」や有機の野菜に事業者は取り組んでいた。可能にしたのが一本足の支柱を並列的に並べたことで、機械が動きやすいよう仕組んだことが大きい。
市民電力ゴチカン(二本松ご当地エネルギーをみんなで考える株式会社)、地元生協(みやぎ生協・コープふくしま)、シンクタンクのISEPの3者が運営している営農型発電会社が19年に事業を始め、設立した農地所有適格法人が6haの農地を所有し、21年秋に発電と農業を開始した。二人を雇用したが、一人は福島から避難していた若者が農業系学校を卒業し、戻ってきて「シャインマスカット」に取り組んでいる。
下の写真は1本足支柱型の稲作(仕組みに協力する稲作農家の個人事業)で、作業もしやすく収量も遜色ない。
さらにゴチカンは、太陽光パネルを塀のように農地に立て、垂直型の発電を開始した。立っているパネルの間にある7~10メートル幅の農地を、畜産法人が草地で利用していた。ただ輸入のドイツパネルは高く、もう少し安くならないと採算が合わないが、しかしこの考え方は素晴らしい。これなら電機も農業もフルに活動できる。
2)収益性が低い小水力発電でも地元に貢献
小水力発電は中国地域では50年代から地域の人が、発電水利権を河川に取り、山をぬって落差のあるところまで引いて発電させた歴史がある。多くが最近まで稼働しており、関係者の努力により施設を更新することで固定買い取りに載せることができる。しかし紹介する論文はそれで終わりである。だが所属する協会の総会では3分の1が更新をあきらめるといっていた。中国電力への売電価格が3倍にもなるのに、なぜという調査が必要だがそれがない。関心ある方は拙稿『地域貢献の小水力発電』筑波書房ブックレットを読んでほしい。
その後、地元の大変な努力で、「コストが高く採算が合わない」とのコンサルに対し、それならコストを下げさせる方式で対応する動きが出てきた。水路が長く落差が小さい発電所だと、固定買い取りの高い販売価格でも、従来と同じやり方のコンサルの計算ではあわない。それを、更新を期待する発電所が多く集まり、まとめて発注するので大手メーカーに価格引き下げを要求したのである。これなら収益性が高まる。鳥取の事例である。
他県でもいろいろな努力がなされている。更新をあきらめていた農協や電化農協も検討しなおしている。コンサルとの共同事業でリスクを減らし、大きな借り入れについて地域の心配を減らし、事業に取り組む事例である。
JA三井リースも加わっている。20年を経過すれば地元に戻ってくるし、その後は収益が増す。しかし経産省は、最近、施設のすべての地権者に同意を求めているので、所有者不明の土地をさかのぼって了解を得るのに大変な努力が必要になっている。
それでも全国的に土地改良区や民間が取り組んで成果を上げている。農業水利権の範囲内なら、発電水利権は従属水利権として取得しやすい。しかし最近の問題は系統接続を断られる例である。固定買い取りに載せるには電力会社との系統接続が必要で、近くに空きのある接続点がないと、遠くまで自力で線を引っ張ってくることが求められ、事業費が高くなりあきらめたところが結構ある。メガソーラーが先に申請して先着順だといわれる。低電圧ならそれを回避できるが、可能な電力を引き下げるのもどうかと思われる。21年初頭から始まったノンファーム型接続でともあれ接続し、すいているときに送電する仕組みはできたが、それが事業費の回収につながるのか調査研究しなければならない。内容が公開されていないので実情がわからない。水力は24時間安定した再エネなのだからもともと優先すべきだと思われるが。
3) バイオマス発電所への大きな期待
酪農や肉牛等、畜産のバイオマス発電が盛んに取り組まれている。いいことである。しかし、北海道のように消化液を草地や畑に機械でまける場所があればよいが、府県ではまく場所が問題だ。ために堆肥にしか利用法がない地域もある。
稲作は取入れ口から用水とともに消化液を流し込めば、栄養が豊かな消化液は効果的である。しかし畑では、作物で適期も異なる。ある県では乳牛600頭規模で93万kWhの発電だが、毎日出てくる消化液80tのほとんどが固形分離で、堆肥には役立つが、液体の河川放流のため年3000万円の薬品代がかかる。
一部、適期にまくためタンクを畑に並べ小型ポンプで根元に散布している。なかなか容易ではない。有機農業の野菜にも効果的と思われるが、機械散布の仕方を急いで考える必要がある。
木質バイオマスも期待できる。海外から原料を輸入するようなバイオマス発電は論外で、使われていない日本の山を有効に使ういい機会だ。それも間伐材の方式だけでは奪い合いになるので、主伐・再造林で日本の山を総合利用する機会の一環としての発電が有益である。
カーボンニュートラル
1) 有機農業を展開するには
政府のみどり戦略は50年までに農地の25%を有機農業化する。化学肥料も減らし農薬も削減する。だが今の有機農業のように、雑草の手摘みは無理で機械除草が必要だ。特に大豆や麦など、大規模な有機農業の展開にはどうするか。現況がどうか、(株)金沢大地の井村辰一郎さんを訪ねた。稲40ha(半分が完全有機)、大豆・麦140haが完全有機だから、規模は国内で最大であろう。見せていただいたひとつは写真にみるデンマーク製ロボベイターである。
日本で唯一導入の機械ではないか、と言われていたが、着値で800万円、4条あるが、それぞれのカメラのAI機能で大豆を識別するプログラムを開発し、それで大豆を避け雑草のみを、写真のかぎ爪でかき取る。条間の除草は中耕で対応し、この機械は株間の除草である。ようやく20年から農研機構と共同のスマート農業検証事業の対象になったが、県農業試験場によると大豆残存率92%、雑草除去率54%(石川県農林水産研究成果集報24号2022年)だ。
残念ながら日本のメーカーで競合する機械はない。しかし35年間も有機でこだわってきた井村さんの経験をもっと吸収し学びたい。それでも麦・大豆の単収は慣行農法の半分の水準にとどまるが、規模の大きさと加工との連携で、収益性を確保しているとのこと。虫や病気は無視せざるを得ない。長年有機で地力を強めているのでこれで対抗するしかないとのこと。
稲は基本が紙マルチでアイガモやマガモ農法も一部あるが、全体として7俵前後で慣行農法の500~600キロを追っている。しかし麦大豆等で慣行農法に近づけるにはどうするか、依然として大きな課題だ。
2) カーボンニュートラルを意識した「有機農法先駆者」の金子美登さんの努力と工夫
金子さんは地元を有機の里に変え、取り組む若者を輩出させているが、他方で廃油を豆腐屋さん等から受け加工してトラクターを動かしている。7月末に伺ったが、写真は、トラクターに乗って最初は軽油、その後てんぷら廃油で動かすのを見せてくれた金子さんである。
薪を床暖房に利用し、太陽光パネルだけでなく野菜くずなどでバイオマス発電を起こし、蓄電して農作業に利用するなど、極めて先進的である。これらの金子さんの多種な活動を農業・農村に具体的にどう普及させるか、課題だがプランは一向に政府から示されない。
こうした活動を促進するはずのJクレジットは、政府認証で入札してもらっても、認証コスト等を考えるとメリットが大きくは感じられない。カーボンニュートラルを促進する仕組みづくりが大事だ。
炭素税や意味あるカーボンプライシングを早く制度化しないと、先駆者の自主性に依存するだけでは、一向に進まないことは明白である。
(注:写真はすべて筆者撮影)
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