23年度概算要求をめぐって 食料安保ベール深く 予算獲得には哲学を 横浜国立大学・田代洋一名誉教授2022年9月27日
新型コロナウイルス、ウクライナ侵攻、温暖化問題などで世界経済が揺れ動くなかで農水省の2023年度概算要求が出された。今回の概算要求のポイントと考え方について、農業情勢に詳しい横浜国立大学名誉教授の田代洋一氏に寄稿してもらった。
横浜国立大学名誉教授 田代洋一氏
食料安保予算はブラックボックス
農水省は9月初め概算要求を提出した。「重点事項」は生産基盤強化・経営所得安定対策、輸出力強化、みどり戦略、スマート農業、食の安全、農地確保・農業農村整備、農村活性化の七つで2022年度と変わらないが、その他に「事項要求」として食料安全保障が加わったのが最大の違いである。
事項要求とは、概算要求では事項のみを要求し、内容・金額は年末の予算編成過程で検討するものである。農水はこれまで国土強靭化とTPP関連政策大綱関係の2本を要求してきたが、23年度については食料安全保障を加え、かつそれだけを太字にした。つまり2023年度概算要求の最大の目玉は食料安全保障、しかし中身と金額はブラックボックス入りということだ。概算要求だけをみていたのでは全貌は分からず、今後を注視する必要がある。
防衛予算に比べて足踏みする農水予算
実はどの省もこの「事項要求」が極めて多いのが23年度概算要求の特徴である。とりわけ防衛省は事項要求が100にも及ぶ。それには「葵の御紋」がある。予算の大綱を決める「骨太方針2022」(6月)が、NATO諸国の「国防予算を対GDP比2%以上とする基準」に習い、「国家安全保障の最終的な担保となる防衛力を5年以内に抜本的に強化する」ことを銘記し、岸田文雄首相も張り切っているからだ。
対して食料安全保障に「葵の御紋」はあるのか。「骨太方針」はⅢ「内外の環境変化への対応」で、外交・安全保障、経済安全保障、エネルギー安全保障の次に、食料安全保障と成長産業化(みどり戦略、輸出促進、スマート農業)を掲げた。安全保障3本柱の一つとは言え、国家・経済安全保障の一環にのみ込まれた感がある。
表1で21世紀の防衛関係費と農林水産費を比較した。2000年には農水予算は防衛の7割だった。しかるに2015年頃から防衛はじわじわと増やしていくのに対して農水は足踏みし、今や防衛の4割に落ちた。前述の事項要求の具体化で23年度には一挙に水をあけられかねない。
一般会計予算に占める農林予算の割合も2%まで落ちた。予算全体が膨らむなかで、据え置かれたからだ。GDPに占める農業の割合はコンマ以下だから、それに比べれば「優遇」されているともいえるが、農業の多面的機能(食料安全保障を含む)を貨幣評価してGDPに組み入れたら、農業予算の割合は農業のGDP比をはるかに下まわる。農業就業人口1人当たりの予算額も他の先進国に比して格段に低い。
ウクライナの侵略耐性を支えるのは同国が穀物・生産資材大国であることに学ぶ必要がある。
公共・非公共の歴史
図1によると、農林予算のピークは遠く1982年のことだった。その後90年の底に落ちこむ。高度成長期の予算増の主役は公共事業、90年にかけての減の主役は非公共事業、90年代は公共、非公共が肩を並べる。このように公共事業に支えられた農林予算だが、それも直近のピークは2010年で、以降は劇落。
劇落は主として公共事業で、その主犯は小泉純一郎構造改革と民主党「コンクリートから人へ」だ。自民党は12年末に政権に復すが、公共事業を旧に復することはしなかった。要するに小泉構造改革と民主党は地続き、そして民主党農政と安倍晋三官邸農政も地続き。このような新自由主義農政を岸田「新しい資本主義」は突き崩せるのか。
公共事業とは「公的部門が行う社会資本整備のための投資」である。農業・国土インフラを充実せずして「安全保障」はあり得ない。
予算の流れから見えるもの
予算は一発で決まるわけではなく、年度にまたがって立案・執行されていく。その流れを2022、23年度についてみると次のようである。
①予備費...予備費は憲法に定められ、緊急事態に対し内閣の裁量で支出される(2020年度第二補正予算では予備費を10兆円も計上して批判されたのは記憶に新しい。22,23年度は各5000億円)。22年度については、第一次補正の予備費で肥料高騰支援金(788億円)、飼料高騰に対する酪農支援(1頭1万円)が支出(予定)。第二補正(11月)で配合肥料、化学肥料追加を手当てしないと農業はますます苦境に陥る。
②骨太方針...6月に経済財政諮問会議を経て予算編成方針として閣議決定される。岸田内閣は「新しい資本主義」を掲げてはいるものの旗色鮮明とは言えず、その点ではアベノミクスに劣る。結果的に防衛予算倍増が目玉で、リベラル政権も形無しである。
③概算要求...8月末前後に提出。前述のように「事項要求」が増えれば、その分形骸化し、財政規律が緩んでいく。
④補正予算...2022年度については第1回が5月になされ(当初予算の2.5%相当、コロナ、原油・物価高騰等)、第2回が11月国会提出を予定されている。事項要求の一部は第二補正予算で具体化することになろう。例えば農水の国土強靭化計画関係予算は20年度までは当初予算と補正予算半々だったが、21年度から全額補正予算化した。予算獲得も「当初と補正の合わせ技」(全国農業新聞2021年9月24日)というわけだ。
概算要求の「ビッグ10」をチェックする
8月末の概算要求は、このような予算の編成・執行の一部でしかない。23年度の総額は2兆6,808億円、2022年度は2兆6,842億円でほぼ同額。22年度当初予算は2兆2,777億円で、15%値切られたことになる。農水省「令和5年度農林水産関係予算概算要求の重点事項」を再整理し、農業ビッグ10を表2に示してコメントする(項目番号で示す)。
①の直接支払いは農林水産予算の1/3を占めるに至っている。農業だけをみれば45%程度だ。EUと違うのは細かく分かれ一括性を欠いている点である。予算総額は横ばいである。
このうち水田活用交付金は、2022年度の水田リノベーション事業を取り込んで同額になったが、リノベーション事業では飼料用米への助成が消えている。しかし米需給、食料安保の点からも主食、飼料併用性を持つ飼料用米は欠かせない。新農相は多収品種に限定するとしているが、コンタミ問題がまた浮上する。5年水張りしないと交付対象外という水活問題も決着を迫られている。いずれも財政審の圧力が背景で、その目指すところは「転作の奨励金依存からの脱却」である。
収入保険も伸び率が81%と大きいが、ナラシからの移行促進である(ナラシは12%減)。収入保険は青色申告者に限定される点で、より選別的になる。
②の公共事業については前述した。伸び率は全体を少し上回る。
③の農村政策は伸び率は25%だが、農業政策との「車の両輪」を強調する割には全体の3%弱に過ぎない(中山間地域直接支払い等は①へ)。中山間地域デジタル化、粗放な土地利用、農村RMO(地域推進組織)が新味である。
④の生産基盤強化は重点事項のトップに掲げられ、伸び率も高いが、額はそれほどでもない。主食用米の用途転換でしのいできた「転作政策」の行き詰まりの打開が狙われている。
⑤は昨年度に登場した予算獲得の新機軸で、伸び率も76%と高い。しかしほとんどが技術開発・スマート農業関係で、みどり戦略の社会経済基盤の構築という気概はない。
⑥は人・農地プラン作成関係予算で、地域に対する協力金交付等だが、最も懸念された農業委員会等の人材不足に対するテコ入れは少ない。
⑦の人材確保は今日の農政が最も注力すべき項目だが、額、伸び率ともに低い。
⑧の畜産は①の直接支払いに2,300億円弱が含まれるが、それも含めて畜産危機にもかかわらず伸び率は低い。
感じられない気概 求められる哲学
最近の農政は、カーボンニュートラルに対するみどり戦略、ロシアのウクライナ侵略に対する食料安全保障など、期をみて新規予算を獲得する「予算獲得農政」化しており、そのために食料・農業・農村基本法まで改定するつもりだ。しかし見てきたように前途が厳しいなかで、新規予算を獲得するには既存予算の削減を迫られる。その対象は表2の伸び率の低い項目だ。
真の食料安全保障のためには、大きく落ち込んだ公共事業の回復、最大項目になった直接所得支払い政策の統合再編強化、そして人への投資が欠かせない。
農水省は農業センサスの集落調査を人員不足のためにやめるという。概算要求で手当てする気概も感じられない。そういう地味な土台部分へのテコ入れを抜きにして、新事態を予算獲得のチャンスとみて追いかけるだけでは農業・農村の持続性は確保できない。予算獲得には、テクニックとともに哲学が要る。
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