【ドイツの有機農場探訪】地域内で資源循環を構築 学ぶべきこと多い農法 九州大学名誉教授 村田武氏2023年1月20日
みどりの食料戦略がいよいよ実践段階を迎えるなか、環境保全に力を入れるドイツの農業事情を九州大学名誉教授の村田武氏に寄稿してもらった。村田氏は農林中金総合研究所首席研究員の河原林孝由基氏らとドイツの有機農業団体「デメーテル」の農場を訪れ、堆肥活用など日本でも「地域内資源循環の再生」が不可欠だと強調する。
マリエンヘーエ農場の草地
有機農業団体の第1号農場を視察
ドイツでは、環境危機のもとで、温室効果ガスの削減をはじめ、環境にやさしい農業への転換を迫られるなかで、どのような「将来ビジョン」を描くかをめぐっての議論が盛んである。メルケル政権はその退陣前の2020年7月に幅広い分野からなる「農業将来委員会」を設置し、翌21年6月に答申「将来のドイツ農業・食生活と農業経営構造に関する提言」を得ている。
そこでは、将来の農業は、専門化した専業経営に加えてできるだけ多数の小規模な家族農場を含む多様な農業構造で、生物多様性とくに昆虫保護が重要で、農業景観の多様性を確保することが望まれるとしている。家畜ふん尿はできるかぎり堆肥化し、化学肥料の利用増加を抑える。農業・食料システムは地域内循環が望ましい。したがって、家畜飼育は畜産地帯への集中ではなく、農村地域全体への分散をめざす。国民食生活は地産地消をすすめ、動物性食品消費量の引き下げをめざすなどが目標になっている。そうしたなかで、有機農業のありかたをめぐっての議論も盛んである。そこで、私どもは、ドイツでもっとも歴史のある有機農業団体「デメーテル」の第1号農場のひとつとされる「マリエンヘーエ農場」を昨秋11月に訪ねた。
バイオダイナミック農法の有機農場継承
ルドルフ・シュタイナーの1924年の農業講座に啓発されて、化学肥料や農薬に依存せず、主に牛糞を原料とする堆肥で土壌に活力を与える、したがって農場は必ず牛など家畜を少頭数飼育して、経営内資源循環を図るという「バイオダイナミック農法」が編み出された。
そしてシュタイナー講座の発起人のひとりであったエアハルト・バルチュが、1928年にモデル農場「マリエンヘ-エ」をベルリンの東60キロの小村バート・ザーロウに開き、その農場が1930年代、40年代を通じて、全ドイツのバイオダイナミック農法モデル農場になった。バイオダイナミック農法による農場は豊穣の女神「デメーテル」にちなむ「デメーテル協会」(1929年設立)傘下の農場とされ、その産品はデメーテルの名で売られるようになった。
バルチュ自身は1950年にオーストリア国籍を取得してオーストリアに移住し、共同経営者がマリエンヘーエ農場を継承した。幸いにも農場はオーストリア国籍のままであったので、戦後の旧東ドイツの農地改革(1946~47年)での没収や、農業集団化(1960年)を免れ、1990年のドイツ再統一後も経営が維持されてきた。
有畜複合で経営内資源循環の工夫多彩
フリートヨフ・アルベルトさん
マリエンヘーエ農場の現在の管理人はフリートヨフ・アルベルトさん(58)である。ザクセン州生まれで、子どもの時に休暇でこの農場に来て気に入り、18歳から40年間この農場で働いている。バイオダイナミック農法をその過程で学び、実践しているという。
マリエンヘーエ農場が立地するベルリン東部(ブランデンブルク州)は、降水量が年間450~500ミリと乾燥した大陸気候で、しかも土壌は痩せた砂壌土であるか低湿原草地である(州平均の農地評価指数(100が満点)は30と、ドイツ全土でも最も肥よく度の低いエリアである(マリエンヘーエ農場の農地評価指数の平均は15と極めて痩せている)。元は穀物粗放栽培のユンカー大農場であった。いわば何もないような土地が、農場の長年の生け垣づくりと松林の混交林化で、今では多様な景観になっている。
農場の土地は1・8haの果樹園(リンゴ、梨など)、1・5haの野菜畑(井戸でかんがい)、91haの耕地、50haの草地(うち20haは採草地で年に2回牧草を刈り取る)、これに600平方mの温室、200平方mの促成温床が加わる。約100haの林地がある。
栽培作物は小麦2ha(自家製パン用。販売すれば有機小麦として100キロ当たり60ユーロの高値になる)、ライ麦20ha(自家製パン用と飼料用)、エン麦・大麦計4ha(飼料用)、ソバ3ha、ジャガイモ2ha、ニンジン1ha、ルピナス8ha(飼料用)、亜麻3ha(搾油、搾りかすは飼料)、間作にマメ科(飼料用、緑肥)が栽培される。飼育家畜は、乳牛(ドイツ中央山地原産の乳肉兼用赤まだら牛)32頭、母豚4頭、肥育牛30頭、鶏・ガチョウ・カモ計数十羽である。これにミツバチ10群が加わる。
経営の中心的課題は、家畜飼料の大半を自給しつつ、多様な作物栽培と特別に処理された家畜きゅう肥やコンポスト(堆肥)による低地力の土壌の肥よく化にある。ミツバチ群が受粉と蜂蜜生産に貢献している。
農場の施設の周りの草地の散在果樹が、秋にはいろんな果実を供給してくれる。牛は生育期には毎日、放牧地に出す。冬飼料に追加的に飼料用ニンジンを栽培しており、サイレージ飼料は意識的にやらない(チーズに匂いをつけないため)。豚は繁殖肥育一貫。放牧地の管理には、「動く牧柵」として牧羊犬を飼育し、子犬は販売できる。
有機加工品が農場収益を生み出す
農場には生産された生乳を100%乳製品に加工するチーズ工場があり、サイレージ飼料を使っていない原料乳の乳製品(脂肪分2種類の凝乳、多種類の生鮮チーズ、クリーム、クリーム・バター、ヨーグルト)が製造販売される。残さの乳清(ホエー)は農場の豚の重要な飼料になる。
自家製パンも重要な販売品で、原料の一部、とくにスペルト小麦はバイオダイナミック農法で栽培する他の農場から購入している。製粉は、近くの製粉工場に委託している。自然酵母パン(100%全粒パン)が人気である。
畜産物については、自家農場産の豚を農場から25キロのところにある小さな食肉処理場で処理し、デメーテル基準で加工した多種類のソーセージと食肉製品を販売している。
マリエンヘーエ農場の農場付属店舗
さらに、ジャガイモや多種類の野菜、果実、切り花、リンゴジュース、亜麻仁油も販売品である。これらは、農場付属店舗(水・金・日の週3日開店)、移動販売車(ベルリン・クロイツベルクで土曜日の午前9時~午後3時開店)で売られ、バイオ店舗やレストランに卸している。
アルベルトさんによれば、ベルリンは世界でも最大級の有機産品需要地であることを活用しているのだという。すなわち「デメーテル」有機産品は地産地消と結びついてこそ「生かす」ことができるのである。
農場は農業生産と加工場で合計15人を雇用している。これに農業研修生4人、夏季の生徒実習生2~3人(日本の中学3年生にあたる9年生が、3月から7月の間に3週間実習)が加わる。農場の粗収益は農産物で30万ユーロ(1ユーロ140円で4200万円)、加工品で40万ユーロ(同5600万円)になる。公的補助金は総額6万ユーロ(840万円)である。経営としては、農場は安定経営である。
無農薬・無化学肥料だけの有機でよいのか
村田武 九州大学名誉教授
デメーテル協会の有機農業基準は、EU有機農業基準(無農薬・無化学肥料、非遺伝子組み換え)を超えて、堆肥による土づくりを加えたより厳重な基準である。アルベルトさんに言わせれば、「有機農業が経済的に有利だからと、無農薬・無化学肥料の有機農業を拡大すればよいということではないのではないか。重要なのは経営内での資源循環であって、土地-植物-人間という関係ではなく、土地ー植物ー家畜ー人間という関係の構築であろう」という。これは、低地力地帯に立地するマリエンヘーエ農場ならではの、堆肥による土づくりが農場経営の基本だというデメーテル・バイオダイナミック農法の基本理念であろう。
緊急に食料自給率を引き上げるという課題を抱えるわが国農業にとって、農地のフル活用とともに、耕畜連携の推進、すなわち経営内資源循環はともかく、地域内資源循環の再生は不可欠であろう。この点で、ドイツの有機農業をリードするデメーテル・バイオダイナミック農法には学ぶところが大きい。
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