有機農業は生きものとの共生 みどり戦略で出番増える栃木・野木町の舘野廣幸さん2023年3月14日
農水省の「みどり戦略」が注目されているなか、早くから有機稲作を実践している栃木県野木町の舘野廣幸さんは講演や実践指導などに大忙しだ。本紙客員編集員の先崎千尋氏に舘野さんの農業への思いや活動を報告してもらった。(客員編集委員・先﨑千尋)
茨城県常陸大宮市で講演する舘野さん
余も下野の百姓なり
「余も下野の百姓なり」。栃木県野木町の舘野廣幸さん(68)はちょっぴりはにかみながら自身をそう表現する。国は昨年「みどりの食料システム戦略」を決め、有機農業100万ha構想を打ち出した。そのこともあり、舘野さんは稲作有機実践者として、行政機関や有機農業に取り組もうとしている人たちの依頼を受け、講演や技術指導で全国を駆け回っている。
2月4日、東京渋谷に本拠地を持つアーバンファーマーズクラブの人たちが、舘野さんの雑木林で堆肥や床土にするための落葉さらいをすると聞いたので、その作業を手伝いながら話を聞くことにした。冒頭の言葉は、田中正造(以下正造)が1895(明治28)年に記した「余は下野の百姓なり」を受けて、正造が目指した「平和な社会と農業を実現したい」という志を受け継いでいることを示したものだ。
渡良瀬川研究会で農薬について解説する舘野さん
自然を生かした"かえる"農場
舘野さんは自分の田畑を"かえる農場"と名付けた。ひらがなにしたのは、「蛙=蛙が働いている」「帰る=自然に帰る」「変える=世の中を変える」「還る=循環する」「買える=誰でもお米が買える」という意味を持たせたからだ。また取れた農産物にも〝かえる米"などと表示している。
現在の経営概要は水田12ha、小麦1ha、大豆1haなど。使用する有機資材は雑草、稲わら、大豆、米ぬか、小麦、それに雑木林の落葉だ。ほとんど購入するものがないので、肥料などの値上がりには関係ない。夏の田んぼにはカエル、ツバメ、トンボが舞う。販売先は、県内外の消費者やレストラン、パン屋さんなど約200人。近くの人には、農場に来てもらうか配達する。心の見える提携がモットーだ。
舘野さんが住む野木町の西隣は旧谷中村。今は渡良瀬遊水地になっている。この地で正造は最後まで足尾銅山鉱毒反対運動の先頭に立っていた。舘野さんは学生時代に正造の存在を知り、帰農後に谷中村の旧住民や研究者たちと交流を深め、「農業を始めたころは農薬を使っていたが、自分がまく農薬が自然の生き物を殺している。これは鉱毒と同じだと思い、やめた。有機農業を広めて、生命の尊重される豊かな社会を創ることこそが正造の遺志を受け継ぐこと」と淡々と話す。
正造の「真の文明は山を荒らさず、川を荒らさず、村を破らず、人を殺さざるべし」という有名な言葉は、循環の中で生きる生命の本質を言い表しており、正造の思想は有機農業と共通している、文明を農業と言い換えればよりはっきりする、と舘野さんは語る。「正造は、足尾の鉱毒問題が、単なる鉱山や工業の問題ではなく、山河を含む自然全体の破壊を引き起こす問題。正造にとって、山や川は自然の恵みの原点であって、百姓である人民のみならず、すべての人間は山と川の恵みなくては生存ができないものととらえていた」
舘野さんが慣行農法から有機農業に切り換えたのは30年前のことだ。それまで、親のあとを継ぐのは嫌だと思いながら仕方なしに農業をやっていた。当然、いいものはできなかった。ある年、水稲の苗作りに失敗し、近所の農家から苗をもらって植えたことがあった。どうしたらいいのか迷っていた頃、すぐ近くの小山市にあった農文協の支部に出入りし、相談に乗ってもらった。また、民間稲作研究所を主宰していた稲葉光国さんに指導を請うた。初めは減農薬。少しずつ有機栽培の面積を増やし、30年前に現在のスタイルを確立した。
落ち葉さらいの作業
生き物を育てる縄文人の生き方
舘野さんは有機農業を始めてから宮沢賢治に出会った。賢治は詩人、童話作家であり、音楽家、農学校の教師、農民の指導者、肥料会社のセールスマン、熱心な日蓮宗の信者など、今で言えばマルチ人間だ。農業に関しては『農民芸術概論綱要』を残した。その賢治のどこに舘野さんは魅かれたのか。「自分は農家の長男だから宿命的に農業をしているが、賢治は金持ちの坊ちゃん。それなのになぜ農民になろうとしたのかを知りたかった」。「『労働』はお金のために強制されてやる望まざる仕事。しかし『仕事』は、自分の生活を生かす、楽しく生き生きとしたもの。賢治の理想社会は、つらい労働とか差別的な仕事ではなく、楽しい仕事をすること。賢治は、農業も楽しい仕事にしたいと考えていたと思う」
「賢治は熱心に仏教を信仰していた。仏教では不殺生を一番大切なものと考える。『殺してはいけない』ということだ。しかし人間は、ほかの生き物を殺して食べないと生きていけない。命をいただいている。賢治は、農業は殺すだけでなく生き物を育てることができると考えていたのではないか。賢治の生き方は植物的な生き方。だから賢治は農民になる決心をしたのではないか。賢治が目指した農業は、多くの生き物とともに生きる農業なのだと思う」。賢治の言葉では「永久の未完成これ完成」が好きだ、と言う。
舘野さんの師は田中正造と宮沢賢治。農業技術の面での師は稲葉光国さんだった。稲葉さんが1997年に立ち上げた民間稲作研究所は「日本の稲作が本来持っていた自然の循環機能を生かし、多くの生き物を育み、農村文化を形成してきた豊かな内容を取り戻し、安全安心な農産物を提供し、同時に稲作経営や農村崩壊の危機を乗り越える」ことを目指し、有機稲作の開発や普及活動、有機技術の確立研究などを行っている。会員は全国におり、定期的に研究会を開いている。稲葉さんが2020年に亡くなったため、現在は舘野さんがそのあとを継いでいる。
舘野さんの"かえる農場"を見たのは2回目。話も何度か聞いているが、この日に感じたのは、彼の生き方は「自然の恵みに感謝する、争わない、むやみに殺さない」という縄文人のそれではないか、ということだ。
なお、舘野さんの有機稲作技術については、本紙昨年11月10日号に詳しく載っているので、参照されたい。
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