【座談会】時田則雄氏『野男のうた』から探る家族農業の明日 農の感動脈々と(1)2023年4月25日
「農文一体」を唱えて北海道十勝で農業を営む歌人の時田則雄氏が昨年末『詞華集 野男のうた 自選200首』(角川書店)を出版した。今回は時田氏を囲み、「時田ファン」を自称する田代洋一氏(横浜国立大学名誉教授)、村上光雄氏(農協協会会長)、大金義昭氏(文芸アナリスト)に「『野男のうた』から探る家族農業の明日」をテーマに座談会を開き、思いの丈を話してもらった。
左から、田代洋一氏、時田則雄氏、村上光雄氏、大金義昭氏
【出席者】
時田則雄氏(北海道帯広市在住 農業、歌人)
田代洋一氏(横浜国立大学名誉教授)
村上光雄氏(農協協会会長)
大金義昭氏(司会・進行 文芸アナリスト)
「生涯連作」の志 ページににじむ
大金 コロナ禍やウクライナ戦争で国内農業は「風前の灯」の状態に追い込まれています。これから、どうなるのか。どうするのか。
モノ作り文化の原点・源流ともいえる家族農業を舞台に、北海道の十勝平野で40数haの畑作と短歌の「生涯連作」に挑んできた時田則雄さんが、これまで上梓した12歌集から200首を厳選し、『詞華集 野男(のおとこ)のうた』を刊行しました。その「作品世界」を覗(のぞ)いて家族農業の展望が共有できればと思います。
帯広の遅い春はいかがですか。
時田 温暖化の影響で近年は雪が降らず、春掘りのナガイモがシバれてしまうんですが、この冬はめずらしく大雪が降り助かっています。今はすっかり雪が解け、桜は例年より早まりそうです。
大金 広島県の三次はいかがです?
村上 春が早く桜は満開、桃からツツジや梨の花まで咲いています。田んぼに水を通すのが楽しみだね。
大金 『野男のうた』をまとめるのに、時田さんはどんな苦心をしましたか。
時田 選ぶとなると、どれも落としたくなる。だけど、あまり落とすと1冊にならず、多すぎても内容が薄くなる。絞るのに苦労しました。選んでから、歌集ごとに再構成しました。
大金 田代さんは若い頃に文学を志しておられたとか。 時田さんに「農文一体」という言葉があるけれど、田代さんの場合はご専門の農業経済学が「武」で、文学は秘めたる「文」の文武両道という印象ですけど。
田代 「文」は才能がないとさっさと諦めた。ところで『野男のうた』には北海道の農業者の志が表現されており、200首ではなく300首ほしかった。「うまいな」と思ったのは、表紙に若い頃の写真を載せ、最後の方のページで家族の集合写真におさまっている。ページをめくると足跡がたどれる構成になっている。
時田則雄氏
時田 表紙を決めるときに、エッセイを執筆してくれた短歌の仲間から、これがいいと言われた。私は今の顔を載せようとしたのだけれど。(笑)
田代 200首のなかで最も多く自選されたのが第一歌集『北方論』(1981年、現代歌人協会賞)の38首ですが、次に私が注目するのは『夢のつづき』(1997年)。時田さんは50歳で、一つの転機だったのかな。時田さんの全12冊の歌集の中で、その前の歌集との間隔が6年と最も長く、パートナーのご病気があって、その時に心に感ずるところがあったのか。それと、62歳の時の『ポロシリ』(読売文学賞)が、もう一つの転機だと思うんですね。
時田 「一人百姓」になって心境が変わったかな。妻がリウマチで働けんくなった。泣いとるわけにもいかんから、一人細々やってました。
大金 作付け体系を変えた?
時田 ナガイモと豆をなくした。手間がかかるから、小麦とでんぷん芋だけにね。
大金 後に長女のお婿さんが就農4年で亡くなったこともありました。
時田 突然死んじゃうんだもの。後継者ができて良かったなと思っていたら。経営上も大きなダメージでした。
田代 お婿さんが亡くなられたのは本当に残念なことだけど、2人の娘さんが就農されたのは素晴らしい。
大金 両親の後ろ姿を見て。
時田 そうじゃない。爺ちゃん婆ちゃんの姿を見たんだよ、多分。(笑)
喜びも苦しみも 「あるがまま」に
大金 広島県の中山間地域で農業を続けてこられた村上さんはいかがですか。
村上 『野男のうた』を読んで、農業の現場や私の牛飼いのことなどが重なり、家族と自然を相手にする農の喜びが印象的でした。「野男」に共通した血の流れや動悸に共振し、その迫力に圧倒された。家族に寄せる時田さんの温かい思いやりや人間としてのぬくもり、優しさにも胸打たれた。
わが一族にも北海道に入植した先人がいて、開拓時代の苦闘や厳しい自然などにも思いを馳せました。
大金 「動悸」は最近使われている「同期」にも重なりますね。
村上 「百姓」の性(さが)というかね。
百姓であるかやつぱり晴の日のつづけば仕事をさがす筋骨
天気が良ければ外に出て仕事を探したくなる。
ハンマーで額を一撃されし馬こゑあぐるなく床に崩るる
私も、連れて行った牛が屠場(とじょう)で倒れるときに、自分もつられて倒れそうになった。
麦の穂の波のささやき聞きに来よ 〈平和・反戦〉言葉は空し
猩紅の空のなかよりゆつくりと軍靴の音が近づいて来る
これらの歌は、今の時代を感性でしっかりつかんでいる。
田代 私は次のがいいな。
完熟の堆肥のなかで暮らしゐる動脈のごとき蚯蚓(みみず)の家族
時田 その映像が頭の中に残っていて詠みました。「筋骨」ですが、やっぱり農家だから晴れたら働く。晴耕ですね。雨読はしないけど(笑)。体が反応する。晴れた日、仕事がなくても隣がトラクターで仕事していると落ち着かない。「労働中毒」になってる。(笑)
大金 「型を作って型を超える」とよく言われるけど、時田さんの歌の型を作った『北方論』はその後超えられましたかね。
時田 素っ裸になって「あるがまま」を詠う覚悟で上梓し、何年かたって『北方論』を読んだら青臭く感じた。ところが自選集を出すにあたって読み返すと、やっぱり『北方論』にはかなわない。
大金 田代さんは30代後半で日本農業経済学会賞を受賞され、50代前半に『農地政策と地域』で博士号を取られましたよね。田代さんにとっての「北方論」(原点)はそのあたりにあると考えていいんですか。
村上 厳しい視点でいつも鋭い時論を展開しておられるけど、学生運動してた?
田代洋一氏
田代 それは、してましたよ(笑)。東京教育大学で「筑波移転反対闘争」に参加しましたが、それとはあまり関係ないと思う。高校の非常勤講師にプロレタリア文学・新劇論の祖父江昭二先生(和光大名誉教授)が来られ、プロレタリア文学は好きじゃなかったけれど、文学から社会科学への眼を開かされた。それが原点ですね。時田さんが啄木から短歌を始められた年頃です。
大金 調子に乗って強引に、村上さんの「北方論」(原点)も聞いておきたい。(笑)
村上 私は農家の長男で、親父が広島市内で被爆し、原爆症を抱えていたから体が弱かった。就農当時、大学を出て農業をする人はいなかったから完全に反主流(笑)。「村上は批判ばかり言いよる」なんて言われてね。うまい米は取れたが、過疎がいち早く進んだ地域だから危機感を抱き、以降ずっと反主流としての「反逆心」を貫き、とにかく農業や農村を良くしようと突っ張ってきた(笑)。水田農家だったが、私の代に畜産を導入してね。
大金 時田さんのところは、娘さんたちがパートナーを見つけて十勝に戻ってきた。
時田 大学時代に見つけてきた彼氏と面会したら、真面目そうで「農家やってみたい」という感じだったからやってもらった。まだ若かったので経営は任せませんでしたけど。
規模拡大路線の片隅にむなしさ
大金 時田さんが就農されたのは1967年、離農の嵐が吹きまくっていた。「生き残るんだ」という意識はありましたか?
時田 結果的に生き残った。60~70年代の約20年間に十勝の農家は半減し、2万3000戸から1万2000戸近くに減った。うちは何とか生き残れた。本州では離農ってないんでしょ?
村上 広島県では兼業という形でやってきた。だけどもう限界で、空き家が増えるばかり。39歳で農協の組合長になり、「明るい農村」をめざしてきたけど、今の状況は本当に情けない。
時田 十勝はそれなら後継者がいる方です。ただ未婚の男性はいる。
大金 時田さんが「ゴールなき規模拡大競争」時代に詠んだ歌には、離農する仲間たちへの思いがあふれている。
時田 農地には開拓以来の血と汗が染み込んでいるので、「金で買うのは罪かもしれん」という意識はあった。競売の現場も見た。鍋釜までせりにかけ、必要最小限の物だけ持ってトラックで村を出ていく。
村上
生活のにほふ床板へがすとき悲鳴のごとく錆釘が鳴る
という時田さんの歌がある。バールで板をはがす時に、ギーという悲鳴のような音がするんよね。
時田 一緒に農業をやってきた仲間が突然出ていく。明日は我が身。私も借金背負って「払えるんかなあ」と悩んだことがあります。
田代 「錆釘」もすばらしいが、次の2首も切実な感じがして、時代背景が迫ってくる。
共喰いの果てに去りたる奴のためぬかずおくべし切株ひとつ
ピラニアが豚を喰うさまみてゐたりわれらときにはピラニアに似る
村上 私の若い頃は、浅ましいけど、我が家の面積を増やそうと思えば隣がなくなればいい。「あいつはそろそろ」とか、期待するような気持ちが残念ながらどこかにあったんだけど、「そうじゃない」と思うようになった。規模拡大すると経費もかかったり、頭数を増やしても肉が安くなったりで、「ゴールなき規模拡大」を痛切に感じたよね。人間は一人では生きていけないし、地域の仲間とは一生の付き合いなんだ。
大金 村上さんが肥育牛を始めた時も、背景には規模拡大路線があったわけですね。
村上 それはそうですが、何だかんだ言ってもアメリカやオーストラリアなどの規模に比べれば話にならん。
最近、『新しい階級闘争』(東洋経済新報社)という翻訳書が出たのですが、その帯に「『大都市エリート』対『土着の国民』へ」とある。大都市エリートはグローバル化によって潤ったが、土着の国民はグローバル化で虐げられた。土地や地域への愛着がないと、民主主義国家も成り立たない。
大金 いろんな経営形態があっていいけれど、家族で農業をしている人たちの志や暮らしが成り立つ仕組みを作ってもらいたい。田代さんは家族農業についてどう考えますか。
田代 「家族農業論」って今、流行りじゃないですか。国連の「家族農業の10年」もあるが、あれは途上国も含めた話。日本農業には時田さんのような北海道の農業もあれば、村上さんのような中山間地の水田農業もある。水田農業は「いえ―むら農業」だと思うんですよ。私は、集落や「むら」の「協同」で何とか農業と地域を守ろうと頑張っている「集落営農」などにもうちょっと着目したい。
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