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【座談会】時田則雄氏『野男のうた』から探る家族農業の明日 農の感動脈々と(2)2023年4月25日

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【座談会】時田則雄氏『野男のうた』から探る家族農業の明日 農の感動脈々と(1)より続く

【出席者】
時田則雄氏(北海道帯広市在住 農業、歌人)
田代洋一氏(横浜国立大学名誉教授)
村上光雄氏(農協協会会長)
大金義昭氏(司会・進行 文芸アナリスト)

「地域崩壊」防ぐ家族や仲間の絆

大金 ともあれ、家族農業を起点にした多様な仕組みで、狭い国土で食べていけて自給率も上がるような農業・農村のあり方がこの国にはふさわしいんじゃないかと思ってるんですけど。

田代 「株式会社的農業」と対抗して頑張ろうというのは賛成だけど、ただ「家族農業は素晴らしい」という一般的・一面的な議論はあまり好きじゃない。
家族農業としては、時田さんは20歳でお父さんから経営移譲を受ける。その時のお父さんは54歳。若い時に思い切って経営移譲するのがすごい。村上さんの場合にはどうでした?

村上 大学出て22歳。まずは親父の見習いから。田んぼの水が漏るところとかいろいろある。何でこんなところに畔を作ったりするんだろうと思うけど、やっぱりそれなりの理由があるわけよ。それで、親父の言うとおりに黙って2年。

時田 うちの親父は息子が早く跡を継いでくれたらと「チャンス!」とばかりに。

田代 それは北海道的だな。しかしお父さんの決断だったかもしれませんよ。内地だと「死ぬまで世帯主」が多い。所有権を手放さないから口を出す。

時田 婿と一緒になった次女が跡を取って、まあ失敗も多い。だけど一切言わない。任せた限りはね。

村上光雄氏村上光雄氏

村上 家族農業は、私にとって「これくらい楽しいことはない」と思ってる。年寄りは年寄り、子どもは子どもで役割があって、それが楽しかったな。それに「百姓」は大工、左官、石屋から食品加工も、出来ることなら何でも自分でやるから「百の姓」を持つと言われる様々な技の源流に当たる。それを疎かにしてきたツケが、この国のモノ作りを崩壊させてきた遠因のように思えるんだよね。

田代 時田さんの歌集にも、家族や仲間、出面(でめん)さんたちと取り組む農業の楽しさがあふれている。

村上 営農としてはいちばん生き延びていける。時田さんもパートナーが病気になられ、お父さんが亡くなられ、いろんな苦労があるけれど家族で乗り越えてこられた。大なり小なり、我が家も同じです。

時田 やっぱり親子3代、同じ釜の飯を食いながら同じ話を、夢を語り合い、悩みも共有して。家族農業だからこそ地域を守るし、地域の文化を受け継いでいける。それと「安全・安心」です。海外からは農薬まみれの輸入農産物が入ってくるが、十勝の小麦は安全だって何かに書いてあった。うれしいなと思って、地域の自然環境も守っていける。
しかし、農家が減ると、昔はあった慰安旅行や家族ぐるみの運動会、お盆やお祭りといった行事がなくなって、町内会行事は忘年会と葬式の手伝いだけになっちゃった。これ以上人口が減ったら、もう「地域崩壊」です。

田代 ところで、日本の和歌や短歌の主流は挽歌と恋の歌(相聞)ですよ。ところが時田さんにはどこを探しても恋の歌がない。

村上 隠してるんだよ。(笑)

田代 恋は妻や家族への愛に合流している。歌人では珍しいね。山上憶良なんかはそうかもしれないけれど。

時田 きれいな人を見たらきれいだなと思うけど、歌にはならない。うれしいような悲しいような!

大金 「仕事」が「労働」になると苦痛に変わると唱える人がいるけど、時田さんの場合、農作業は「労働」なの、「仕事」なの?

時田 「労働」でなく「仕事」だね。労働者だと思ってないから。いま新規就農する若者たちは「労働」しようとは思っていない感じがしますね。

田代 やっぱり「労」という言葉がちょっと災いしているなあ。もう一つ、農業従事そのものを歌った歌人もほとんどいない。たとえば伊藤佐千夫にしても石川不二子にしても農業を職業にしているが、農業そのものはあまり詠わない。自然のど真ん中で農業することを詠ったのは、まさに「時田の前に時田なく、時田の後に時田なし」だね。

トレーラーに千個の南瓜と妻を積み霧に濡れつつ野をもどりきぬ

などは「農文一体」を唱える時田さんの真骨頂ですよ。現代短歌は多分に内向的で、どこか衰弱している印象が強いけど、「野男」の世界は叙情や生命力にあふれ、実に分かりやすい。

村上 汗水流し、体で作った歌だ。

時田 それはトラクターに乗って仕事をしながら考えてるから。

大金 村上さんも時田さんも浄土真宗で、宗教の話をちょっと。

村上 親鸞聖人が好きで浄土真宗も勉強しよるんだけど奥が深いし、学べば学ぶほど分からなくなる。その中で私がいいなと思うのは、「自力・他力」という考え方です。

時田 『歎異抄』は何度も読んでいるけれども、結局よくわからない。(笑)

村上 時田さんはお祖母さんが亡くなられた時に、

名号を唱へ逝きたる祖母のこゑ終のなみだの透きとほりゐき

それに義理の息子さんが亡くなられた時に、

逝きし息(こ)が鋤きし畑に播きし麦青ふかめつつ冬に真向かふ

という歌を詠ってますね。

時田 「逝きし息(こ)」はテレビで紹介された。婿が死んだ時に、ちょうどテレビ局の取材があって、その時に作った。よく覚えています。

大金 時田さんは若い頃から、いつ死んでもいいというような感じで、入る予定の墓地まで楽しそうに案内いただいた。人間の生死など自然の一部に過ぎないという「生死一如」の感覚があるのかなあ。死に対する恐れは?

時田 ないですね。自然だから。

村上 怖くはない。いずれ死ぬと分かっているわけだから。生きたいとは思うけどね。

田代 私は死よりも、認知症だとかがんだとか、その前の苦しみの方が怖いなあ。時田さんの歌の先輩の、若くして乳がんで逝った中城ふみ子に、

冬の皺寄せゐる海よ今少し生きて己れの無惨を見むか

という歌がある。老いの無惨を詠む「野男」の歌も読者としては読んでみたい。

時田 中城のこの歌は大好きで、私も今こういう心境です。で、ぽっくり逝きたい。

大金 逝くでしょう。(笑)

田代 老いを頑張って生きて、その世界を詠ってほしいと私は言ってるんだけれど、どうも話が違う方向にいっちゃうなあ(一同大笑)。

炎天に咲ける鬼罌粟(げし) 白骨となるまでの距離ふと測りたり

大金 やっぱり50歳で上梓した『夢のつづき』が一つの節目ですかね。

時田 これは短歌結社の大会に出してほめられた歌です。

田代 しつこいけど、時田さんの「無惨の歌」はどうなるんですかね。

時田 いずれ80歳になりますから、「老残」の歌はやっぱり出てくるんじゃないですか。「死ぬまで現役」と考えてるけどそれは無理なんで、いつかは野良に出られなくなる。

「一本の樹」から農的世界を重ね

大金 「老残」という言葉に重ねれば、『野男のうた』が家族農業の鎮魂歌(レクイエム)になってほしくない。

田代 もう一度『北方論』に戻ろうということかなあ。新規就農の人たちや農業をやろうと思っている若者たちへの励ましになるような歌ということか。

村上 そっちへ話を持っていくか。(笑)

時田 この秋、新たな歌集を出す予定なんですが、それでひとまず区切りをつけ、もう1度自分を見つめ直して初心に返り、書き下ろしでも何でもいいから、さらにもう1冊出したいと思っています。

大金 家族農業の価値が詠えたら、大きなエールというか応援歌になる。

田代 時田さんの『陽を翔るトラクター』(角川書店、2016年)に「離農跡地を買いながら激走してきたが、虚しさを感じるのは私だけか」というような言葉が出てくる。それと、『北方論』に、

獣医師のおまへと語る北方論 樹はいつぽんでなければならぬ

という有名な歌があるが、それが『陽を翔る~』では「2、3本で支え合う樹もいいと思うようになった」とある。さらに『夢のつづき』では、

傾いてゐる木 春の木 花咲く木 一生(ひとよ)かたむく木であるもよし

とも詠ってる。真っすぐでなくてもいいし、1本でなくてもいいとね。

大金 すっかり読み込まれちゃってる。

時田 完璧ですねえ。(笑)

村上 「樹いっぽん」には、一人で農業をしていくという意志や覚悟が込められてますか。

時田 この歌ができたのは結婚間もなくです。女房は千葉市の出身で、非農家の出身。千葉に行って房総半島をドライブしたら花が咲いて風景が穏やかで、ここで暮らしていたらどんな歌を作っただろうと思った。北海道に帰ると吹雪で、俺はスゲエところで生まれたなと。家に帰る途中、畑の中に一本の木が、地吹雪を真っ二つに裂いて立っていた。ああそうか。厳しい風土で生きていくには、この木のような構えが必要なんだと、獣医師と語った。だけど私も傾いてきて、3本くらい寄り添っている木もそれはそれでいいなと、今は思います。

村上 いくら年をとっても「一本の樹」でなければ。初めから傾いたり、寄りかかったりするのではいけない(笑)。農協運動を通した私の「持続可能な農的世界」をめざす考えと『野男のうた』とは重なります。農業が全部、株式会社化するわけがない。自然と食、家族ということを考えた時に、集団化や法人化で形態は変わっても家族農業はなくなりません。農協もそのために奮闘してます。

大金 「生(き)いっぽん」の皆さんの話は尽きませんので、このあたりで(笑)。ありがとうございました。

大金 義昭氏大金 義昭氏

【座談会を終えて】
「農業復興元年」と銘打った本紙による異色の座談会。短詩型文学に造詣が深い農業経済学者の田代さんの隠れた一面を発見し、「時田文学」の世界とシンクロナイズする農協運動リーダーの村上さんの真情に触れる貴重な機会となった。国内農業の再生を期して3者に共通する「へこたれない」熱情に惹(ひ)かれ、「70、80働き盛り」の言葉が蘇(よみがえ)った。(大金)

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