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基本法見直し中間まとめ 生源寺眞一氏に聞く 農政の将来方向見えぬ 抜け落ちた過去の検証2023年6月23日

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食料・農業・農村基本法の見直しで、長年、国の農業政策に関わってきた日本農業研究所研究員で前福島大学食農学類長の生源寺眞一氏がインタビューに応じた。基本法検証部会「中間取りまとめ」を、これまでの政策検証が「極めて不十分だ」と指摘。ほぼすべてが食料安全保障との関連で取り上げられたため「農政の将来方向が見えにくい」と分析した。そのうえで、今後の方向に農業者の〈多様な共存〉の重要性を説いた。
(聞き手は農政ジャーナリスト・伊本克宜)

日本農業研究所研究員・生源寺眞一氏日本農業研究所研究員・生源寺眞一氏

――食料・農業・農村政策審議会基本法検証部会による5月末の「中間取りまとめ」をどう評価しますか。採点するとしたら合格点ですか。

基本法見直しの論議に加わっていないので、採点を言う立場にはない。ただ、積み残し、課題も多いとの感想を持つ。表現の繰り返しが多く、読んでみても次の日本農業・農村の姿があまり見てこない。

「食料安保」に偏りすぎ

――基本法見直しの大きな契機に、ウクライナ紛争を引き金とした国際的な食料安保の高まりがあります。

それは分かるが、食料安保でくくりすぎかえって全体の方向がよくわからない。何でも食料安保に結び付けることによる混乱だ。集落の人口が一けたに減ったら問題だとか、フードバンクも食料安保と絡めるなど無理がある。

――1996年のローマ世界食料サミット当時の国連食糧農業機関(FAO)の定義を今回の論議では踏襲しました。

国際的に通じるためにもFAOのフードセキュリティーを取り上げるのは問題ない。ただ、フードセキュリティーを食料安全保障と訳して、それを農政方向の全般に当てはめるのには無理があり疑問だ。

フードセキュリティーいう考え方は、1996年食料サミットで確認され2009年に文言の一部が追加された。定義は「全ての人々に十分で安全で栄養のある食料が物理的、社会的、経済的に入手可能な時に確保される」というものだ。フードセキュリティーは食料安定供給などと幅広く解すべきで、食料安保は大規模災害や国際紛争など不測の事態の備え。つまり食料安全保障はフードセキュリティーの一部、部分集合に他ならない。約30年前の食料サミットでは途上国の飢餓問題が中心的な課題で、食料安定確保のセキュリティーとは反対に「インセキュリティー」、すなわち安全でない、確保されていない課題が地球規模で議論された。

「不測時の食料安保」記述は充実

――食料安保の認識、とらえ方の課題の他、「中間取りまとめ」を読み重要だと思った項目はどこですか。

重要というか、現行基本法に比べ書きぶりが格段に充実したのが、まさに食料安保の問題である「不測時の食料安全保障」の項目だ。2011年3月の東日本大震災を経て不測時の食料安保が大きな課題となり、今回反映されている。私自身、3月まで在籍した福島大学で生産現場での震災の影響、深い爪痕は実感した。

不測時の食料安保では、凶作や輸入途絶といった食料供給の危機に対応するため法律を整備する方向だ。不測時に首相をトップとする政府本部を立ち上げ、農水省に加え関係省庁にも統一的に指示できる体制構築を目指す。法的根拠を明確にし、政府が流通制限や食料の増産指示、緊急輸入、備蓄・民間在庫の供出などの措置ができるようになる。これまでは法令上の根拠がなかった。

――本題の政策論議に入ります。2009年の政権交代時、私は東大農学部長室で生源寺先生に3時間にわたり農政転換の課題を取材しました。テーマは農政の不連続性でした。

政権交代など政治の都合で農政が一貫しないのは、生産現場の大混乱を招く。民主党政権となった2009年当時、これまでの担い手対策や米需給対応などを転換し、戸別所得補償を導入した。これまで米需給調整の在り方で生産調整研究会や担い手育成へ2006年の経営所得安定対策など、農政の制度設計に関わってきたが、主要政策が二転、三転するのはよろしくない。また、農地バンク活用推進など農地流動化では、市町村の現場に任せるのか、都道府県とするのか。今春からは再び現場重視の「地域計画」となった。農政が変わるたびに、特に実務を担当する市町村農政担当者の負担は増え続け、結果的に地域農業振興に支障が出かねない。

農政トレサビリティーが必要

――「中間取りまとめ」は、検証部会の名称とは逆に過去の農政運営の〈検証〉が不十分で、反省があまり書かれていません。

基本法検証部会の最も大切な役割の一つは、四半世紀にわたる現行基本法下でいったい何があったのか、農政運営の課題や政策決定のプロセスを明らかにして次の政策に生かすことだったのではないか。反省のないところに次の展望は描けないはずだ。

「中間取りまとめ」ではそこの部分がすっぽり抜け落ち、それが全体を読んでも、新たな農業・農村の姿が見えないことにつながっている。食品の安全・安心を担保するため追跡調査を含むトレサビリティーの仕組みが確立されているが、農政にも政策トレサビリティーが欠かせない。
いったい誰が何の責任でどう決め、それが農政上にどんな効果あるいは課題、問題点を残したのか。農水官僚にしてみれば先輩官僚の功罪を解き明かす意味で難しいかもしれないが、その点が次の政策を展望するには重要なはずだ。

「所得倍増」の花火総括を

――過去の農政を検証、反省するのは、まさに「パンドラの箱」を開けるようでとても整合性の説明がつかず、農水省は二の足を踏んでいます。

政権は、選挙を念頭に政治スローガン、キャッチフレーズを花火のように打ち上げ、その後うやむやになるケースがこのところ多いような気がする。「農業・農村所得倍増計画」などはまさにそうだろう。それこそ、どんな経過でこうしたキャッチフレーズが出てその後どうなったのか、実現しないのはなぜか。高度経済成長時代をならった「所得倍増」などそもそも無理だったのではないか。農政は、生産現場で実践できなければ意味がない。言葉だけが踊るのではなく、地に足の着いた論議と政策こそが問われる。

――農政トレサ機能不全は、安倍晋三長期政権下の「官邸農政」が典型です。岸田政権では軌道修正されていますが、当時の菅義偉官房長官―奥原正明農水事務次官ラインを軸に具体化し、それに小泉進次郎農林部会長の〈小泉農政劇場〉が加わり、規制改革会議をテコに奇怪で急進的な農政、農協改革が強行されました。

今回の「中間取りまとめ」は政策検証という意味では、旧基本法と現行基本法の違いと反省点、課題は割とまとまっている。一方で2010年代半ばの「官邸農政」は、農水省内部での問題意識が政策変更につながったというよりも、規制改革会議などの外から撃ち込まれた砲弾が破裂して広がった側面があるのだろう。

いったい誰が、何の目的で仕組み、農政にどんな影響を及ぼしたのか明らかにする必要がある。元農水省官房長の荒川隆氏も指摘しているが、当時の一連の農政改革が同省内の一致した方針だったわけではない。その辺の政策検証が今回は抜けていることに大きな疑問を持つ。

審議会の軽視禍根残す

――監査権限問題を突破口に全中の農協法外しなど2015年前後の農政改革は、本来の議論の場であった食料・農業・農村政策審議会の場でも議題になりませんでした。審議会軽視の制度変更の典型は生乳改革で、需給調整が不完全となり今の酪農危機にもつながっています。

審議会軽視は、本来の農政論議である場を失い政治的判断にゆだねることになりかねない。確かに、規制改革の名のもとに一元集荷多元販売の指定生乳生産者団体機能を弱めた生乳改革は課題が多い。欧州など先進国では必需品であり保存が効かない生乳を使った牛乳・乳製品の安定確保のため共販制度構築は常識だ。

――生乳改革は酪農家個人の所得増加などに焦点が当たり、全体の需給安定と経営安定が後景化しました。審議会畜産部会でも議論を意図的に回避し、結果的に現在、指定団体以外の需給調整が問題となっています。

日本酪農は生乳の過不足を繰り返してきた。それは、酪農家が指定団体に結集し自主的需給調整の計画生産と需要拡大で乗り越えてきた歴史だ。不測時の指定団体機能発揮事例として2016年4月の熊本地震を思い出す。指定団体間の広域ネットワーク機能を生かし、生乳処理が適切に行われた。そうでなければ大量の廃棄が発生し、西日本最大級の生乳地帯である熊本の酪農経営に多大の被害が出ていたはずだ。そういった実態を軽視し、規制緩和、自由化ばかりが前面に出た。

――農地集積も大きな課題に直面しています。農地中間管理機構、いわゆる農地バンクの集積も足踏み状態です。水田農業の構造変化が関連していますね。

農地環境は様変わり

水田農業をどうするかは日本農業そのものの課題だ。水田農業の構造変化を直視して、農政対応に生かさなければならない。農地は、かつての安定兼業による貸し手市場から転換し、現在は高齢化の進展で借り手市場に様変わりしている。農地がどんどん出てきて、地域の担い手が受けきれない状況も出ている。この傾向は今後さらに強まるだろう。こうした中で、農地バンクにあれだけ多額の予算を組む必要があるのか。

2020年基本計画で、中小・家族経営の生産基盤強化をうたったのはこうした小規模水田農業地帯の農地市場の変化も背景にある。小規模農業の存在が担い手の成長を阻むという構図は過去のものになりつつあると認識すべきだ。

――新規就農の動向にも注目していますね。

新規就農者の動きは今後の地域農業の在り方を左右する。2020年の新規就農者は5万3740人だが、そのうち60歳以上は52%、2万8000人余もいる。政府は若い新規就農ばかりを強調するが、実際の動向をどう見るかは政策立案の判断にも生かせるはずだ。つまりは定年など一定の年齢を過ぎ地元で農業をしようとする動きが強まっているということだ。これらの層の大半は規模拡大に結び付かないかもしれないが、担い手の規模拡大を阻害するわけではない。

多様な農業に光明

――定年帰農などを肯定的にとらえ地域振興に生かすといことですね。奥原元事務次官は現行基本法21、22条の「担い手条項」が農政の核心であると強調しています。

現行基本法は担い手育成も唱えるが、農業の多面的機能なども掲げていることが重要だ。全体のバランスで農政は成り立つ。担い手特化の政策遂行を掲げたわけではない。今回の検証部会や自民党提言でも「多様な農業人材」を位置付けたのはその表れだろう。大規模担い手が農政の柱であるのは変わりない。だが情勢変化を直視すべきだ。

新規就農の半分以上を占める60歳以上も支援しながら、いろいろなタイプの農業者が共存する姿、それこそが基本法見直しを経た新たな日本農業・農村の明かり、道かもしれない。次の時代の指針ともなるかもしれない。

――今回の「中間取りまとめ」では、環境問題の関心は高いですが、政府が進める「みどり戦略」との関係性がよく分かりません。

年次を切っての環境調和型農業の加速は避けられない課題である。だが、「中間取りまとめ」では「みどり戦略」との整合性はよく分からない。「農政グリーン化」と言いながら、「みどり戦略」の語句は限られている。農業分野と環境分野を分けて議論したためかもしれない。ただ、今後の農政方向と「みどり戦略」を含む環境調和型農業推進は不可分で議論するテーマだろう。

教科書通りでは大混乱に

――検証部会では様々な立場の委員がいて米生産調整廃止、企業農業参入の全国展開など極端な意見も散見されました。

米生産調整は半世紀以上の歴史を持つ。さまざまな試行錯誤を繰り返し今日に至っている。例えば石破茂農相の時は「頭の体操」として減反を選択制にした場合は米価がどうなるかなどの試算もあった。生産調整を国家的価格カルテルだとし廃止を主張する意見や、生産調整撤廃で米価を下げ輸出競争力を実現するなど、さまざまな意見も承知している。

しかし、これらはいわば経済学の教科書通りということだ。農政は実際の生産現場の実態を踏まえながら慎重に組み立てなければならない。制度変更で大事なのはソフトランディング、軟着陸だ。単に教科書通りにすれば大混乱に陥りかえって農業発展を妨げる。農地リースで認めている企業参入なども地元への定着率などをきちっと把握しながら課題をクリアする必要がある。担い手不足を補うため企業参入で農地を効率的に営農できるかは、土地条件などで全く異なる。今必要なことは「多様な農業者」で地域農業を盛り上げていくことだ。

水田農業がカギ握る

――今後の農政の大きな課題として水田農業をどうするのか、ウクライナ紛争でも露わになった飼料自給率問題があります。

米をどうするのか。品目別自給率を踏まえながら水田農業で何をどう作るか。それと水田利活用と絡めながら極端に低い飼料自給率を高め、国産飼料をどう確保していくのか。

やはり水田農業がカギを握る。飼料用米はプロダクトアウトの発想だろう。米が余っているからそれをどう処理するのかといったことだ。畜産酪農分野からすれば子実用トウモロコシなどにニーズがある。水はけなど土壌条件も大切だ。水田農業を生かしながらマーケットインで、飼料自給を高めていく手法を確立しなければならない。

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