【クローズアップ】待ったなしか 福島第一原発汚染水の海洋放出 漁連など一貫反対で議論膠着2023年7月21日
「海水浴シーズンが終わる8月15日過ぎに、東京電力福島第一原発汚染水の海洋放出が始まるのではないか」。現地の漁民たちは不安の声を上げている。海洋放出を巡っては、7月4日に国際原子力機関(IAEA)が安全性を確認する包括報告書を公表し、7日には原子力規制委員会が放出設備の使用前検査の終了証を東電に交付した。国は「夏ごろまでに放出」という方針を変えておらず、カウントダウンが始まっている。
東電福島第一原発の事故から12年余。現在でも国による原子力緊急事態宣言は発令されたままだ。また、放射線量が高いため、7つの市町村に帰還困難区域が設定されており、数万の人々が原発事故でふるさとを奪われ、苦難を強いられながら避難を続けている。
本稿では、問題の発端である何故汚染水が発生したのか、国及び東電の方針、現状はどうなのか、現地の声や専門家の意見などを整理して見ていく。なお、東電が海洋放出しようとしている放射性物質で汚染された水について、国と東電は、多核種除去設備(ALPS)で処理したので「処理水」と呼んでいるが、ALPSを使ってもトリチウムなどは除去されないので、ここでは「汚染水」という表現を使用する。(客員編集委員 先﨑千尋)
何故汚染水が発生したのか
中間貯蔵施設と東電福島第一原発(後方右側が事故を起こした原発群)
福島第一原発は、太平洋に面した福島県大熊町と双葉町との境にある。原発が建てられた場所は、かつては標高30~40mの大地の一部だった。原発は大量の冷却水を必要とするため、日本では取水の利便性を考えて、海に近く標高の低いところに作られている。同原発でも、大地を削り、海岸を埋め立て、標高8・5mの原発敷地と標高2・5mの埋立地盤が造成された。
原発敷地は地下水が豊富で、台地を削ったため、建設当初から地下水が大量に建屋内に流れ込んでいた。東電は「サブドレン」と呼ぶ井戸を掘り、一日に700立法メートルもの地下水を汲み上げ、海に放出していた。こうしないと原発の運転ができなかったのだ。
原発事故で原子炉の中にあった核燃料は溶け落ちてしまった。それらは燃料デブリと呼ばれ、原子炉の底にたまったままだ。原子炉を覆う建屋は地震と原発事故によって壊れ、そこから地下水や雨水が流れ込んでくる。その水が燃料デブリに触れると放射性物質が溶け込み、汚染水となる。汚染水にはセシウム134、トリチウムなどの放射性物質が含まれている。
取り除く、近づけない、漏らさないという方針
2013年に汚染水が港湾内に流れ込んでいることが発覚し、漁民の不安が高まり、社会問題になった。このために国が前面に出て、必要な対策を実行していく方針を打ち出し、「汚染源を取り除く」、「汚染源に水を近づけない」、「汚染水を漏らさない」という基本方針を示した。
汚染水から放射性物質を取り除くためにALPSが導入された。しかし、この設備では、水と性質が似ているトリチウムやストロンチウム90、炭素14などは除去できないことが分かった。
「近づけない」対策として、345億円を投じて、陸側に凍結させた土の壁(凍土壁)を作った。しかし凍結開始からトラブル続きで、効果は不十分だった。減ったというものの、汚染水の発生は今なお一日約90立法メートルに達し、現在は約133万立法メートルを発電所構内で貯留している(東電発表)。
国と東電の汚染水処理方針は
国は2021年4月にALPS処理水を海洋放出する方針を決定し、同年8月に東電は海底トンネルを通じて沖合約1キロに放出する計画を発表した。同月に、福島県と大熊町、双葉町から事前了解を取り付け、昨年8月から、処理水希釈・放出設備工事に着手した。経費は約440億円。工事は今年の6月に完了し、原子力規制委員会が使用前検査を行った。
放出水は、トリチウム以外の濃度の総和が一ミリシーベルト未満になるよう希釈し、トリチウムが国の基準の40分の1未満になるまで希釈する。一日当たりの総量は最大で500トン。放出期間は30年が予定されている。
IAEAは、日本政府からの依頼を受け、欧米や韓国などの専門家らで調査団を結成し、約2年にわたり、東電や経済産業省、原子力規制委員会への聞き取りや現地視察などを経て報告書をまとめた。そして7月4日にグロッシー事務局長が岸田文雄首相に手渡した。
報告書の骨子は、①処理水の海洋放出計画は、国際的な安全基準に適合し、人や環境への影響は無視できる、②東電は、処理水の放出にあたり放射性物質の濃度を正確に測る能力がある、③原子力規制委員会は、独立した規制機関として適正な規制をしている、など。
報告書には「処理水の放出は、日本政府による決定であり、報告書はその方針を推奨するものでも支持するものでもない」とも書いてある。
岸田首相はIAEAの報告書を受け取り、原子力規制委員会が放出設備の検査適合を示す終了証を東電に交付したことを受け、安全性の確保や風評対策について国内外に丁寧に説明するとしながらも、放出の開始時期を夏ごろとする方針を変えていない。
「関係者の理解なしに処分しない」約束 漁連は一貫反対
国と東電は2015年に福島県漁業協同組合連合会(漁連)と「関係者の理解なしには如何なる処分も行わない」と文書を取り交わした。これまで、国と東電は「約束は順守する」としているものの、着々と海洋放出の準備を進めてきた。この動きに対して、同漁連や漁連の全国組織である全漁連、隣接する茨城や宮城県の漁連も一貫して反対の意志を表明し続けてきている。
西村康稔経済産業相は6月と7月に福島県漁連などを訪れ、放出への理解を求めたが、同漁連の野崎哲会長は「反対の立ち位置は変わらない」と従来の姿勢を崩さず、議論は膠着状態のままだ。
「汚染水を海に流すな」をアピールした小名浜集会
7月17日にいわき市小名浜で開かれた海洋放出に反対する集会で、小名浜機船底曳網漁協専務理事の柳内孝之さんは、「事故後、福島の漁業は操業自粛せざるを得なかったが、わずかずつでも流通させなければ福島の漁業は終わってしまう。翌年から試験操業を始め、水揚げ量が事故前の2割にまで戻ってきた。漁業者の復興の妨げになる処分の仕方を再検討してほしい」と訴えていた。
福島第一原発に最も近い相馬双葉漁業協同組合(相双漁協)も、18日に国・東電との意見交換会を開いた。同漁協の今野智光組合長は、「若い後継者や女性組合員も増えており、期待を持って漁業に就労した人にダメージを与えないでほしい。放出には断固反対だ」と挨拶。参加した組合員や女性部員からは、風評被害への懸念や漁業継続への不安の声が相次いで出された。
海洋放出による風評被害も問題だが、関係者の話を聞いていると、30年にわたる放出により廃業する人が増え、福島の漁業が壊滅状態になることを懸念する声が強いと感じられた。影響を受けるのは、流通加工業者、販売業者など幅広い分野に及ぶ。
7月11日、「復興と廃炉の両立とALPS処理水問題を考える福島円卓会議」が福島市で開かれた。この席で福島県農協中央会の菅野孝志最高顧問は、「政府と東電は決まった方針を説明するだけで、国民と一緒に課題に向き合う姿勢が足りない。決めるのは国、決められるのは国民という構図では、理解促進はできない」と述べた。二本松市東和地区の菅野正寿さん(農業)も「海洋放出は科学的知見だけでは決められない。市民や普通に暮らす漁業者、農民の声が全く反映されていないのが問題だ」と指摘した。
私も14日に福島県富岡町の東電廃炉資料館で東電の担当者と意見交換したが、「約束を守るという方針に変わりはない。関係者に丁寧な説明を尽くしていきたい」と放出時期には触れなかった。
文書の取り交わしから8年経つ。国も東電も、タンクが満杯になるまでには関係者の理解は得られるだろうと楽観的に考えていたようだが、そうはならずにそのツケが今になって回ってきた。
同じことは、県内の汚染土を原発周辺の大熊町、双葉町の中間貯蔵施設にためていることでも言えそうだ。私は7月15日に脱原発首長会議のメンバーとその施設を見学したが、30年後までに東京ドーム11杯分の汚染土を福島県外に運び出すという法律が順守されるとは思えなかった。
「これから汚染土を堆積する中間貯蔵施設」
海の生き物への影響「誰にも分らない」
東電と脱原発をめざす首長会議との会見
福島県や周辺の県知事、市町村長は、関係者の理解を得るために説明と情報発信を続けてほしいという表明が多いが、海洋放出に反対する意見を公表した人はいない。村井嘉浩宮城県知事が5月に西村経産大臣に、「海洋放出は漁業への風評被害が心配されるので、それ以外の処分方法を検討するよう」要請したのが目立つくらいだ。それに対して同県内の多くの市町村議会は、放出反対の決議をしている。
東京大学名誉教授の鈴木譲さん(魚類免疫学・遺伝育種学)は小名浜での反対集会で、「薄めたトリチウムでも、海に流し続けたら海の生き物にどのような影響が出るのかは誰にも分からない。海洋放出により真っ先に影響を受けるのは海の生き物だ。とんでもないことが起こり得る」と警鐘を鳴らした。
いわき市で「日々の新聞」を出している安竜昌弘さんと大越章子さんは、これまでの事故後の周辺の動きを顧みながら、「漁民にとって魚を獲ることは生きがい。お金だけで生きているわけではない。責任が一番大きいのは、市民の無知、無関心だ。海洋放出を止めるには差止めの仮処分を裁判所に出すことで可能」と語ってくれた。
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