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漁業者らの声を無視して見切り発車 福島第一原発の汚染水問題 24日にも放流開始2023年8月22日

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東京電力福島第一原発の汚染水を多核種除去設備(ALPS=アルプス)で処理した後の水の海洋放出を巡り、22日午前に政府の関係閣僚会議が開かれ、気象条件に支障が無ければ、計画通り放流されることが決まった。これで、漁業者との間に結んだ「関係者の理解なしには、いかなる処分もしない」という約束は反故にされ、放出は見切り発車で始まる見込みだ。(客員編集委員 先﨑千尋)

中間貯蔵施設と東電福島第一原発(後方右側が事故を起こした原発群)

中間貯蔵施設と東電福島第一原発(後方右側が事故を起こした原発群)

岸田文雄首相は21日午後、全国漁業協同組合連合会(全漁連)の坂本雅信会長や被災を受けた福島、宮城、茨城などの県漁連代表者と首相官邸で面会し、風評被害や漁業者支援などの対策実施に全責任を持つとして理解を求めたが、全漁連側は「反対の姿勢は変わらない」と突っぱねた。政府の方針が決定すれば、漁業者や福島県民らの批判、反発は強まりそうだ。

面会で首相は「漁業者が安心してなりわいを継続できるよう、必要な対策を取り続けることを、たとえ数十年にわたろうとも、全責任をもって対応する」と述べ、安全性の確保や風評対策に万全を期す考えを強調した。政府は既に水産物の販路拡大、一時保管や買い取りといった風評被害対策で300億円、漁業継続資金で500億円の基金を設ける考えを示している。

それに対して坂本会長は「処理水の海洋放出に反対であるという意志はいささかも変わらない」と答え、IAEAの報告書に関しては、「科学的な安全性の理解は漁業者の間でも深まってきたが、科学的な安全と社会的な安心は異なる」と懸念を表明した。

坂本会長は面会後、記者団に対して「政府、東電との約束は破られてはいないが、果たされてもいない。一旦(アルプス処理水が)放流されれば、風評被害が必ず起きる。漁業者にとっては決して安心できるものではない。子々孫々まで継続して漁業ができることだけが望みであり、最大の誇りだ。日程についての話は首相からはなかった。中国などへの水産物の輸出が減っていることについては、国がしっかりした対応をするようにと話した」と語った。

面会に同席した西村康稔経済産業大臣は面会後の記者会見で、これまでの地元自治体や漁連との意見交換、坂本会長らとの会談を踏まえ、「関係者の一定の理解を得たと判断した」と述べ、22日に関係閣僚会議を開き、放出日程を正式決定することを明らかにした。

これより先の20日、岸田首相は福島県を訪れ、福島第一原発敷地内にあるアルプス処理水関連施設を視察し、安全対策の説明を受けた。さらに、東電の小早川智明社長らと会い、安全性の確保と風評対策に緊張感を持って全力を挙げるよう求めた。しかし、この視察では地元漁業者らの声を聞かずに帰京したので、地元の漁業者らからは「視察は意味があるのか。地元の漁業者に説明すべきではないか。単なるパフォーマンスでしかない」と批判の声が上がっている。

アルプス処理水の海洋放出を巡り、内堀雅雄福島県知事は21日の定例記者会見で「(政府が定めた)基本方針や行動計画で示した取り組みをさらに徹底し、最後まで責任をもって対応することが重要だ」と述べた。

福島円卓会議が緊急アピール

アルプス処理水の処分方法をはじめとする(福島第一原発)廃炉の進め方に県民の意見を反映させようと、先月11日に発足した「復興と廃炉の両立とアルプス処理水問題を考える福島円卓会議(福島円卓会議)」は21日に第3回の会議を福島市で開き、呼びかけ人が起草した案文を検討し、5項目の緊急アピールをまとめ、経産省や東電、福島県に送った。その内容、骨子は次の通り。

① 今夏の海洋放出は凍結すべきである。
2015年の「関係者の理解なしにはいかなる放出もせず、処理した水はタンクに貯留する」という約束を遵守するために凍結し、これまで最も被害を受けてきた浜通り自治体の住民、漁業・水産関係者の意見を重視しながら、県民・国民の議論を進めていく必要がある。影響を受ける人々が参加すべき議論のプロセスを省略して放出を強行することは認められない。

② 地元の漁業振興のこれ以上の阻害は許容できない。
スケジュール先行の海洋放出の説明会が政府によって繰り返されている現況は、対話と相互理解に向けた姿勢を欠いており、漁業者を孤立させ、漁業振興に向かう重要な事業を阻害しており、強く懸念される。

③ 今優先して取り組むべきなのは地下水・汚染水の根本対策である。
福島県民から見て「待ったなし」なのは、原発の地下水流入・汚染水削減の抜本的対策。汚染水対策が前進しなければ、処理水が増え続けるのを止められないばかりか、原発港湾内の放射性物質濃度の高止まりや上昇につながる。海洋放出の必要性の有無以前に、緊急に取り組まなければならない。

④ 海洋放出は具体的な運用計画がまだなく、必要な規制への対応の姿勢も欠けている。
東電の海洋放出案に関して、具体的な運用計画がない。それには、対象となるタンク、希釈水、放出量の詳細が含まれなければならない。この計画は未提出であり、今年度の放出開始は不可能であり、改めて地元と協議すべき。

⑤ 今後、県民、国民、専門家が参加して議論する場が必要である。

国、東電は何故謝らないのか

この緊急アピールの作成に関わった菅野孝志前福島県農協中央会長は、「国は海洋放出に向けての環境づくりを用意周到に進めてきた。自分たちのスケジュールで我々に一方的な理解を求めようとしてきた。多くの国民もそうするしかないと思ってしまう。トリチウム水は中国などでも海洋放出していると報道されているが、原発で事故が起きたかどうかが問題だ。福島の事故水にはトリチウムだけでなく、62種類の核種が入っている。今回のアピールには、海は福島の漁民のものだけではなく、県民、国民さらに人類の宝物だということを知って欲しいという意味が込められている」、と話した。

同じく、二本松市で有機農業に取り組みながら地域づくりにも関わっている菅野正寿さんは、「岸田首相は『聞く力』と言いながら、地元の漁民と対話もしてこなかった。理解どころではなく、逆に国や首相への不信感が強まった。関係者の理解が進んでいるとは思わない。世論調査では、放出を巡り、政府の説明は不十分という人が八割を超えている。風評被害や実害について『どうせカネ目でしょ』と言われるのはとんでもない話だ。マスコミの報道姿勢にも問題がある」と怒りを露わにする。

日本原子力発電(株)の元理事・北村俊郎さんは、福島第一原発の事故前は大熊町に住んでいたが、現在は須賀川市に避難している。最新のブログにこう書いている。

「(岸田首相は)かつて国・東電が漁業組合と約束したことには触れず、国・東電の計画に理解を深めてもらうことで放流を決定しようとしている。岸田首相は議論を避け、時間切れで議論を終了したとする手法をここでも使おうとしている。しかし、今回は漁連との文書の約束があるのだ。放流すれば約束破りになることを平気でやろうとしている。いくら首相だといっても許されないことだ。国・東電はまず、『紙で約束したことが守られなくなった。当時のこちらの考えが甘かった』と詫びをいれ、改めて『現実的対応として処理水を放流したい』と申し入れるべきだ。それで放流が遅れても仕方がない。レールから脱線したまま列車を走らせてはいけない。ここは一旦停止し、車両をレールに戻してから発車すべきだ。処理水を放流したいがために、世の中が乱れるもとを作ってはならない」。

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