【米国農業と2024大統領選】農家とトランプ 4つの視点で読み解く「深い関係」 農業ジャーナリスト 山田優氏2024年6月18日
今年の米国大統領選挙でトランプ氏の再登場はあるのか。米国では農家の強い支持があるという。その背景を農業ジャーナリストの山田優氏が解説する。
大規模な綿花農家で収穫作業が進む(2020年テキサス州で、米農務省提供)
なぜ、トランプに?
米国農家に対する異次元の補助金で農家の歓心を買ったドナルド・トランプ氏。都会のエリートに虐げられている労働者や農家を救うという構図を武器に、11月の米大統領選挙で再び共和党から出馬し勝利を狙う。なぜ、農家がトランプになびくのか。4つの視点から考えてみる。
実利 農業予算が激減
金の切れ目が縁の切れ目か。まずは次のグラフを見てほしい。米国の農家が主に農務省から受け取る補助金額を示したグラフだ。2017年1月に船出したトランプ政権の間に補助金額は急増。ピークの20年には500億ドル(現在の為替水準で約8兆円)まで膨らんだ。ジョー・バイデン政権が始まった21年からは金額は急速にしぼんでいる。今年2月の農務省の予測で24年はピーク時の4分の1まで落ち込む見通しだ。
トランプ政権下で補助金が増えたのは、就任直後に引き起こした中国との貿易戦争で、中国向け大豆輸出が滞り、その補てんを迫られたことが第一。さらに新型コロナウイルス(COVID19)の世界的流行による混乱で農家支援策が拡大したことが理由だ。
バイデン政権に代わるころにCOVID19の混乱が収まり、トウモロコシなどの価格が上昇し、補助金は減った。農産物価格の高騰で米国の農家経営は過去最高水準の好況が続くが、トランプ時代の潤沢な補助金を削ったのはバイデン政権と映るのかもしれない。
米農務省予算の大半を占める貧困層に対する栄養補助政策をめぐり、「もっと農業予算金に回せ」という声がトランプ氏が属する共和党側から強く出ている。都市を地盤とする民主党バイデン政権は、栄養補助の予算削減に激しく抵抗している。農家にはバイデン氏が農業軽視に見えるのだろう。
地盤 もともと共和党が強い
「飛行機の前に座る人たちが共和党。後ろは民主党だよ」。以前、米国の友人から政党支持を見分ける方法を教えてもらった。もちろんジョークだが、一面の真理があるように思う。前にあるファーストクラス座席に座る人は金持ちが多く、共和党支持の可能性が高い。飛行機の最先端にいるパイロットも共和党支持が多く、後ろで飲み物を配るフライトアテンダントは民主党支持が多い。
伝統的に経済の勝ち組は、減税や生活保護の削減などを主張する共和党に投票する傾向がある。主要な農業団体は表立っては政治的中立を掲げながらも、伝統的に共和党支持の傾向が強い。
米国の大きな農家は数百ヘクタール以上の耕地を経営する企業経営者であることが多い。大規模な野菜、果樹農家、酪農家の多くは、移民など大勢の雇用労働者を抱えている。貧困層や労働組合、海外からの移民、非白人に寛容な民主党には反感を抱く。
19年に訪ねたテキサス州の和牛農家Kさんも、トランプ信者を自任していた。
「トランプ減税で数万ドルが手元に残った。彼は相続税も反対している。(資産を持つ)農家であれば彼を支持するのは当然だ」。
自宅近くのレストランで夫人と一緒にトランプの優れた点を並べ立てた。筆者が「トランプはナルシストで嘘つきだと日本では思われている」と語ると座は白け、会話が打ち切られた。
右傾 反グローバリゼーション
今年6月上旬に欧州連合(27カ国)の加盟国で実施された欧州議会選挙で、極右政党やナショナリスト政党が議席を大きく伸ばした。中道右派政党も議席数増で、欧州政治の右傾化がはっきりとした。強まる環境規制に反発する農家も政治の右旋回の原動力になった。トランプ氏が唱えてきた「米国を再び偉大に(MAGA)」の主張が欧州に飛び火したかのようだ。
米国内でも反移民、白人重視が根底に流れるMAGAの風潮は農家を含めた社会に広がる。イスラエルによるガザに対する異常な猛攻撃に反対する学生デモなどが各地で生まれているものの、米国内で大きなうねりには至っていない。MAGAという意味不明なスローガンの前に、リベラル勢力の旗色が悪くなっている。
米国では一部の巨大な農家を除いて、貿易自由化=グローバリゼーションがもたらす悪影響が農家にじわりと浸透している。第2次大戦後は農業大国として世界のパンかごであることを自負してきたが、大豆輸出でブラジル、小麦でロシアに首位を奪われた。一方で青果物やワインなどの輸入が増加し、23、24会計年度の農業貿易は輸入超過に陥った。米国の農家の多くが支持してきた規制緩和と自由貿易が、今度は自分たちに牙をむく。トランプ氏は、こうした農家の不満を巧みにすくい取り、わかりやすく「外国が悪い」と叫ぶことで支持を増やしている。
分断 米社会を引き裂く
農業界でトランプ氏を表立って批判しにくい空気が漂っているのだろうか。18年に米農業雑誌の編集に携わるジャーナリスト10人にインタビューをしたことがある。彼らが見るところの農家のトランプ支持率をあげてもらった。平均で6割余り。予想したよりも低い数字だったが、さらに話を聞くとトランプ熱の高さが伝わってきた。
米大手農業雑誌の編集長マイク・ウイルソン氏(役職は当時、以下同じ)が語る。
「コラムでちょっとだけトランプのことを批判したら、読者からすごい反発の声が寄せられた。35年の私のジャーナリスト生活でこんな反響は初めてだった。農家は既存の政治家と違って予測できないワイルドな彼に夢中だ」
米南部のアーカンソー州で、米農家にコンバインに同乗しながら話を聞いたことがある。上機嫌で酒米の「百万石」を収穫しながら全米で広がる清酒造りの説明をした。ところが、トランプ大統領の再選に話題を振ると、とたんに口が重くなった。
「あんまりその話はしたくないんだ」
聞けばトランプ氏の評価をめぐり家族内でも意見が分かれ、地元の友だちとの関係が悪化したそうだ。
最初の2016年の大統領選挙は、同州元知事夫人で国務長官を務めたヒラリー・クリントン候補(民主党)が農業軽視の姿勢だったため、農家のほとんどがトランプ支持に流れた。
ところがトランプ政権下で中国向け大豆の輸出が大きく減り、自身のスキャンダルも噴出。大っぴらに政治を語りにくい雰囲気が出てきたという。
「農家が全部トランプ支持ではないことはわかってほしい」と語った。
政治をめぐる米社会の分断は、農村部にも広く広がっていることを感じた。
重要な記事
最新の記事
-
シンとんぼ(123) -改正食料・農業・農村基本法(9)-2024年12月21日
-
みどり戦略対策に向けたIPM防除の実践 (40) 【防除学習帖】第279回2024年12月21日
-
農薬の正しい使い方(13)【今さら聞けない営農情報】第279回2024年12月21日
-
【2024年を振り返る】揺れた国の基 食と農を憂う(2)あってはならぬ 米騒動 JA松本ハイランド組合長 田中均氏2024年12月20日
-
【2025年本紙新年号】石破総理インタビュー 元日に掲載 「どうする? この国の進路」2024年12月20日
-
24年産米 11月相対取引価格 60kg2万3961円 前年同月比+57%2024年12月20日
-
鳥インフルエンザ 鹿児島県で今シーズン国内15例目2024年12月20日
-
【浜矩子が斬る! 日本経済】「稼ぐ力」の本当の意味 「もうける」は後の方2024年12月20日
-
(415)年齢差の認識【三石誠司・グローバルとローカル:世界は今】2024年12月20日
-
11月の消費者物価指数 生鮮食品の高騰続く2024年12月20日
-
鳥インフル 英サフォーク州からの生きた家きん、家きん肉等 輸入を一時停止 農水省2024年12月20日
-
カレーパン販売個数でギネス世界記録に挑戦 協同組合ネット北海道2024年12月20日
-
【農協時論】農協の責務―組合員の声拾う事業運営をぜひ 元JA富里市常務理事 仲野隆三氏2024年12月20日
-
農林中金がバローホールディングスとポジティブ・インパクト・ファイナンスの契約締結2024年12月20日
-
「全農みんなの子ども料理教室」目黒区で開催 JA全農2024年12月20日
-
国際協同組合年目前 生協コラボInstagramキャンペーン開始 パルシステム神奈川2024年12月20日
-
「防災・災害に関する全国都道府県別意識調査2024」こくみん共済 coop〈全労済〉2024年12月20日
-
もったいないから生まれた「本鶏だし」発売から7か月で販売数2万8000パック突破 エスビー食品2024年12月20日
-
800m離れた場所の温度がわかる 中継機能搭載「ワイヤレス温度計」発売 シンワ測定2024年12月20日
-
「キユーピーパスタソース総選挙」1位は「あえるパスタソース たらこ」2024年12月20日