【イギリス総選挙 農業マニフェストを読む】政党の政策に反映される農民団体のマニフェスト 駒澤大学名誉教授 溝手芳計氏2024年7月2日
7月4日投票のイギリス国会選挙で、農業・食料政策が重要な争点のひとつとなっている。欧米の農業事情に詳しい駒澤大学名誉教授の溝手芳計氏に寄稿してもらった。
農業・食料政策が重要争点のひとつに
2020年の欧州連合(EU)からの離脱を経て、それまでのEU共通農業政策に代わる独自の農業・食料政策構築に向けて農政改革が進んでいる。それは、2027年までに、経営農地面積に応じて農家に所得補償する「基本支払い」(BPS)を縮小、廃止し、環境保護や動物福祉といった「公益」への貢献に対して報酬を提供する「環境土地管理制度」に切り替えるものであるが、農民にとっては、環境に優しい農業経営への切り替えがうまくいくかどうか、新しい方法で生産した農産物の市場が十分確保できるかどうか、転換コストを価格に転嫁できるかどうかなど、大きな試練となる。
新しい制度の設計はもとより、移行プロセスの配慮が不十分なところに、ウクライナ戦争に伴う資材価格の急騰や最近のひどい長雨被害(2024年度の食料自給率が8%前後落ち込むという予測があるほど)が加わり、本年2-3月には農民の未曾有の抗議活動が起こった。消費者にとっても、大幅な食品価格高騰や生鮮品等の入手難が起こり、食料問題への関心が高まっている。ある調査によると、回答者の66%が「食料と農業に関する長期計画への取り組みが、次回の選挙で誰に投票するかを決める重要な要素になる」と答えている。
以下では、主要政党の選挙マニフェストの農業・食料政策部分を紹介し、あわせてそこに農民団体のマニフェストが強く影響していることを示す。
英国の主要政党としては、現与党の保守党、野党第1党の労働党、同第2党の自由民主党、どう第3頭の緑の党があるが、ここでは、政策体系がわかりやすく説明されている保守党と自由民主党(野党第2党)を取り上げる。
保守党の農業マニフェスト――食料安全保障強化と輸出を支援
保守党のマニフェストの特徴は、環境土地管理制度への切り替え方針を堅持しつつも、食料安全保障強化に向けて農業予算の増額を図り、あわせて農産物輸出も支援しようとしていることである。
・農業予算については、現在連合王国(UK)全体で現在の36億ポンドから10億ポンドを増額するとともに予算枠をインフレスライド対応させる。増額分は、食料増産向け補助金に充てる。
・毎年、UK食料安全保障指数指数を作成するとともに、法的拘束力をもつ食料安全保障目標を定め実行する。
・[学校や福祉施設の給食など]自治体の食料関連支出の50%以上を、地元産または一定以上の環境基準に従って生産された食品に充てる。
・新たな貿易協定交渉に際しては、農民の利益を優先する。海外大使館に農産食品・飲料担当官を配置、増員して、食品・飲料輸出市場開拓を支援する。
・[農業労働力確保難については、]①[作業の]自動化に向けた投資を支援するとともに、②農業・食品関連のキャリア・スキルの増進を図り、③5年計画の段階的なビザ発行削減制度を通じて[移民]季節労働力への依存から脱却する。
・肥料関連や垂直農業など最先端技術を中心に、研究開発投資を進める。
・温室やスラリー貯留施設等の農場インフラの建設許可迅速化を図るためにプランニング制度を改革する。
駒澤大学名誉教授
溝手芳計氏
自由民主党のマニフェスト――環境保全型農業に対応する市場環境づくりを重視
自由民主党は、「農家を擁護し、誰もが手頃な価格で、高い[動物]福祉基準と環境基準に従って生産された健康的で栄養価の高い食料を入手できるようにする」として、以下の5点を政策の柱に掲げる。
1.食料安全保障確保と食料価格高騰に対処するために、総合的・包括的な国家食料戦略を導入する。
2.環境土地管理制度の導入を加速し、自然に優しい農業を支援するために年間10億ポンドの追加予算を投入する。
3.食料生産に関する健康、環境、動物福祉の高い基準を守り、将来の貿易協定はすべてこれらを充足させ、国内業者が不利にならないようにする。
4.包括的な獣医・植物衛生協定の交渉により、最小限の検査で近隣諸国との農産物・食料貿易ができるようにする。
5.自然の再生や洪水防止、種の回復や炭素貯留を促進する土地管理を行なう農家を支援する。
具体的な施策として目につくものを挙げてみよう。
・環境土地管理制度への加入を条件とする、自然再生、植林、野生生物保護などの「公共資金は公共財へ」プログラムを導入する。
・良好な営農慣行への移行が確実に進められるように、資金提供オプションの追加を検討する。
・新しい環境農業支払い制度への移行について助言するアドバイスサービスに資金援助する。
・環境に有害な人工肥料や農薬の使用削減を奨励する。
・公共調達政策を活用して、持続可能性の高い基準によって生産される地元産食品の消費を支援する。
・[施行中の]オーストラリアやニュージーランドとの貿易協定について、国内の健康、環境、動物福祉の基準遵守強制を目標に再交渉し、達成できなければ廃棄する。
・すべての輸入食品の健康・福祉の英国基準遵守に向けて、検査体制を整備する。英国で生産が認められないフォアグラや抗生物質成長促進剤使用畜産物の販売を禁止する。
・[食料品のサプライ・チェーンで、]消費者の利益を守り、生産者の立場を強化するために、食料品取引行動規範裁定者制度を強化する。
両党のマニフェストの特徴と農民団体の影響??「保守党≒NFU」 vs 「自由民主党≒LWA」?
以上のふたつのマニフェストを比較すると、両者は、農業予算を10億ポンド増額する、自治体の食料調達で高品質の地元産農産物50%以上にする、といった共通性もあるが、さまざまな差異を示している。そして、この点に注目すると、保守党の政策は、主流派農民団体である「イングランド・ウェールズ全国農民組合」(NFU)のマニフェストを強く反映しており、他方、自由民主党は中小農民の利益や環境問題を重視する「土地勤労者同盟」(LWA)の要求を踏まえているようである。
保守党は、国内生産による食料安全保障や農産物輸出支援といった増産に力点をおいた施策を中心に据えており、環境保全型農業への移行やそのための環境づくりについては消極的である。こうした傾向は、NFUが昨年12月の発表した「2024年総選挙マニフェスト:英国の将来に向けた農業」と共通し、個別施策でも、食料安全保障指数指数の活用や海外大使館への農産食品・飲料担当官配置など、NFUの要求をそのまま取り入れた部分が少なくない。また、プランニング制度の改革や移民季節労働力不足対策なども、NFUからの要求に対応するものである。
他方、自由民主党のマニフェストでは、LWAの「食料、農業および林業に関するマニフェスト」(2023年11月)や「2025年度新政府に対する土地勤労者同盟の5つの主な要求」(6月)といった文書での主張をかなり丁寧にフォローした内容となっている。両者は、単なる農家の所得支持や食料増産に向けた農業支援ではなくて、健康、環境、動物福祉を重視する環境保全型農業への移行加速を目標に掲げる点で共通するだけでなく、個別施策でも各所に対応するものが少なくない。
たとえば、追加的な農業予算について、環境土地管理制度への参加を条件とする「公共資金は公共財へ」プログラムや新制度への移行対応に関する農民向け助言サービスに振り向けることなどの項目は、LWAの提案に沿ったものである。また、食料品取引規範仲裁官制度の強化は、この間LWAが取り組んできた農産物買取業者の横暴抑制政策要求に連なる。さらに、既存の自由貿易協定の再交渉や廃棄を含む公正な貿易条件づくりを進める一方、攻勢的な農産物輸出支援策を取らない点は、厳密な食料主権を遵守するLWAの基本姿勢と共通する。
農民団体の要求が政党の選挙政策に大きな影響を与えており、その動向が注目される。
ただ、NFUのマニフェストが面積割りの直接支払い(BPS)の削減・廃止政策中止を求めたのに、保守党マニフェストがこれに応えていないことなど、政党と農業団体の間にズレがあることも見逃せない。
日本の政党と農民団体はどう向き合うのだろうか?
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