【提言】食糧安保の曲論を糺す(序) 森島 賢・元東大教授2024年9月24日
いま日本は、政治の季節のド真ん中にいる。昨日、立憲党が代表選挙を行い、野田佳彦氏を選んだ。また、3日後の27日には、自民党が総裁選挙を行う予定だ。
こうした季節の中で、食糧安保についての曲論が横行している。これは、昨年来の農政審で、正論が行われなかったことの反映である。
近く行われる総選挙まで、こうした曲論が横行するなら、食糧安保政策は混迷するばかりである。
ここでは、主な曲論のいくつかを取り上げて糺し、正論を概説しよう。
森島 賢・元東大教授
曲論―1は、平常時には食糧を充分に作って備蓄し、需要量を超えた分は商業輸出するという曲論である。
その前に、正論―1というべきものがある。それは、商業輸出ではなく、人道に基づく食糧援助である。
いま世界には、7億人を超える人たちが飢餓に直面している。日本の人口の6倍という膨大な人たちである。この人たちは、どんなに食糧援助を待ち望んでいることか。
だが、食糧援助には、米国をはじめとする食糧輸出国の猛烈な反対がある。輸出市場が荒らされるという理由である。
それに加えて、中東のガザなどをみると、米国などは食糧を武器にしている。
人道と平和を国是とする日本の論者たちは、これを忖度して、議論の机の上にも載せない。
ここに目をつむることは、非人道的な、隠された曲論―0ともいえる。
◇
さて、曲論―1のコメの商業輸出である。日本のコメは旨いから、価格が高くても売れる、という誤りの論拠である。
この主張は、40年前から「攻めの農政」と名付け、食糧安保政策の柱として、一部の論者が主張してきた政策である。
日本のコメは旨くて安いから、平時にはコメを大量に輸出しておき、非常時には輸出を禁止して、国内に供給すればいいという、誤りの論拠による、身勝手な、そして非人道的な曲論である。
この政策を40年間続けてきた結果はどうか。
2023年度の輸出量は、9万9千トンにすぎない。国内生産量の791万1千トンの僅か1.3%という惨憺たる成果である。
理由は簡単である。日本のコメは、輸出先の現地の人たちにとって、決して旨くもないし安くもないのである。
現地の人たちは、現地の農業者が作ったコメがいちばん旨いし安いと思って、感謝をこめて食べている。
それでも、商業輸出を主張し続けている、厚顔な論者がいる。
筆者は、コメの商業輸出を全面的に否定しているわけではない。だが、食糧安保政策の柱にすることを否定している。
◇
曲論―2は、コメの燃料化である。穀物輸出国のなかには、生産した穀物の多くを、アルコール燃料にしている国がある。それを真似よ、という曲論である。論拠のない、思いつきの空論である。
この曲論―2に対置するのが正論―2と、正論―3である。
正論―2は、コメのメン・パン化である。
2023年度のコムギの輸入量は510万4千トンだった。コメでこの輸入コムギを代替すれば、前に述べたように、コメの国内生産量は791万1千トンだったから、その0.6倍である。つまり、コメの国内生産量を1.6倍に増やさねばならない。そうすれば、食糧安保の最重要な指標である食糧自給率は、飛躍的に大きくなる。
この正論―2にたいして、消費者の嗜好にまで政治は干渉できない、という曲論がある。だが日本は、戦後に米国の余剰穀物を押し付けられて、メンやパンを主食にするように、食習慣を変えさせられた歴史的経験がある。
曲論の論者たちは、この歴史的な屈辱を忘れたようだ。
◇
正論―3は、コメの飼料化である。
2022年度の飼料穀物の輸入量は1260万トンだった。これをコメで代替するというのが、この正論―3である。
これを採用すれば、コメの国内生産量は791万1千トンだったから、それを1.6倍増やして、2.6倍にすることになる。これも食糧自給率の飛躍的な増大になる。
正論―2と、正論―3の両論を採用すれば、コメの国内生産量を3.2倍に増やすことになる。
◇
以上で述べたように、いま、食糧安保についての正論が無視され、曲論が跋扈している。
何故か。その根は深い。
曲論―0と曲論―1から見えることは、食糧の援助輸出にしても、商業輸出にしても、米国の輸出市場を荒らしてはならぬという、日本の政治全般にみられる対米隷属の基本姿勢である。
ここでは省略したが、不用なコメを30年間もの長い間、米国に忖度して輸入し続けている。いわゆるミニマム・アクセス米である。これも対米従属の一環である。
また、正論―2と正論―3の、コメを主食以外の他用途に使うという正論だが、このためには、市場に任せられず、財政支援が必要である。だから議論の俎上にも乗せない。そうして、カネのために食糧安保を犠牲にする。
ここにも、日本の政治全般にみられる市場原理主義を基本にした資本主義の姿勢がある。
つまり、食糧安保のためには、米国に隷属し、市場原理主義を基本にした日本の資本主義を、部分的にせよ修正するしかない。
(2024.09.24)
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