【ロシア侵攻から3年 ウクライナの今】戦時下も豊富な食料心強く2025年3月3日
ロシアによるウクライナ侵攻から3年。「すぐに解決する」と豪語していたトランプ米大統領の大言壮語は、2月末にホワイトハウスで開いたゼレンスキー大統領との首脳会談の失敗で馬脚を見せ始めた。現実の混乱と未来の不透明さが増す中、農業大国ウクライナの人々、農家は何を見ているのだろうか。首都キーウから農業ジャーナリストのユーリ・ミハイロフが伝える。(編集協力=農業ジャーナリスト・山田優)
南東部の前線に近い農家を訪ねると戦火で壊れた温室、農機が放置してあった(筆者撮影、2023年)
不安定な電力
ウクライナ南部で侵略したロシア軍との前線に近いミコライフ州。リュドミラ・ゴルブさんは、酪農経営をするアバンガード農業生産協同組合の組合長だ。40代の女性で2月半ばに電話すると、「さまざまな人の協力もあって、畑の地雷は何とか取り除けた」という。2年前に現地を訪ねた時には「1200ヘクタールの牧草畑に地雷や不発弾が残り、農作業の障害だ」と語っていたが、国からの補助金や慈善団体の支援を充てて一つひとつを片付けてきたという。
しかし、ロシアによるウクライナ全土への攻撃は続く。インフラ設備への攻撃で、電力不足は深刻だ。直営食品店では突然の停電でパンを焼くオーブンが稼働できなくなり、準備した生地を全て捨てたこともある。
「ロシア侵攻以前は65人で働いていたのが、今は24人。急きょ女性に農機の運転や修理を任せてしのいでいるものの、熟練技術者がいなくなったことは痛い」
開戦直後に安全とみられた国内の他の地域に移住したり、ウクライナ軍の徴兵に応じたりしたことが原因だ。
1年前に取材したのは、首都キーウから南に60キロにあるバラフティー村で60ヘクタールの穀物栽培と酪農を営むペトロ・デミャネンコさんだ。ウクライナでは零細規模経営で、周辺の消費者に牛乳やハチミツなどを販売して生計を立てる。
同村では開戦直後はロシア軍の空挺部隊が何回か空から侵入を試みて激しい戦闘が繰り返されたという。
2月半ばの電話で彼は語った。
「ロシアによる空爆が続いている。幸いにこの1年間の生産レベルは維持できているが、燃料代はこの1年間で2倍になった半面、大豆価格は3割下がった。消費者が減って商品の売り上げに響くことが痛い」
ウクライナの都市部では街角で開く農家の直売が人気。農家にとっても大切な収入源だ(筆者撮影、2025年)
止まらない人口減少
働く人や消費者の減少は、全土の農家で深刻だ。国際通貨基金(IMF)のデータベースによると、ウクライナの人口は2021年に4200万人だったが、24年に3300万人に減った。兵士を含め10万人以上がロシアの攻撃で亡くなった他、詳しい統計はないが、数百万人が海外に移住した。
ウクライナでは兵士を確保するため、18から60歳までの男性の出国は禁止だが、禁止の直前に多くの対象者が海外に出た。私はキーウ近くの集合住宅に住む。隣人は開戦2日目に家族ぐるみで米国に逃れた。若い息子を持つ母親たちが、出国禁止の年齢になる前に一緒に国を出ている。
3年が経ち、海外移住した人たちはそれぞれの国で生活を始め、仮にロシアとの停戦が結ばれたとしても帰国するかどうかは不透明だ。移民政策の専門家は「戦争が終結した後も70%の人が海外に残ることを選ぶ」と試算している。
ロシア軍はもちろん、ウクライナ軍も地雷を農地に敷設した。農業再建の大きな障害になっている
(筆者撮影2024年)
値上がりする輸入食品
電気、水道、ガス、ガソリンなど公共料金は3年前に比べて最大4倍に値上がりしている。比較的安かったモバイル通信料は、現在筆者が契約する20ギガバイトのデータと600分の通話込みで7・5ドル(約1100円)。戦前の50%増しの水準だ。為替の関係で輸入食品の値上がりも著しい。
一方で国民の収入は物価の値上がりに追いついていない。今年1月の民間給与は全国平均で510ドル(約7万6000円)だ。実質賃金の伸びは3年間で7%で、政府の公式発表ではインフレ率は11%とされる。肌感覚の値上がりはもっと激しい。
70歳の私と同世代の年金生活者の暮らしは厳しい。平均的な年金額は月に100ドル(約1万5000円)に過ぎない。高騰する光熱費をひねり出すために、スーパーや農産物直売所で賞味期限間近の食品に群がる高齢者の姿が目立つ。
改善しない腐敗
激しい戦火でウクライナ国民すべてが苦しい生活を強いられていると海外の人たちは考えているが、現実は違う。政府の中で大臣などの政治家、裁判官、高級官僚、国有企業のトップなどごく少数の人たちは高額の支払いを受けている。国際NGOが調べる腐敗認識指数によると、ウクライナは180カ国中で105位。アフリカのエチオピアやザンビアよりも低い。
ウクライナ財務省によると、12月の文化戦略通信省の140人の職員は3300ドル(49万5000円)の月給をもらった。実際には選挙をすることがない中央選挙管理委員会の248人の職員は同5000ドル(約75万円)だ。
郵便局、発電、軍需などの国営企業トップたちは毎月数十万ドルを給与として受け取る。
こうした高額給与とともに、汚職が深刻だ。紛失した身分証明書の再発行手続きをめぐる数年前の私個人の経験を紹介したい。役所を訪ね必要書類を提出すると、窓口の役人は「2カ月後に新しい証明書が発行されるが、個人的に10ドルを払えば1週間以内に出せる」とささやいた。要は賄賂がほしいというわけだ。
昨年、当時のソリスキー農業食料相が、国有地を不正に取得した疑いで辞任している。現職閣僚ですら捜査の対象になっている。
命も金で買われる。軍医委員会は、健康診断で兵役に不適格な証明証を発給できる。富裕層が1万ドルを支払い、この証明証を息子たちのために手に入れる事件が摘発された。最前線で戦う兵士たちが命をかける一方で、金を持つ人たちは兵役を回避しようとしているのだ。
農業ジャーナリスト ユーリ・ミハイロフ氏
トランプ大統領は悪の象徴
ウクライナ国民の多くは、戦争犯罪人であるロシアのプーチンと融和的なトランプ米大統領を、悪の象徴と考えている。トランプ氏は野心家でナルシストだが、「停戦」に向けて強引に交渉を主導しようとしている。
気まぐれでディールを重視するトランプ氏が、プーチンとの間でどのような結末をもたらすのかは見通せないが、ウクライナ国内の軍事専門家は和平合意の重要なポイントはいくつかあると考えている。
第一は前線における敵対行為の停止が完全に行われるかだ。1000キロを超える前線に100万人もの両軍の兵士が散在してにらみ合っている。一斉に軍事行動を停止させるためには、相当な困難が伴う。誰がその責任をとるのか。
もう一つはゼレンスキー大統領の正当性をめぐるトランプ氏の批判だ。戒厳令の中でウクライナは大統領選挙を中止している。戦争をしているさなかに全土で選挙戦と投票を行うのは現実的ではないが、ウクライナ国内でゼレンスキー氏への支持が低下しているのも事実だ。
2月末にワシントンで開いた両国の首脳会談は、異例とも言えるような激しい口論で終わり、和平交渉の先行きは一段と不透明さを増している。世論調査によると、国民の半分が依然として領土を侵略者に譲り渡すことに抵抗感を持つ半面、「領土の回復よりも停戦を優先するべきだ」と考える人の割合も増える傾向にある。
食料安全保障が最後の砦
ウクライナはトウモロコシ、小麦、大麦などの穀物と、ヒマワリ、大豆、菜種などの油糧種子の分野で世界最大級の生産国、輸出国だ。国内生産の多くを輸出し、国の経済を支えてきた。
コバル農業食料相は外国メディアとのインタビューで「25年の穀類生産量は前年の5%増しの8000万トンに増えるだろう」と語っている。同時に加工品の割合を引き上げるなど、戦争で物流が混乱する中、より収益性の高い農産物・加工食品の輸出に力を入れる考えだ。
ウクライナが強大なロシアとの戦争を続けられる一つの理由は、自国民の食料を国内で十分に確保できることが挙げられる。国内経済の混乱によって、消費者の購買力が低下しているが、それでも店頭に豊富な食料が並んでいることは心強い。
2007年に私は日本の農村を訪れた。街の驚くべき清潔さ、次から次へと小皿が運ばれる日本料理店とそのおいしさ。日本社会の並外れた勤勉さと礼儀正しさを取材した。
一方で国内だけでは国民の食料をまかなえない日本の現実を知った。国際社会の激しい動乱はウクライナだけではなく世界各地に飛び火している。3年間の戦火の中から私が得た教訓は、平和の内に最悪の事態に備えた準備を進めることの大切さだ。
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