2013年新春特別講演会「地域の再生へ向けて―成長から幸福度への転換―」 上山信一(慶応義塾大学総合政策学部教授)2013年2月20日
・地域を基点に価値観転換
・ストック資源生かし地域再生
・経済成長の限界感強まる
1月31日に開催した2013年新春特別講演会は「地域再生」をテーマに上山信一慶大教授が講演。JAグループ関係者など約150人が参加し熱心に聞き入った。今号では講演要旨を紹介する。
2013年新春特別講演会
主催
一般社団法人農協協会・農業協同組合研究会・新世紀JA研究会
GDPから国民総幸福度へ
経済成長で得られる幸福に疑問が高まっている。本当の幸福とはなにか。それを解く鍵は地域にある。上山教授はこの視点から地域再生の方向を示唆した。
最近、「幸福度」という概念が注目されている。その反対語は不幸だが、政策の分野では「成長至上主義」だ。つまり、幸福度とは経済成長さえすれば人は幸せになるという考え方に対する反論という位置づけである。
ブータン国王が一昨年来日したとき、「グロス・ナショナル・ハピネス」(GNH=国民総幸福量)が改めて話題になったが、同国は1970年代にGDPの拡大をめざすのではなく個々人の幸せの総量が最大であればいいという考え方に立った。GNHは数値で計れないものの、当時、日本はオイルショックで自分たちの生き方に疑問を持っていたこともあって衝撃を与えた。その後結局、各国は経済成長を追いかけてきたが、今再び人々は経済成長の限界に気づきはじめたのではないか。 なかでも日本は経済成長で最も成功した国だけに、今はもっとも自信喪失に陥っている。農協も大変だろうが、大学も企業にも閉塞感がただよっている。
しかし、現実には会社がばたばた潰れたり、必ずしも人々の所得が減ったりしているわけではない。新しい方向で頑張っている人も多い。
【略歴】
(うえやま・しんいち)
1957年大阪市生まれ。京大法学部、プリンストン大大学院。運輸省、マッキンゼー、米ジョージタウン大研究教授を経て現職。大学で経営戦略、公共政策を教えるほか、新潟市都市政策研究所所長、国土交通省政策評価会座長、愛知県政策顧問、大阪府・大阪市の特別顧問などを務める。
◆ ◆ ◆
地域を基点に価値観転換
今日は3つほど問題を提起する。1つは、日本は本当にどうなっているか、ということ。間違った情報もかなりあるので、われわれは正しい情報に基づき、外部環境の変化をしっかり認識しなければならない。
第2は、これから地域が極めて重要になるということ。日本全体では見えなくても、地域単位で考えると見えるものがある。私が地域再生でかかわってきた新潟市の取り組みは、「都市生活を考える」ということで始めたものだが、同市は市の面積の41%が田んぼだ。まず田んぼの未来がどうなるかを考える必要がある。
その延長線上で農業、農家はどうあるべきかを問い、最終的に国の政策にまでいく。このように具体的な事例から考えていくことが重要である。
第3は、地域活性化の担い手は誰であり何をやるか、である。これまでは中央省庁が有識者を集めて海外の先進地を視察し、新しい政策や構想をまとめて地方におろすというやり方だった。
つまり、全国、全体の議論が先にあって、次に地域、個別の話が出て一律のメニューを押し付ける。しかし地域はそれぞれ環境が違う。都心にも商店街をどうするかという地域問題があるし、あるいはTPP(環太平洋連携協定)も、東京、大阪はよくても、青森、北海道などでは死活問題ということもある。
◆日本の姿はどうなっているか?
戦前、国の強さというと人口、面積の広さ、軍事力が中心だった。これが戦後はGDP(国民総生産)になった。戦後の日本はその点で大成功した。しかし、日本の1人当たりGDPの成長は1995年ごろから停滞した。これをもって日本の一人負け、「失われた20年」というが、これはドルベースの話。実際の物価を反映した購買力平価ベースでは、アメリカには負けているが、他国にはそれほど劣っていない。日本の一人負けとはいえず、それほど悲観しなくてもよい。だが、成功しているとはいい難い。
実際、右肩下がりで個人の懐具合はどんどん悪くなり、企業も国も余裕がない。非正規雇用が全体の3割にも達し、最近は減少傾向がみえるものの、自殺者は98年から毎年3万人を超えている。日本人は決して幸せいっぱいではない。
公共事業は国からの地方への富の移転だが、これも半分近くになった。そして政府には国と地方をあわせてGDPの2倍にあたる借金がある。これは異常だ。そんななかで力のある企業はどんどん海外に出て、国内には投資しない。
◆公共投資減り、終身雇用崩れる
日本の過去の経済成長は安いエネルギーと食料を海外から調達できることに支えられてきた。戦前の日本はこの2つの不足で行き詰まった。戦後は自由貿易で、この2つのボトルネックがなくなり、日本人の勤勉さと工夫で工業国家として成功した。
社会を安定させるコストも安かった。軍事はアメリカが肩代わりし、人口構成が若いので社会福祉にお金がかからず、スリムな国家運営ができた。景気の悪い時は地方は公共事業で雇用を確保し、都市には企業の終身雇用があった。公共事業と終身雇用で安定した社会を保つことができた。
しかし、これが機能しなくなった。公共事業はピーク時の半分になり、非正規雇用が増え、高齢者が増える。税金を増やして社会福祉を充実する大きな政府の方向にいかざるをえない。
◆日本の未来は暗いのか?
では日本の未来は暗いのかというと、答えはまだら模様である。企業はめっぽう強い。世界の上位企業500社の数でみるとアメリカ、中国、日本の順だ。日本企業はグローバル化している。特許も1位はアメリカだが日本は2位。技術力は落ちていない。「円高で大変だ」というが、日本のGDPに占める輸出割合は高いときでも15%に過ぎない。円高は原料や石油を安く輸入できるのでメリットをうける企業のほうが多い。ちなみに韓国は輸出割合が高い。経済基盤は脆弱である。中国も輸出依存度が高い。経済成長しているが、潤っているのは沿岸部である。
日本、アメリカは国内市場が大きく、内部依存型の経済のため比較的安定している。しかし、問題は未来の姿だ。それが見えないからなんとなく不安だというのが日本人の実感だろう。
これからの日本の企業の問題はどこにあるのか。レストランやホテル、運送業、商店など、GDPの70%を占めるサービス業に零細企業が多く、まだ効率化の余地がある。商店街をつぶして大型店をつくれというのではない。アメリカ、フランスなどでは付加価値をつけた中小商店と大型店がうまく共存している。
ストック資源生かし地域再生
◆農家、自営業の生活スタイルで
そのためには資金が必要だが、国民一人当たり世界第2位の金融資産があることに着目すべきだ。これを投資に回す仕掛けが必要だ。そして女性の雇用の拡大。世界的にみて、日本の女性の就業率は低い。これは長年誤解されてきた点だが実は女性雇用を増やすと出生率は上がる。1人あたりGDPもアップする。今は共稼ぎ家庭のほうが子どもをつくりやすい。理由は教育費だ。夫婦の両方から収入があると教育費の見通しがつきやすく子どもを2人以上つくる。高校、大学の教育費が重要で託児所の有無の問題だけでない。
したがって、国家の成長戦略の根幹には女性の雇用を増やすことがある。この点農家は自営で女性が働いている。自営業、商店と同じくライフスタイルとしては先進的だ。
◆数値至上主義の成長は時代遅れ
経済成長の時は、売上げの前年対比やコストダウンなど、フローの数値が問題だった。とにかく量を大きくするために頑張ったが、これからはストックを見直す。眠っている個人の貯金をいかに引き出して使うかが重要である。
人は幸福を得るためなら金を使う。金持ちの中高年者は健康、特に食べ物や運動には関心が強い。また庁舎の跡地など、有効活用されていない自治体の土地不動産を都市再生に有効に使うべきだ。
たとえば農村にある自治体や政府の施設などを加工場に転用し、そこで農家の女性や高齢者が伝統野菜や産直野菜を栽培する。これはお金になるし、高齢者の生きがいにもつながる。そして幸福度が高まる。食品、健康などこれらに関係するビジネスモデルづくりが必要だ。政府がやるべきことはこうした取り組みの支援であって、政府がハイテク産業を先導するというやり方は時代遅れである。
今後地方はどうなるか。人口動態をみると、高齢者は農村より都市周辺で増えている。都市周辺でだんだん病院がパンクする。都市の財政支出がどんどん医療関係に流れ、一挙に都市財政は窮乏するだろう。
◆往診・訪問介護が成長産業に
これに対して地方はまだ余裕がある。だんだんと都市の人が農村に戻るだろう。団塊の世代が85歳のころがピークになる。そのころは地域全体が老人ホーム化し、介護の組織化が必要になるだろう。
都市でも農村でも通院できない人のために、往診、訪問介護の組織化が必要になる。これをやるのは、地方では自治体だが金がない。それこそ農協が担うようになるのではないか。地域独占だから成長産業である。
次に地域再生の課題。かつて地方自治体の目的は出稼ぎのない生活をめざし、子どもを大学にやり、安定して暮らせるための所得アップが目的だった。今は新卒者の雇用の確保、非正規雇用の解消、地元資本による事業所の創設などが求められている。
次に必要なのは、在宅介護の仕組みづくりと日常の足の確保である。交通問題ではデマンド(どこでも)バス、コンパクトシティづくりなどがある。問題はだれがこれをオーガナイズするかだが、行政の縦割りでは難しい。公的性格と信用がある農協、郵便局、銀行などが力を合わせて取り組んでほしい。
経済成長の限界感強まる
◆等身大の「幸福」を追求
こうして考えるとこれからはGDP至上主義でなくNPH(ネット・パーソナル・ハピネス)を追求する時代ということになる。これは個々の市民の視点(Personal)からみた等身大(Net)の生活充実度、あるいは人生充実度という意味だ。
これを支える要素は、第1に健康、第2に友達・家族、人とのつながり、第3にお金である。このような視点で個人の人生、地域経済、会社の戦略、農協の未来を考えると、今の閉塞感の出口が見えるのではないだろうか。
実はこの3つは農村と農家のなかに伝統的に存在している。その再発見が必要だ。また、NPHは、その土地に生まれ、あるいは住むことのプライド、「シビックプライド」の源だ。これがないと人はよそへいってしまう。
人口80万人の新潟市は東京、大阪に比べて後発の政令指定都市だが市民の満足度は高い。経済指標は平均的だが、女性の就業率、自治会加入率、高齢者の各種クラブ加入率、平均寿命などが高い。また世帯当たりの家族数が多く、高齢単身者が少ない。介護認定者も少なく生活に関する指標は政令指定都市の中でもトップの位置にある。 これをベースに新潟市では5つの戦略課題を設定した。1つは都市連携。人・モノ・金・情報の往来が活発になり、新たなビジネスチャンスが生まれる。 第2はニューフードバレー構想。シリコンバレーの向こうを張って、ここからは新しい農業、食料、バイオ産業をめざす。これまでも新潟では米菓や酒などの企業が、県と提携して商品開発や販売してきた。このDNA(遺伝子)をもう一度見直し、健康、福祉も視野に入れた食品を開発する。
第3は公共交通の再構築。交通弱者も来訪者も市内を自由に行き来できる仕組みづくりだ。第4に助け合いの新潟モデルつくり。多様な福祉ニーズへのきめ細かな対応が可能になり、社会的連帯や共助の精神が醸成される。 そして第5に新潟磨きと対外発信。新潟の魅力が発信されることで愛着と誇りが生まれ、市民同士のつながりが強まる。
◆「そこにしかないもの」を生かす
地方都市は持っている資産の素晴らしさを忘れている。それを掘り起し、都会の人に伝える戦略が必要だ。「よそ並み」は放送禁止語句にして「うちにしかない」ものを生かす。これが地域再生の鍵だ。
さらに「80/20の法則」も提起したい。大きくはもうからなくてもよい、持続可能な雇用をつくって地域を支える、という企業が2割くらいあってよい。農家も8割は専業で規模拡大を目指しても、2割は兼業の地産地消でと、両方あるというのがこれからの農業の姿ではないか。
地域や農業の再生には、この「20」の部分を育てることが大事だ。ここに自営業者、商店の2代目経営者、よそから嫁いだ女性、外部のアドバイザーが入ると面白いことができる。さらにお寺や美術館などさまざまな企業・団体とも連携する。そこから地域再生の新しいヒントが出てくるだろう。
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