北米自由貿易協定から20年 格差拡がるメキシコ2014年12月10日
伝統の食・文化見直しの動きも
安倍政権はTPP(環太平洋連携協定)加入をしゃにむにおし進めようとしている。TPPが果たして安倍首相が主張するように日本経済復活の特効薬になりうるのか。同じTPP交渉参加国で、北米貿易自由協定(NAFTA)によって、いち早くアメリカのグローバル経済化を受け入れたメキシコに、バラ色どころか国内農業の崩壊、貧富の差の拡大をもたらしている現実をレポートする。
貧富の差が拡大、治安悪化
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トウモロコシ収穫作業で雇われ、日当110ペソ(約1000円)で働く農民たち(メキシコ州で)
◆情報がなく、だまされた
「政府は、NAFTAによってどういう影響があるのか、情報を公開しなかった」「だまされた」。視察メンバー歓迎のため、メキシコシティに集まった農民や先住民族組織の代表たちは、口ぐちにNAFTA参加したときの実情を話す。「メキシコの農業は強くなったので、もう国の保護はいらない。アメリカ、カナダの農業と十分対抗できる」と、たくみに自尊心をくすぐられたと自嘲気味に話す人もいた。
農民組織のコーディネータをしているルイス・ゴメスさんは「1976年、メキシコの麦、トウモロコシは100%の自給率だった。農業は優遇され、機械への援助、倉庫の提供などがあり、農業ビジネスしやすい環境があった。これがNAFTAによって破壊され、農業生産のインフラが、輸入企業にとられてしまった。クライアントはアメリカやカナダになった。メキシコ人が作って外国に売るという、外に流れる経済になり、メキシコに貧困が生まれることになった」と、貧困の発生するメカニズムを説明する。 その結果、輸入農産物の増加や農産物価格の低迷で、生活が苦しくなり、農村から都市、あるいはアメリカに職を求めて、多くの人が移住するようになった。
◆500万haが放棄、1000万人が移住
農民組織の中央本部の副代表を務めるマックス・コレアさんは「メキシコの人口1億2500万人のうち、約2800万人が貧困層に属し、4人に1人は十分な食べ物が得られない状況にある。また500万haの農地が放棄され、1000万人がアメリカや都市に移住した」という。
メキシコの労働組合に大きな影響を持つテレコム労組委員長のエルナンデス・ファレスさんは、「国内の法律に優先するISD条項などで、TPPはNAFTAのときよりも厳しくなるだろう。メキシコは世界の63か国と自由貿易協定を結んでいるが、状況は少しもよくなっていない。かつて経済的には世界9位だったが、今は14位になった。前大統領がEUを訪問して、メキシコはやがて世界で5位になると豪語したが、現在の治安の悪さからみると、悪いジョークとしか思えない。最低賃金は世界でも低い水準にあり、食料の70%は輸入で、そのほとんどがアメリカからだ」と嘆く。
都市に移住しても仕事の得られない人々はスラムを形成し、犯罪に手を染める人も少なくない。最近、市長の汚職に抗議した学生43人が、全員行方不明になった事件がある。市長の指示で犯罪組織に引き渡され、全員殺害されたとみられているが、メキシコの治安は悪化を象徴している。「雇用がないため、生活のため最後の手段として犯罪に走る人が多くなったためであり、これもNAFTAの結果だ」とマックスさん。
◆国の文化守るトウモロコシ
こうした中で、メキシコのトウモロコシとその文化を守り、メキシコのアイデンティティを取り戻そうと言う農民の運動が生まれつつある。メキシコシティの南西80kmにあるトウモロコシ産地のメキシコ州アトラコムルコのトウモロコシ生産者組合の女性農業指導員イグナシオンさんは、「トウモロコシを守ることでメキシコを守る」と大書したスローガンのある同組合の事務所で、メキシコのトウモロコシを守ることの重要性を強調する。
「先住民であるアステカ、マヤの民にとってトウモロコシは単なる食べ物ではなく、神聖なものだった。それが政策の道具になった。トウモロコシで大儲けする企業がある一方、農民は同じトウモロコシを作りながら貧しい生活を送っている。NAFTAによる新自由主義経済のもと、小規模農家への支援・融資が削減された。メキシコシティで大規模な下水工事が進んでいるが、この膨大な工事費は農産物の輸出による利益だ。こんどはそれを農民に還元して欲しい」と声を強める。
トウモロコシはメキシコ人の文化的アイデンティティ。原種の保存もあり、トウモロコシを世界遺産に登録するよう運動しているという。 同組合の会長であるエベラルド・ロベラさんは、遺伝子組換えトウモロコシの増加に懸念を示す。「私たちの先祖は、種子の特許など考えず、品種改良を続け、その種子がヨーロッパに渡り、食料の確保に貢献した。だがモンサントは、種子を独占し、私たちの伝統ある品種を奪おうとしている。遺伝子組換えトウモロコシをやめさせる法律をつくるよう運動している」という。
ただ、アメリカの種子は標高2500m以上の高地では栽培できない。ロべラさんは「神に守られた種子だ」という。また伝統品種を守るため、「地域認証」取得も視野に入れ、「この種子を守り、引き継ぐことの正当性を広く国民に伝えたい」と強調する。
ロベラさんは、収穫作業真っ盛りのトウモロコシ畑を案内し、「世界の大資本は、メキシコに貧困と環境破壊をもたらし、文化、伝統、トウモロコシを破壊しようとしている。トウモロコシは私たちの宝だ。大資本が世界を圧倒する前にその価値を訴え、メキシコの小さな子どもたちの未来を守らなければならない」と、声を大きくした。
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上:「トウモロコシを守ることでメキシコを守る」のスローガンを説明するロべラ会長
下:伝統の種子を守るため原種を保存する(メキシコ州アトラコムルコのトウモロコシ生産者組合で)
◆先住民族も主権の回復へ
またメキシコのアイデンティティを守る視点から先住民族グループを代表してロシオ・ミランダ・ペレスさんも訴える。「グローバリゼーションでメキシコの誇り高い文化が壊される。ワールドバンクシステム押し付けの結果、都市と農村のかい離、貧富の差の拡大、その結果が、『あまりにもアメリカに近く、あまりにも天国に遠い国』(19世紀の大統領ボルフィディオ・ディアスの発言)になってしまった。私たちが求めるのは、自分たちがどこからきて、何を食べて、何を着て、何を選択するかというアイデンティティを守ることだ。そのために人々は連帯しなければならない」と強調する。
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学生の殺害に抗議する学生たちのデモ(2014年11月20日、ケレタロ州ケレタロ市で)
【メキシコ訪問を終えて】
TPP反対に連帯の環を
「TPPに反対する人々の運動」を中心とするメンバーと一緒に11月19?29日までメキシコを訪ねた。首都メキシコシティの最初の印象は、非健康的な肥満者が多いこと、治安が悪い(夜のひとりあるきが危険なことや、駅のターミナルなどに銃をもった警察官が警戒していたことで、そう感じた)こと、そして労働者の住宅事情の劣悪さだ。
直接、話を聞いた相手からは例外なく、NAFTAによって貧富の差が拡大したという。肥満や治安の悪化は、ジャンクフード(栄養価のバランスを欠いた高カロリー、高塩分の食品)の増加、失業の増加や低賃金のもたらした現象と考えられる。
メキシコでは「TPPはNAFTAの拡大」と認識されており、農民や労働者組織のなかから、TPP参加を阻止し、メキシコの文化と食を取り戻そうとする動きが見られる。彼らはみんな、最後に同じグローバル企業の攻勢にさらされている日本を含め、TPP交渉参加国の人々が連帯して反対することを呼び掛けた。
(農協協会参与・日野原信雄)
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