農政のあるべき姿めぐり議論 農文協がシンポジウム2023年4月4日
農山漁村文化協会(農文協 楠本雅弘会長=元山形大学教授)が3月12日、埼玉県戸田市の新事務所で開設記念シンポジウムを開いた。このシンポには、生産農家や研究者など約30人が参加し、7人のパネラーが登壇。今後の農政のあるべき姿について熱い議論を行った。
"家族農業つぶし"に警告
農政のあるべき姿を議論したシンポジウム(3月12日、埼玉県戸田市)
冒頭、楠本会長は「家族農業を基軸とする農政の再構築を」というテーマで、「新自由主義に基づく規模拡大一辺倒路線とそれを補完するスマート農業+フードテック推進という農政は家族農業を解体し、地域社会の協同活動を解体させ、農業と村落(ムラ)をつぶし、環境を破壊し、暮らしを困難にさせている。中央官僚や研究者、県の農政担当者は市場原理主義に洗脳され、統計情報部や普及指導員、農協の営農指導員などの家族農業支援システムも解体されてしまった。自然と共にある農業と逆方向の道を歩いている」と、これまでの農政を厳しく批判した。
さらに楠本会長は、担い手法人に農地を集積する国の方針は、その法人が倒産したら企業再生ファンドが買収し、農をつぶし、ムラを壊し、地域を衰退させることになると、富山、新潟、高知等の事例を引き警告した。
「支え合う仕組み」が大切
続いて登壇した福島県二本松市のNPO法人「ゆうきの里東和ふるさとづくり協議会」の菅野正寿さんは、「東和地区での住民主体の地域づくり組織と日本有機農業学会との協働により、3・11の原子力災害からの復興に取り組むことができた。生産と暮らしが一体となった里山の循環、自給と集落営農による支え合いの暮らしと行事は、植物工場やロボットフィールドなどの『福島イノベーション・コースト構想』と対峙している。棚田でのほたる鑑賞会、芸術祭、収穫祭、農家民宿などが自給と都市住民との交流の舞台となっている」と、東北の中山間地域での地域再建・暮らしづくりについて報告した。
さらに、高齢者、女性、兼業農家、新規就農者などの多様な担い手が支え合う仕組みづくりと、支援政策によって地域農業が守られると熱く語った。
格差深刻、つながり再生を
千葉農村地域文化研究所の飯塚里恵子さんは「都市から農村へ」と題して、「都市生活者は格差が広がり、息苦しい生活を強いられ、農業・農村への関心が高まっている。そういう人たちを農村の側ではどう迎えるのか。食は、グルメでもサプリでもなく、命をいただくこと。農村の暮らしは命の連鎖、つながりの社会だ。農業は人をつなぎ、農村は世代をつなぐ。農家の経営を支えているのは暮らしの論理。その農村の論理と行動を再構築することが急務ではないか」と訴えた。
明治大学の小田切徳美教授は、農水省の農村政策の変動をたどった上で、「現在は、官邸や総務省、国交省などの力が強くなり、農村政策の産業政策への従属化が進み、空洞化している。過疎化・高齢化が進んできているが、"にぎやかな過疎"の地域もある。地域づくりに取り組む地域住民、移住者、何か関われないかと動く人や民間企業など多様なプレーヤーがいて、地域はがやがや、人が人を呼び、仕事が仕事を創る。いろいろな人が動く。ごちゃまぜの場の創出が農村再生のポイントだ」と、食料・農業・農村基本法の見直しの問題点と論点を整理した。
最後に登壇した茨城大学名誉教授の中島紀一さんは、最初に「2020年農林業センサス」のデータを引き、「日本農業がここまで脆弱(ぜいじゃく)化したことに驚いている。構造再編、『強い農業』の推進により、日本農業の終わりが目前に迫ってきている。『みどり』と『暮らしの文化』を基軸とした農政への転換が急務だ。『みどり』や『文化』には国民の支持がある」と述べた。
自然農法がすべての基本
そして、現在の農政の目玉となっている「みどりの食料システム戦略」について、「イノベーションで有機農業を進めるという発想では基本的にダメだ。これまで国が進めてきた『近代農業』への基本的見直しが有機農業・自然農法の取り組みの基礎だ」と話し、みどり戦略では有機農業は進まないと鋭く指摘した。
そのことを前提に、有機農業の現実は「ホームセンターなどで有機資材を購入し、それを使う農業に傾斜しており、落葉などの地域資源利用の志向性は見えない。有機農業は有機JAS農業ではない。そこに逃げ込むと有機農業は駄目になる。有機農業の基本は土と自給と暮らしと地域だ。有機農業、自然農法の進路は『自然と共にある農業』であり、昔からやってきており、決して難しい農法ではない」と、有機JAS認定を取るために有機資材を購入する生産者の行動を厳しく批判している。
その上で、「『開発』という名のみどりの伐採はすぐにやめるべきだ。里山に資材はいっぱいある。落ち葉で土ができるのだ。地域の自然は農の回帰を待っている。地域の自然と結びついた地域農業の再生を進めたい。地域の協同はそこから始まる」と展望を語り、「カーボンニュートラル論はまやかしであり、地球の自然の基本はみどりと土のゆるやかな増殖にあり、『土と命の地域農学原論』の構築が急務」と、研究者への期待もにじませていた。
シンポジウムではこの他、楜澤能生・早稲田大学教授が「農地・里山の地域自主管理」、農文協の嶋川亮さんが「映画『百姓の声』の反響と国民皆農の動き」について報告した。
(本紙客員編集員・先崎千尋)
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