【2024総選挙】総裁選から衆院選挙へ 石破首相よ持論にもどれ 田代洋一横浜国大名誉教授2024年10月28日
15年ぶりの自民党過半割れとなった2024年の総選挙。各党は農政公約も重視し選挙戦を闘った。ただ、裏金問題への国民の批判は強く、それがこの結果をもたらした。田代洋一横浜国大名誉教授に緊急に今回の選挙を振り返り、問題点を整理してもらった。
石破の地盤は農村部
この秋口、自民党の裏金問題に端を発し、それが総裁選、衆院選になだれ込んだ。その経過を追跡したい。
石破茂は「地方創生こそ日本経済の起爆剤」を掲げて総裁選に臨み、安倍後継の高市早苗に辛勝した(9月27日)。
表1で石破と高市の自民党党員・党友票1位の県数を示した。決戦投票ではこの県数に応じて1票が加えられる。両者の地域性はあまりに明確である。
石破は東日本・山陰・四国・九州(加えて山梨・岐阜・静岡・滋賀・和歌山)の農村部、高市は首都圏・北陸・近畿・山陽(加えて宮城、長野、愛知、三重、香川・福岡・長崎)という太平洋ベルト地帯とその外縁でトップになった。
これは日本の地域格差の正確な反映であり、地方の声を裏切ったら石破政権はもたない。
「地方創生」は地方を裏切らないか
石破は所信表明演説(10月4日)で、ルール・日本・国民・地方を「守る」とした。「地方を守る」では、「地方創生交付金を当初予算べースで倍増」、「デジタル田園都市国家構想実現会議」等を強調した。次いで農林水産業は「地方の成長の根幹」であり、「国家安全保障の一環」だとして、「その持てる力を最大限引き出し」、「農林水産物の輸出をより一層促進」するとした。
所信表明演説で一次産業にこれだけのスペースを割いた首相は恐らくいないだろう。その点は高く評価されるが、内容的には「輸出」を除いて具体性がない。
「地方創生」は、石破が安倍内閣の初代地方創生大臣になったこともあり、彼の持論だが、そもそもは安倍が「ローカルアベノミクス」として打ち出したものだ。それは、自治体にたった1年で「地方版総合戦略」を申請させ、国が上から選別する中央集権手法であり、自治体は計画作りに疲労困憊し、コンサルに依存せざるを得なかった(岡田知弘、JAcom10月15日)。
それを「地方創生2.0として再起動」されたのではかなわない。
あれから10年、IT・AI技術は格段に進歩し、産業の大都市集積効果は著しく減じ、国内回帰する企業や日本進出する外資は、土地・水・労働力を求めて「地方をめざす」時代だ。その象徴がTSMC(台湾積体電路製造)の熊本県進出で、そこでは地価・労賃は高騰し、農地は貸し剥がされ、農企業体等も苦境に陥っている(奥野修治「売られる農地 消える農家」『週刊新潮』8月1日号)。
一次産業を「地方の成長の根幹」にするには、このような中央からの地方創生の「再起動」ではなく、人材も含めて地域内発性を支援する「再設計」が求められる。
裏金問題の重み
野党の「裏金隠し解散」に対し、石破首相はたんなる「記載漏れ」だとして、「日本創生解散」と名付けたが誰も乗らず、選挙戦は裏金問題に終始した。
裏金問題は20世紀末のリクルート事件を思い出させる。しかしリクルート事件は一私企業と政治家等個人の問題だった。にもかかわらず一連の「政治改革」、すなわち小選挙区制の導入、ひいては政権交代の震源になった。
それに対して裏金問題は政党(派閥)しかも政権党の問題であり、従って政権交代に発展しうる。しかも自民党は裏金非公認候補に2千万円の政党交付金を振り込み、自浄力欠如を露わにした。当然に政権交代の論理になるが、野党には共闘の構えがない。「政権交代の受け皿がない」ところに日本政治の混迷の深さがある。
選挙における農政公約
裏金問題が焦点化したこともあって今回も政策論争は不調だったが、表2に農政の比較を試みた。
石破首相は、麻生内閣の農水相として、「生産調整政策シミュレーション」(2009年)を示し、生産調整の緩和と直接支払いを提起した。今回も総裁選前は米増産(「減反廃止」)、を強調し、直接支払いを口にしていたが、選挙戦では「直接支払いは規模拡大を阻害する」と否定に転じ、石破農政として残るのは「食料自給力」ぐらいになってしまった。
自民の選挙公約は、これまで農政を仕切ってきた森山裕の「森山農政」(食料安全保障強化対策大綱が元)であり、農水省とすり合わせたそれは、安倍の官邸農政から官僚農政への回帰になる。その官僚とのすり合わせが間に合わなかったのか、水田政策の見直し方向(生産調整を続けるのか否か)、特に水田活用直接支払交付金をどうするのかの肝心カナメのところが曖昧である。
立民・国民・共産は焦眉の所得確保策で何らかの直接支払い政策を主張し、また新規就農支援も異口同音に語っているが、水田政策はなお刷り合わせる必要がある。
自民・立民・維新は予算規模を明言しない。政策はその予算規模と裏付け財源を示さずしては絵に描いた餅に過ぎない。
選挙の結果は
与党は支持層の2/3しか固められず(読売)、過半数割れになった。前回に比べ与党は議席を23%減らし、野党は34.4%増やした。政党別には自民22.7%減、立民51%増、国民は4倍化だ。つまり裏金問題で自民党離れした保守層が(保守)中道シフトした。このような政治布陣の下で政策論戦がどう展開するのか。まずは連立等をめぐり様々な駆け引きになろうが、ここでは選挙結果の印象を述べる。
第一に、国民の政治倫理感は正常だった。物価高、実質賃金の減少等の日々の生活に呻吟する国民にとって裏金問題は全くの論外だ。民主主義は国民レベルでは健在だった。
第二に、今や日本も本格的な政権交代時代に入った。不祥事ではなく政策で正々堂々と戦える環境、そして政権交代時代の政治・政策作法を政治家・国民ともにつける必要がある。
第三に、比例区との重複立候補を認められなかった候補(34人)の多くが議席を失った(20人)。そのことは、比例定数を増やしつつ、重複立候補をみとめない方向に選挙制度を改正すべきことを示唆する。
第四に、石破首相は「持論」の多くをひっこめ、自民党の既定路線に従った。そのことが自民党お得意の「疑似政権交代」効果を削ぎ、自民不利に多少働いた。党内討議を経てのことだが、総裁の「持論」は公約等にきちんと活かされるべきだ。
第五に、立民勝利は、政策と言うより敵失効果と中道シフトによる。また、2021年の衆議院選で野党の選挙協力で当選した立民議員も多い。今回は立民単独での勝利になったことが単独での政権交代志向につながれば、安定的な政権交代を遠ざけることになろう。
第六に、農相が選挙区で敗退、自民党農林部会長は議席を失った。しかし今回の事態は農政にはマイナスにならない。農政をめぐっては曖昧な論点が多かった。与野党伯仲する国会で、各党が自らの政策をクリアにしつつ、論戦を深めることは農業政策にプラスである。主な論点は表2に示した。基本計画が手始めだ。
与野党への期待
石破の『保守政治家』(講談社)は、彼の「保守リベラル」としての「持論」を語りまくり、実に興味深い。しかし首相になった途端に「持論隠し」になった。続投できても来年夏の参院選までは厳しいだろうが、ぜひ「持論」で勝負してほしい。
野党は共通する直接支払政策・新規就農支援策をパン種の一つとして確かな野党共闘の道を模索して欲しい。
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