【日米外交とTPP問題】田代洋一・大妻女子大学教授 「聖域」は本当に守れるのか? 日米協議合意の問題点2013年4月27日
・アジアの成長を取り込めない政府自身の試算が示す
・自動車輸入枠、ガン保険では日本が一方的に譲歩
・進んで恭順の意?
・日本の交渉力欠如が明らかになった協議
・国民を納得させる対策は出せるか
4月12日、政府はTPP交渉参加に向けた日米協議の合意内容を公表した。農産品では「センシティビティ」を日米で認識したと日本政府は強調しているが、2月の日米共同声明と変わらず、具体性はない。一方、米国の自動車については最終的には関税撤廃するとしたものの、最長期間の段階的削減という譲歩を日本は示し、そのほか非関税措置についてTPP交渉と同時に日米間で交渉するなどの点についても合意した。
今回はこの日米協議の合意内容を中心にその問題点と日本が今選択すべき道について田代洋一大妻女子大学教授に問題提起してもらった。
仕切り直ししか日本の道はない
◆アジアの成長を取り込めない 政府自身の試算が示す
2月の日米首脳会談については本紙2月28日号で述べたので、その後の動きを追う。
まず3月15日、安倍首相がTPP参加を正式表明し、同時に「関税撤廃した場合の経済効果に関する政府統一見解」を公表した。首相はあたかも日米でTPPを仕切れるかの勢いであり、翌日の朝日新聞も首相は「自らの決断に酔っているようだった」と評した。
「統一見解」は、首相が「聖域なき関税撤廃を前提としないことを確認した」と強調しているにもかかわらず、「関税撤廃」を前提とした試算である。こんな「不統一見解」があるだろうか。これでは日本は「実は聖域などあり得ない」と諦めているに等しく、アメリカをほくそ笑ませるだけだ。
10年後にGDPが0.66%伸びるという効果の小ささにもあきれる。しかも輸出より輸入の方が多い。「アジアの成長を取り込む」などは夢のまた夢。輸入増の多くは農産物。それで食品価格が下がることによる消費の伸びがGDP増のほとんどである。しかし食料の最終消費支出に占める生鮮品の割合は18%程度に過ぎず、しかも円安で輸入価格は上昇しており、食品の値下げは一部牛丼チェーンくらい。しかし牛丼と引き替えに農業は壊滅する。
◆自動車輸入枠、ガン保険では日本が一方的に譲歩
さて、4月12日の日米合意文書だが、駐米日本大使と米通商代表代表代行の往復書簡が正文。これは同文だが、日本の内閣官房、米通表代表部(USTR)がそれぞれ国内向けに発表した「概要」は大きく異なった。項目的には、日本は関税以外の自動車関係、かんぽ生命での妥協については触れず、アメリカは日本の農産品のセンシティビティー(重要品目)扱いという日本最大の関心事を無視した。
そのことをマスコミや反対陣営は問題視しているが、事はそれほど単純ではない。交渉論理の緻密性、国民・業界への情報公開性、それをバックにした国を挙げての交渉力(米国民はTPPをあまり知らないが)が全然違うのだ。
まず論理性の点で、USTRは交渉結果を三つに範疇分けしている。すなわち[1]二国間協議(bilateral consultation)の結果[2]日本の一方的決定(unilateral decision)[3]TPPとの並行協議(bilateral、parallel mechanism)事項、である。
[1]はアメリカの自動車関税の最長期間維持、日本の自動車の非関税措置の緩和、保険での対等な競争条件確保、全物品を交渉対象とする点。
[2]は輸入自動車特別取扱制度(PHP)の拡大、かんぽ生命のガン保険・医療保険の不許可だ。
[3]は保険(日本郵政との対等性)、透明性(政府審議会への参加等)、投資(合併・買収機会,社外取締役)、知財、規格・規準、政府調達(入札)、競争政策、国際急送便、衛生・植物検疫(食品添加物、農薬、ゼラチン、コラーゲン)だ。その他もあり得るとしているからまるでブラックボックスだ。
とくに[3]は添付資料で詳述し、「TPPで十分に話し合われない分野」についてTPP交渉終了時までに決着をつけるとされ、日本はTPPをはるかに上回る重荷を負った。
◆進んで恭順の意?
話はもどるが、筆者は、2月22日の日米共同声明の「一方的に(unilaterally)全ての関税を撤廃することをあらかじめ約束することを求められない」という下りの、“unilateral”の意味がよく理解できなかった。それが上記の[2]でやっと分かった。すなわち“unilateral”は“bilateral”(二国間協議)の対語であり、その含意は、二国間協議で合意に至らなかったが、「一方的に自ら表明することで恭順の意を表す」ということだ。確かに[2]は正式の往復書簡には含まれておらず、麻生財務相の独白に過ぎない(しかしアメリカは合意の成果として強調)。
つまり安倍首相が共同声明で勝ち取ったとする「聖域」とは、オバマ大統領にすれば、「(合意文書の[2]のPHPやかんぽ生命と同じような形で)農産物関税の撤廃を予め一方的に申し出なくても結構ですよ」程度の意味に過ぎない。なぜならその具体を決めるのはTPP交渉であり、TPPは関税撤廃が大原則で、結果はみえているからだ。
とはいえ共同声明で同じくunilateral扱いにしたアメリカの自動車について、日米合意では[1]で関税の長期継続が決められた。つまりbilateral化した。なのに日本の農産物はそうならなかった。これはあまりに非対称的である。自動車は日米間の問題であるのに対して、農産物は多くの国の関心事項だという厳然たる相違があるにしても、だ。「センシティビティー」などという抽象語はクソの役にもたたず、具体的な品目・数量を勝ち取らないと無意味なこともはっきりした。首相等は経済力=交渉力を豪語するが、経済力に交渉力が全く伴わないのが日本の悲しさだ。
◆日本の交渉力欠如が明らかになった協議
かくして合意文書で、日本はアメリカに、[1]をとられ、[2]を一方的に言わされ、あまつさえ[3]まで義務づけられた。それに対して日本は何一つとれなかった。通商交渉とは一つを取れば一つを譲歩する互譲性をもつのが通常だ。それに照らせば、これは対等の合意文書というより無条件降伏文書、朝貢目録の謹呈に過ぎない。
日本の交渉力欠如に、アメリカ豚肉業界は「めまいがするほどうれしい」そうだし、豪・カナダ・EUも自動車関税の継続を主張し、ニュージーランドも加えて「全品目交渉」を主張した。最終的には各国とも日本の参加を認めたが、対米の緒戦に敗れた日本は総崩れ状況だ。7月末に正式参加決定というが、その前に11カ国から厳しい厳しい参加条件を突きつけられることになる。
なお、日本政府は、「概要」で[2]に触れなかったのは、[2]は日本が一方的に言ったことで、「日米協議の合意」ではないから、と言い訳するだろう。それも一つの形式論理だ。しかしその島国の小役人根性は、国民の支持をバックに国際交渉に当るという根本姿勢に欠ける。触れなかったことを怒るなら、[2]のようなunilateralな行為そのものを怒るべきだ。
◆国民を納得させる対策は出せるか
TPPに確たるメリットは無く、合意文書も惨敗とすれば、安倍首相に残る「成果」は「日米同盟強化」の一点のみ。そのために集団的自衛権も申し出た。しかしアメリカは、アメリカの戦争に日本がはせ参じる集団的自衛権なら歓迎するが、日本が中国と事を構えるためにアメリカを引っ張り出そうとする集団的自衛権などはた迷惑、今はTPPでアメリカに従うことが最大の日米同盟強化というわけだ。
安倍首相はアメリカという「虎の威」を借りて中国に立ち向かい、日米でTPPを仕切るつもりだったが、「虎」に食われてしまったというのが落ちだ。
石破幹事長は、コメなどを「死守する」と発言した趣旨を問われて、「関税死守」とは口が裂けても言わず、「国内で、持続的な生産が可能であるということだ」と答えたそうだ(日本農業新聞4月16日)。とすれば生産減少額に相当する直接支払いしかない。試算結果では農林水産物の生産減少額は3兆円(前回試算は4.5兆円)。3兆円なり4.5兆円の直接支払いをする腹はあるのか、国民を納得させられるのか。交渉力なき政府にはその力もない。
もはやTPPは仕切り直す以外に道はない。国民としても、アベノミクスへの幻想、安保の呪縛から解放され、7月末の参院選に向けて腹を固めるべきだ(本紙とほぼ同じ頃、拙著『安倍政権とTPP-その政治と経済-』筑波書房ブックレット、が出るので乞う参照)。
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