【提言・震災復興と協同組合】福島第一原発事故・県民と協同組合の苦闘続く 小山良太・福島大学経済経営学類准教授、うつくしまふくしま未来支援センター・産業復興支援部門長2013年7月25日
・チェルノブイリを見て
・復旧と復興はどう違うか
・「風評被害」と「実害」の違い
・協同組合間協同で事態を動かす
2011年3月11日の東日本大震災の発生から2年4か月あまりが経過した。原発事故による放射性物質被害に今なお苦しむ福島県では復興に向け農協と生協の提携が進められてきた。現状と課題を小山良太氏に解説してもらった。
汚染マップの作成が急務
◆チェルノブイリを見て
2013年6月1日から11日にかけて福島県内17JAの組合長、5連の代表とともにチェルノブイリ事故後の農業対策について調査を行った(団長:庄條徳一JA福島中央会会長)。
ベラルーシでは農地全てに対して、セシウム以外の核種も含めて放射性物質の含有量を計っている。その上で汚染度に応じて農地を7段階に区分し、食品の基準値を超えないよう農地ごとに栽培可能な品目を定めている。それを農地1枚ごとに国が認証するというシステムを構築している。
生産段階での認証を一番望んでいるのは農家である。生産してから出荷停止になるのでは営農意欲が大きく損なわれる。その前に生産できるのか、効果的な吸収抑制対策を施せるのかを判断したいのである。
ところが日本の対策では体系的な現状分析が希薄である。復興計画を立てるにしても汚染状況を大まかにしか測っていない。汚染マップがないのに工程表だけは補助金を受け取るため作成せざるを得ない。同じように除染も、効果の有無に関わらずとにかく進めている状況である。
まずは現状分析のために汚染マップを作ることが前提となる。これは食品汚染の問題や農業の再開だけではなく、外部被曝や損害賠償の問題も含めて非常に重要な対策である。
◆復旧と復興はどう違うか
注意が必要なのは「復旧」と「復興」は違うということである。現状分析に基づく対策が必要なのは、「復興」のためである。
「復旧」とは事故前の状態に戻すことであるが、セシウム137の半減期は30年であり、除染しても全てを取り除くことは難しい。たとえば農地を天地返しすることで、一旦は空間線量が下がるが、それは地表から30cmのところに放射能を溜めることにしかならない。結局農地が「最終処分場」となるので、原発事故前の状態にはならない。
ただし、住民にとっては元通りに戻してほしいという気持ちが当然ある。本質的な解決にはならずとも、一見、空間線量が下がって、しかもそこで作った農産物が売れるのであればその方法を受け入れる。なぜならば福島県の農家の平均年齢は約67歳、それで「5年後に」と言われても、後継者がいなければ自分の代でできる方法をとらざるを得ない。
しかし、農産物は「風評」で売れず、価格が下落する。それに対する賠償も永久に支払われるわけではない。もし農業をやめて農地を誰かに貸す、あるいは売るとなった時にどうなるのか。土壌汚染が何ベクレルか分からない状況で、農地の流動化や再編ができるのか。つまり単なる「復旧」では、大きな矛盾が生じるのである。放射能汚染度合いを測定し、マップ化しないと次につながる「復興」にはならないのである。
たとえばゾーニングによって作付けができなくなる農地が100haあるなら、そこに太陽光パネルを作る。あるいは汚染の高いところで非食用農産物のナタネを栽培し、そこにバイオエタノールのプラントを作るといった具体的な「復興」計画が策定可能となる。
「復興」にはプランニングと、そのための基礎データが重要である。ところがマップ化していない現状では、汚染状況が分からず何をどうしていいか全く決まらない。
一方の「復旧」は元々の状況が分かっているので、そこになんとか近づければ良い。そのために一番コストがかからず短期間にできる方法として、放射能そのものについてのリスクコミュニケーションや補償金を払って終息させる政策が採用されているのである。
(写真)
表層土の削り取り(農水省資料より)
◆「風評被害」と「実害」の違い
原発事故が起きた2011年度は農産物の安全性を確認することが困難であった。安全神話に基づく原発政策のもとで原発立地地域にも関わらず、検査機関が少ない、汚染度も測定できず、作物への移行係数も分からない状態であった。にもかかわらず、僅かなサンプル数によるモニタリング調査のみで、「安心してください。福島を応援してください」と「安全宣言」を出した。その後、基準値を超える農産物が流通したことが明らかになり信頼を失ってしまった。
2013年現在、福島県の安全検査体制は相当高度になっている。しかし、初年度のイメージが強すぎて「ウソかもしれない」「信用できない」という状況が買い控えを生み出している。現在、検査をしている主体からすれば、これだけ検査して野菜からも放射性セシウムが検出されないのに誰も買ってくれないのは「風評だ」となる。しかし、これは信頼の問題なので「風評」という用語では適切に現象を説明できない。
この問題に関しては、事故当時の政策が失敗だったことを認めて総括することからスタートするしかない。表明しにくいことではあるが「1年目の政策は不備があった」と総括して、その上で「全袋検査もしているので改めて信頼を獲得したい」と検査態勢の変化を説明し、消費者とどこまで安全性を確認できるのかについて話し合う必要がある。
完全に安全性が担保できる状態になった上でも「福島県産は汚染されている」と指摘されたら、そこではじめて風評被害となる。風評対策の前提は安全性の担保であることを改めて認識する必要がある。その点で初年度は安全性が確実に確認できない状態であったため、噂による「風評」ではなく、生産者にとっても消費者にとっても「実害」であったといえる。
当時と比較して現在の検査態勢は大きくと変わった。1000万袋というコメの全袋検査は世界初の試みである。農地や周辺環境に関しても、大学、民間、自治体、県も測定を実施している。作物の品目ごとの移行係数も実証実験のデータがまとまり、公開されている。どういう品目にリスクがあるのか、あるいはないのかが解明されてきている。
福島県では現状分析がある程度終わり、生産段階での吸収抑制対策に移っている。カリウムを散布するなど放射性物質を吸収しない農業生産対策が実施されている。2013年度はリスクがある農産物は大幅に減少している。測定数値も全てリアルタイムで福島県のHPにあげるので情報操作もない。
問題は福島県以外の汚染地域では同様の対策が取られていない点である。たとえば昨年12月末に他県で100Bqを超える米が発見され出荷制限になった。一方の福島県では米の出荷制限地域はない。もし福島以外の県で汚染度の高い農産物が検出されれば、原発事故現場に近い福島県はもっと危ないとみなされる。福島県だけ検査態勢を整えても意味はない。県を超えて汚染が広がっている状況下では、国の責任で汚染された場所を重点的に検査していく体制をつくるべきである。
◆協同組合間協同で事態を動かす
福島第一原発事故からの2年間、国は、放射性物質対策に関して、何か問題が起きると対策を講じるといった対症療法だけを進めてきた。小手先の対策ばかりを延々と続けていても根本的な解決にはならない。そもそも、現状分析をして、何がどう汚染され損害を受けたのかをはっきりさせるところから始めなければ対策も打ちようがない。
まずは放射性物質の詳細な分布図(汚染マップ)の作成が急務である。それも全県的全国的に取り組まなければ意味がない。汚染度合いが分からないのに効果的な対策をとることは難しい。
福島県では生産者や関係者の努力で、作物ごとにセシウムの移行メカニズムが分かってきた。作物ごとの移行係数が解明され、土壌成分や用水など農地をめぐる周辺環境の状況が分かれば、この先の作付け計画を立てられる。
現在、JA新ふくしまの汚染マップ作成事業に福島県生協連(日本生協連会員生協に応援要請)の職員・組合員も参加し、産消提携で全農地を対象に放射性物質含有量を測定して汚染状況をより細かな単位で明らかにする取り組みを実施している。福島市を含むJA新ふくしま管内は、水田で約25%、果樹園地で約50%の計測が完了しマップを作成している。それに基づいた営農指導体制の構築をも標榜している。
ただし、公的なものではない。今後は、国が主導して、全国のデータを集約し公表する必要がある。
風評被害についても同じことが言える。風評被害とは、適切な情報が消費者に届いていないことが原因で消費者が不安を増大し、福島県産のものは買わないという行動に出ることで生じる。「大丈夫」「福島応援」というキャンペーンだけで購買してもらうには限界があることもはっきりした。消費者へ安心情報を提供するためには、科学的なデータを公表することが必要である。農産物に関する放射性物質汚染対策の根幹は、土壌をはかることにあり、それを広域に網羅した土壌汚染マップの作成が急務だといえる。
JA新ふくしまと福島県生協連の取り組みのような消費者も関わる検査体制づくりとそこでの認証の仕組みを国の政策へと昇華させていくことが必要となる。現状に落胆していても事態は進まない。協同組合間協同をベースとしたボトムアップ型の制度設計と政策提言が求められている。
(写真)
全国の生協組合員も参加して実施された放射能物質の土壌調査(12年9月24、25日JA新ふくしま)
【特集 震災復興と協同組合】
・【座談会】協同の力で農業再建へ 被災地3県の取り組み (13.07.25)
・【現地ルポ】JAいわて花巻(岩手県) 沿岸部の園芸産地化に全力 (13.07.31)
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