【提言】地域と暮らしを守る農業協同組合の挑戦 三重大学招へい教授・石田正昭氏2013年11月14日
・「耕脈」に集落の個性
・大切にしたい「恕」の心
・農政が劣化
・信頼を築く
・原則に立ちビジョンを
・願い実現へ
「地域営農ビジョン」は、営農担当者に任せればよいというものではない。金融担当者を含めて、オールJAで取り組むべきものである。協同組合原則にのっとり、組合員の参加参画型のビジョンづくりには何が重要かを考えたい。そのことが、経済的側面だけではなく、社会的・文化的側面にも配慮した地域営農ビジョンに結実することになる。
◆「耕脈」に集落の個性
現在、私は佐賀平野の一つの藩政村(大字)で「耕脈」の追跡調査をしている。耕脈とは、故西尾敏男氏(元愛知県農業試験場)が人脈、水脈になぞって命名したもので、だれがだれに農地を預けているか、あるいはだれに農作業を依頼しているかを、個人別に調べ上げたものである。
およそ30年前、西尾氏はこの耕脈調査を全国各地で行ったが、私が譲り受けた調査原票に氏名が記載されているのは、佐賀平野のこの藩政村だけであった。その調査原票を頼りに、集落(字)内の耕脈がどのように生き続けているかを調べようとしているのが現在の私である。
大雑把にいえば、集落では集落の耕脈が今も生き続けている。ただし、かつての耕脈とは違った新たな耕脈が生まれている。この藩政村には「上」「下」「西」という3つの集落があるが、「下」の分家筋から生まれた後継者と「上」の農業者が共同で立ち上げた農業法人が60ha規模の農地を集積している。
この法人の社長は「下」出身の後継者である。経営センスが優れていることから長く社長を続けているが、この法人が集積した農地の大半は「上」のものである。今では「上」の水田のほぼ全部がこの法人に集まっている。
社長自身の言葉を借りれば、「われわれも一生懸命、『上』から集めようとした」。
もちろん「下」からの農地集積も多い。「下」のおよそ半分の農地はこの農業法人が集積している。しかし、自作も多く、何軒かの有力農家が残り半分の農地を集積している。彼らは、農業法人と張り合う形になるが、平成19年に始まる品目横断的経営安定対策を機に集落営農組織を立ち上げた。いわゆる枝番方式の集落営農と呼ばれるものであるが、今や集落営農法人への移行が大きな課題となっている。
一方、「西」であるが、「下」と同じように、何軒かの有力農家への農地集積がすすんでいる。しかし、彼らは施設園芸(いちご)に注力していて、水田農業には大きな関心がない。30年前から行われてきたことではあるが、機械の共同利用組織を維持しながら米麦をつくっている。
以上のように、集落には集落の個性がある。この個性は簡単には消せない。集落の農業は単純に「経済」の論理だけで動いているわけではない。構成員の暮らしのあり方、すなわち「社会」のあり方にも大きく影響されるし、人間が自然との応答関係のなかで育んできたもの、すなわち「文化」のあり方からも影響を受ける。
◆大切にしたい「恕」の心
協同組合は、協同組合原則に謳うように、人々の経済的、社会的、文化的なニーズや願いをかなえることを目的としている。そうであるからこそ、集落(字)を単位として、あるいは藩政村(大字)、明治合併村(小学校区=旧村)、さらにはJA支店・営農センターを単位としてつくられる地域営農ビジョンが、簡単につくれるものではないことは確かである。
◆農政が劣化
農業者へアンケート調査を行うと、たいていの場合、その多くが「このまま営農を続けたい」と回答してくる。現状維持志向が強いのであるが、身体が続くかぎり、機械が動くかぎり、今のままを維持したいと考えるのはいわば当然である。
行政庁が行っている「人・農地プラン」に直ちに賛同できないのは、そういう当然の要求を、お金をもって動かそうとしていることである。サラリーマンによくある話であるが、早期退職優遇制度のもと、退職金が積み増されて「辞めろ」と迫られる事態が起こる。その状況とよく似ている。 「人・農地プラン」の立案者は、そういう人の気持ちを考えたことがないのではないか。弱者への思いやり、心配りが欠けている。農政の劣化を指摘せざるをえないが、地域営農ビジョンをつくるJAの役職員たちには、この思いやり、心配りの気持ちを失ってほしくない。
◆信頼を築く
思いやり、心配り、これは孔子の言葉でいえば、「恕」(じょ)の心をもてということになる。「恕」は、思いやり、心配りだけではなく、ゆるすという意味ももっている。しかし、この「ゆるす」というのは、どんなふるまいも許すということではない。五常、すなわち「仁・義・礼・知・信」に照らしてゆるす、ということを指している。
思いやりから発しているか、正義にかなっているか、秩序を乱していないか、正しい知識に基づいているか、信頼関係が成り立っているか、という五常の観点から、人のふるまいを受け入れることを指している。
この「恕」の心は、リーダーをめざす人々に要求される心構えであるが、JAの役職員に要求される心構えでもある。事業の縦割り化が進行するなかで「総合化」の必要性が叫ばれて久しいが、この「総合化」の起点は、いかなる職務にあろうとも、一人一人の役職員が思いやり、心配りをもって組合員・利用者に接することにある。
◆原則に立ちビジョンを
協同組合と(資本制)民間企業の違いをみせつけてくれているのが、生活用品製造卸のアイリスオーヤマと農業生産法人舞台ファームが共同出資で立ち上げた「舞台アグリイノベーション」(本社仙台市)という精米会社である。
報道によれば、この会社は若手大規模農業後継者に対して作付け等の営農指導、全量買付保証をするほか、低価格で肥料等の提供も行い、平成27年には売上げを100億円に伸ばすとしている。
ふるっているのは、すでに北海道から静岡までの広域に連携農業生産法人をもち、連携耕地面積は米が700ha、野菜が100haに及んでいて、これからも契約農家の募集を行うという点である。つまりピンポイントで自社に都合のよい生産者を全国から集め、事業を成功させようとしていることである。仮に成功しても、これでは「力強い農業経営」は実現できても、「元気な地域農業」は実現できない。
この会社には、経済的判断だけしかなく、それをよりどころに事業を展開しようとしている。これは明らかに協同組合がめざすものとは異なる。
◆願い実現へ
協同組合は、本特集号が伝えるように、「そうした経済活動の追求は、商売としては成功するかもしれませんが、それはもはや農村とは言えません。単なる生産工場です。農村は生産の場であり、同時に生活の場でもあるので、農村社会をそうした場にしないためにも、地域の人たちみんなが参加できる農業生産のシステムをつくらなくてはいけない。それこそがJAの役目です」(JAみやぎ登米・榊原勇代表理事組合長)。至言である。
協同組合には協同組合のやり方があって、そのお手本はすでにある。一つは、盛岡市都南につくられた「農事組合法人となん」である。参加農家は約900戸、経営面積は900haを超える日本最大級の農事組合法人である。詳細は本紙平成25年3月22日号を参照されたいが、この組合の設立に尽力し同法人の組合長に就いたのは、JAいわて中央の前代表理事専務にして現理事の熊谷健一氏である。
熊谷組合長は、「この地域で豊かに住み続けるには、野菜づくりなどの農業のほか、食文化の伝承や食農教育、環境保全活動など『幸福な集落づくり』が必要になる」、そのためにも「農村の共同活動にみられる結いの精神で、地域のみなさんの生きがい、幸せな生活をつくる法人をめざしたい」と結んでいる。
もう一つのお手本は、本年9月に熊本県のJA菊池管内の大津町で誕生した、参加農家286人、経営面積273haの農業生産法人「ネットワーク大津(株)」である。この会社の設立に尽力したのは、JA菊池の大津支所担当理事の徳永浩二社長である。詳細は日本農業新聞平成25年9月30日号を参照されたいが、注目すべきは「集落ごとに『持ち株会』をつくり、取締役を選出」し、「出資金は、各集落が保有する農業機械を新法人が買い上げることで確保」したことである。実にうまい、これが実感である。
これらはともに地域リーダーであるJA理事が動いている事例であるが、そこでは「経済的、社会的、文化的なニーズや願いをかなえる」という協同組合原則が忠実に守られている。同じ大規模経営であっても、協同組合と(資本制)民間企業とではこれだけの違いがあるという証明になっている。
元気な地域農業は、2割の主業的農家を糾合すればつくれるというものではない。残り8割の副業的農家や自給的農家を糾合し、かつファーマーズマーケットや食農教育などを活用しながら彼らが表に出てくるようにする必要がある。本特集号はその姿を生き生きと伝えている。
同時に、次代につなぐ地域営農ビジョンとするには、若手農業者の参加参画が重要である。彼らをスリーピングメンバー(物言わぬ構成員)にしない仕組みづくりが肝要である。JAに期待するところは大きい。
【略歴】
いしだ・まさあき
1948年東京都生まれ。東京大学大学院農学系研究科博士課程終了、農学博士。専門は地域農業論、協同組合論。1988年日本農業経済学会賞、2001年日本農業経営学会賞学術賞を受賞。第24回JA全国大会議案審議専門委員会委員、JA全中・生活活動研究会座長、同くらしの活動強化推進委員会委員、家の光文化賞審査委員などを務める。
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