改めて問う 誰のための農協「改革」か 田代洋一・大妻女子大学教授2015年2月10日
・二者択一を跳ね返せ
・中央会の社団法人化
・中央会監査
・准組合員の利用制限
・事業連合会の株式会社化
・理事の資格
・岩盤崩しの真の意味
政府・自民党は農協改革の骨格を2月9日に決めた。焦点となった全中の監査機能と中央会のあり方、准組合員問題では准組合員の利用制限導入は見送ったものの、監査について公認会計士監査との選択制導入と全中の一般社団法人化の方向などが盛り込まれた。そのほかにも単協の理事構成や営利規定の見直しなどの農協法改正が行われる。今後の問題は何か。田代洋一・大妻女子大教授に緊急寄稿してもらった。
◆二者択一を跳ね返せ
官邸は、法案の閣議決定を前に、農協陣営を「全中廃止か准組合員の利用制限か」の二者択一に追い込んだ。准組合員の利用制限は農協事業を破綻させる。経済事業体である農協は准組合員利用制限という実利に弱い。あれかこれかになると、経済事業体ではない中央会は孤立させられる。統一地方選をおもんばかって県中は連合会として残るとなると、全中だけが孤立させられる。しかし全中と言うナショナルセンターを奪われた農協陣営は、系統農協としての組織力を失い、早晩、各個撃破され、守るはずの実利も守れなくなる。
政権は集団的自衛権行使容認をはじめ、閣議で全てを決めようとしている。しかし今回はその閣議決定を延ばさざるを得なかった。そして閣議決定したとしても、法を決めるのは国会である。先の衆院選では多くの候補者が農政連と政策協定を結んだ。党議拘束をかけるだろうが、一人一人の議員の言動が厳しく問われることになる。その前に農協陣営が二者択一という権力の深謀遠慮の前に崩れてしまったらお話にならない。
これ以外にも農協法改正は重要な論点を含んでいる。「二者択一」はそれらを覆い隠す役割も果たしている。法案骨子が示されたところで、その全貌をみる必要がある。
(写真)
田代洋一・大妻女子大学教授
◆中央会の社団法人化
中央会は二つの面をもっている。第一の面は上意下達的な官製組織の面だ。もう一つは単協(一次組織)が自らを補完させるべく組織した連合会(二次組織)の面だ。1954年農協法改正は第一の面をつくったが、その下での実践を通じて、第二の面が実態的に育ってきたのが今日の中央会である。第一の面については農協「自己改革」も返上することにした。しかるに農協「改革」は、第一の面が単協の経営の自由を阻害しているという口実で、中央会の連合会的な面まで葬ろうとしている。しかし連合会は協同組合自らがつくるものであり、権力や法が勝手に改廃できるものではない。
県中だけは連合会として残すようだが、単協=協同組合、県中=連合会、全中=社団法人では、木に竹を接ぐものであり、その本心は当面は県中と全中を分断し、さらには系統組織をずたずたに切り裂くことである。
54年改正で県中や県中参加単協は全中に当然加入することとされた。その理由は「全国的統一活動を可能ならしめる」点にあった(国会提案理由)。当然加入は協同組合の加入脱退の自由に反し、改めるべきだが、「全国的統一活動」の必要は今も変わらない。それに対して反TPPのための「全国的統一活動」するのはけしからん、というのが今回の「改革」だ。
全中を廃止したら独禁法適用除外も外され、全国統一した生産調整等も不可能になる。
◆中央会監査
中央会監査は、株式会社の外部監査にはるかに先立ち、1924年の産業組合監査部にさかのぼり、自治・自主の監査として、強制権をもった産業組合監査連合会を経て、今日の中央会監査に引き継がれ、さらに各県間の統一、監査の独立性を高めるために全国監査機構として整備されてきた。
その監査機能を中央会から切り離して監査法人化し、公認会計士監査との選択制にする案が検討されている。
しかしこれまで農協が培ってきた会計と業務の両方に対する監査と、営利企業の財務諸表のみを監査する公認会計士監査とでは、目的や内容が異なり、そもそも「選択」がなりたたない。「選択」の如何で監査の基準や内容が異なったのでは農協として困る。
そこでいずれ公認会計士監査に一元化されれば、経営の自由や経費節減の真逆になる。一例をあげれば、不採算部門の切り捨て、減損会計の機械的適用の強化により、総合農協を存立困難にするだろう。
(写真)
1月22日の自民党農協改革等法案検討PTのようす
◆准組合員の利用制限
准組合員の利用を制限されたら事業量が減る。総事業量が減ると、その20~25%に制限されている員外利用量も当然に縮減される。こうして二重の事業量削減になり、准組合員の利用を開拓してきた単協ほど破綻に追い込まれる。単協の事業量減に連動して全農、中金、全共連の事業量も減ることになる。
これまで認められてきた員外利用を、正当な理由も、しかるべき補償もなしに法的に制限し、制度倒産に追い込むことは、権力による営業妨害以外の何ものでもない。
「地方創生」を標榜しながら、地域住民の利便性を奪うことにもなる。代わりに量販店が進出するので問題なし、とでもいうのだろうか。いったい誰のための農協「改革」か。
法改正は、「営利を目的としてその事業を行ってはならない」という非営利規定を削り、「組合員及び会員のために最大の奉仕をすること」を目的とし、その達成のため「利益を上げ、投資や利用高配当に充てる」とする。
しかし具体的な事業展開にあたって、「組合員への最大の奉仕」と「利益を上げる」ことは必ずぶつかる。「奉仕」は期中にコストをかけて行うことだが、「利益を上げる」は、期中コストをいかに節減し、期末にどれだけ「利益」を残すかだからである。
「利益をあげる」とは要するに営利追求である。営利企業化となれば、公取は独禁法適用除外の見直しを迫るだろうし、財務省は法人税軽減措置の見直しを迫るだろう。営利企業には公認会計士監査がふさわしい。公認会計士監査は「利益」削減につながる全てを禁じることになる。「蛇(じゃ)の道は蛇(へび)」、小蛇の次には大蛇が出てくることに思いを致すべきである。
◆事業連合会の株式会社化
全農・中金・全共連を株式会社化「できる」規定を置くとされている。農協出資、株式譲渡制限等をかけるから問題ないと説明されているが、そのような規制について在日米国商工会議所が黙っていないことは、これまでの経過に明らかだ。早晩、出資・譲渡制限は外され、外資にも開放されることになる。アメリカ金融資本が日本の個人貯蓄を狙っていることは郵貯等でも既に明らかだ。 全農の株式会社化は当然に独禁法の適用除外を受けられなくなる。農水省は、独禁法違反になるかは市場シェア等によりけりとしたそうだが、共販や共同購入の割合を高める努力自体が独禁法違反を招くとなれば、事業展開の芽はつまれてしまう。
◆理事の資格
認定農業者と農産物販売・経営のプロを過半にするという。今日では株式会社も農地を借りて認定農業者になることができる。
認定農業者である農業生産法人の役員に株式会社の人間がなることもできる。「農産物販売・経営のプロ」が誰を指すのか、法律にどう書けるのか不明だが、少なくとも農業者ではなさそうだ。そうなると理事の過半が農業者以外によって占められ、農協は内部から営利企業化していくことになる。
理事は地域代表として農協と地域を結んできた。その理事の性格が変わると、農協は地域から切り離されてしまう。地域密着業態としての農協の命取りだ。
◆岩盤崩しの真の意味
法改正は、単協の経営の自由や農業所得の増大の真逆であり、農協の経営を破たんさせ、企業の農村進出をしやすくするための法改正に過ぎない。そもそも口火を切った規制改革会議のメンバーは、農業・農協関係者はゼロで、財界人や新自由主義者のみからなる。
そしてその背後には前号で指摘したように在日米国商工会議所がいる。農協「改革」は日米財界の意向を官邸と農水省が取り次いでいるに過ぎない。「岩盤規制の撤廃」というが、それは日米財界が農業参入するための規制撤廃であり、農協には准組・員外利用規制など致命的な規制強化である。
農協「改革」は「今後5年間を農協改革集中推進期間」としているが、これはダテではない。規制改革会議が当初に掲げた全ての項目を5年の内には実現するという「5年戦争」の宣戦布告だ。今はその緒戦である。ここで結束して踏ん張らないと後がない。
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