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緊急提言 改正農協法が成立 誰も真から賛成できなかった法案2015年9月11日

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“数の力”利用異論を封殺地域密着の協同を守れ
田代洋一・大妻女子大学教授

 全中を一般社団法人化することがなぜ単協の独自性を発揮させることになるのか、それがなぜ農業所得の増大に結びつくのか? そもそも中央会が単協の自由度を阻害しているという事実はあるのか? 国会審議ではついぞ明らかにされず、何のため誰のための農協法等の改正なのか、かえって疑念を増すばかりだった。が、8月28日に国会で成立した。これからどう対応すべきか。田代教授に緊急に提言してもらった。

prop1509110603.jpg 「これほど賛成案がでない改正案は初めてです」。これは反対した共産党の発言である。「本法案、審議すれば審議するほど疑いばっかり出て、不安ばっかり出てきたんですよ。だから委員会の審議の中で、誰一人賛成と言った議論をしたことはない」。これは賛成に回った維新の党の発言だ。
 参考人に呼ばれた私は、廃案相当と結論したが、それに対して公明党は「多少シンパシーを感じながら、私も与党なものですから、この法案を成立させていかなくてはならないという立場にあるものですから」とおっしゃる。そういう与党に対して、本会議で維新の党は、「あなた方は、この法案を推進し、賛成するはずの立場ですが、どうしてその旨をこの本会議で討論し、意見開陳しないのか」と不満をぶつけた。確かに権利がありながら発言せず、投票だけするのは民主主義に反する。そもそも良識の府であるべき参院で党議拘束すること自体が矛盾だ。


◆問答無用で民主主義の死

prop1509110602.jpg 要するに参院では表立った賛成の声はなかった。にもかかわらず法案は通った。ただ数の力だけで。安倍官邸は、多数の力を利用して、安倍が政権を降りても後戻りできない日本の形を作ってしまうつもりだ。TPPしかり、安保法制しかり、農協法等改正しかり。問答無用。そこでは議論は死んでいる。それは民主主義の死である。
 改正のきっかけはアベノミクスと安倍の逆上だが、震源は在日米国商工会議所(ACCJ)にある。曰く、①農協の金融事業を金融庁規制下の金融機関と同等にすべし、②それが確立されないなら、准組合員の利用、員外利用、独禁法適用除外を見直すべし。法案は、①を公認会計士監査への移行という形で忠実に実現し、あまつさえ②の准組利用も「規制の在り方」について5年間調査し結論を得る、とプレゼントした。ACCJの要求は「あれかこれか」だったが、改正法は「あれもこれも」とおまけを付けた。
 改正は米国金融資本の所得増大であって、首相が口を極めて強調する農業所得の増大とは何の関係もない。生産調整廃止やTPPで農業所得を減らしつつ、その責任を農協に転嫁する「責任転嫁法」が本質だ。


◆収益と剰余は両立しない

 准組利用について5年間調査して結論を得るというが、何を調査するのかはこれから決めるという。これでは単協は、どう「改革」すればいいのか全く分からない。まるで学生に対して、ともかく答案を書け、問題は後から出す、と言っているようなもので、完全に「後出しじゃんけん」である。同業他社が多ければ農協は要らないという論理のようでもあるが、同じ部門で株式会社と協同組合がサービスを競うのが市場社会のあり方である。政府は調査項目、その調査結果と准組利用規制との因果関係を早急に明示すべきである。
 改正法は非営利規定を削除して「高い収益性を実現」せよという。他方で剰余金処分の規定は残す。しかし「収益」と「剰余」は全く意味が異なる。「収益」はそれ自体が「目的」であり、「組合員への奉仕」もコスト計上して極力削減することになる。それに対して「剰余」は、組合員に最大限に奉仕をした後になお残る「結果」である。たとえば米価下落に補てん金を出すことは、組合員への奉仕だが、「収益」から見ればコストだ。
 改正前農協法は、結果としての剰余は認めたが、目的としての「営利追求」は否定した。そういう全く正反対の概念を同居させることは法の論理破綻である。「高い収益性の実現」は、農協を協同組合から営利企業に変質させる原点になっていくだろう。


◆理事構成への介入はやめろ

 理事の過半を認定農業者や販売・経営のプロにしろというのも問題である。農協は政府機関でも補助金団体でもない。自治と自立の組織である。そういう組織に対して、農業所得の増大という特定の政策目的(それ自体が偽りだが)で、その役員構成に事細かく介入するのは不当介入である。政府は規制緩和を大原則にしているが、過剰規制もいいところだ。
 農協は地域密着業態である。地域代表としての理事が、地域と農協経営の間を結ぶことによって農協経営は成り立つ。理事構成への過剰介入は、全ての地域が理事を出すことを妨げる可能性をもつ。それは法律と政府による営業妨害である。
 農協法改正等に追い詰められるかたちで、地域ではさらなる農協合併、ひいては1県1農協化も取りざたされている。農協が、広すぎる合併で地域から離れてしまったのでは元も子もなくなる。窮余の策として、合併よりも信用事業等を代理店化する道も選択肢に入れざるを得なくなるかもしれない。


◆会計監査費用出所明らかに

 選択の鍵になるのが、公認会計士監査費用の「実質的な負担」と代理店手数料である。附則は「実質的な負担が増加することがないこと」としたが、その内容が国会論議で明らかにされなかった。分厚い法案の附則を点検すると、農協の負担軽減可能性があるのは、農水産業協同組合貯金保険法の改正による「納付された保険料の一部を変換することができる」規定だ。「実質的な負担の軽減」はこの辺りを指すのか、そうだとすればこれはペイオフ対策なので、今度はそちらが疎かにならないか。これらの点について国会は詰めるべきだ。農林中金の手数料についても国会で追及すべきだ。


◆農業委員会の机上委員会化

 農業委員会についても、選挙制を選任制にし、定数を半減して農地利用最適化推進委員にふりかえる。首相は「農業委員は名誉職になってしまっている」との意見を鵜呑みにしているが、そういう誤った認識で、地域の農業者の代表であるという農業委員の命、それに基づく建議機能を奪おうとしている。法律の文言とは裏腹に女性委員を増やす努力も水をさされる。 国会論議を聞いていると、どうやら、地域で「活動」するのは推進委員であり、農業委員は地域活動からは遠ざけて、法定業務を審議するだけの「机上委員会」に祭り上げてしまう魂胆のようだ。それでは、これまで築き上げてきた農地の地域自主管理のシステムは維持できない。
 農業生産法人も、農地所有適格法人に名称変更して「地域に根ざした農業者の共同体」というこれまでの政府見解を覆した。そして法人の要件緩和で、企業による法人支配、農地所有権取得に道を開き、財界要求に応えようとしている。
 こんな内容では誰も賛成できないのは当たり前だ。とはいっても法は法である。

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◆稀代の悪法を換骨奪胎せよ

 准組合員については5年の間に彼らが実質的に農協の運営・経営に参加できる具体的な道を真剣に探る必要がある。そのうえで准組合員にも一定の議決権・選挙権を付与できるような態勢を整える必要がある。
 要は正組合員(農家)と准組合員(非農家)とが階層利害を越えて地域の食と農を議論できる状況を創り出すことだ。農協理事や農業委員等については、これまでのような大字(藩政村)単位は無理だとしても、例えば明治村・昭和村単位といった何らかの地域代表性を確保できるような工夫が求められる。
 剰余金の配分をめぐっても、出資配当のみとするのか、事業分量配当も加味するのか、議論する必要がある。政府は事業分量配当を厚くすることが正組合員利益になると考えているようだが、実は出資金の8割は正組合員が占める。その意味では出資配当することが正組合員の利益を損なうわけではない。
 中央会、連合会の扱いも問題だらけだが、それについては別の機会に譲る。当面は農協系監査法人の内実をどう固めるのか、全国の単協が、一般の公認会計士や監査法人でなく、農協系のそれを選択し、全国統一した基準での監査水準を確保しつつ、破綻防止体制を再構築する必要がある。
 農協監査は監査費用の相互扶助体制でもあった。公認会計士監査では、問題をかかえる単協ほど監査費用がかさむ。これまでの賦課金を通じた相互扶助をどう活かしていくのかも課題だ。
 農業団体が営々と積み上げてきた知恵を活かして、稀代の悪法を換骨奪胎し、地域に密着した農協、農業委員会の真実を追求すべき時である。

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