【緊急寄稿】生乳流通見直し問題 指定団体廃止は間違い2016年4月4日
東京大学教授鈴木宣弘
政府の規制改革会議農業WGは3月31日、▽すべての生産者が生産数量・販売ルートを自らの経営判断で選択できるよう、補給金交付を含めた制度面の制約・ハンディキャップをなくす、▽指定生乳生産者団体を通じた販売と他の販売ルートとの間のイコールフッティング確保を前提とした競争条件を整備するため、「現行の指定生乳生産者団体制度を廃止する」との提言をまとめた。これに対して「指定団体廃止は間違い」と東京大学の鈴木宣弘教授は批判する。規制改革会議の農業・農協改革論全体の問題も改めて認識する必要がある。
◆狙われていた指定団体制度
農協の株式会社化の議論が出てきたとき、私は、これは農協の共販に対する独禁法の適用除外をやめさせて大手小売などが農家との個別契約化を進めて農産物をさらに買いたたこうとするもので、指定団体制度「こそ」狙われているとの認識を早くから提示したが、農協改革は総合農協の議論だから直接の影響はないとの意見が多かった。やはり、その認識は甘かった。
◆指定団体廃止の理論的な間違い
生乳市場では、経済学的にも、規制緩和は正当化されない。規制緩和が正当化されるのは、市場のプレイヤーが市場支配力を持たない場合であり、市場支配力を持つ市場では、規制緩和が不公正な価格形成を助長する。
今でも小売に「買いたたかれ」ているのに、「対等な競争条件」の実現のために、生産者に与えられた共販の独禁法適用除外をやめるべきだという議論は、今でさえ不当な競争条件をさらに不当にし、小売に有利にするものであり、市場の歪みを是正するどころか悪化させる、誤った方向性であることを改めて認識しないといけない。逆に、大手小売の「不当廉売」と「優越的地位の濫用」こそ、独禁法上の問題にすべきである。
我々の試算では、我が国では、メーカー対スーパーの取引交渉力の優位度は、ほとんど0対1で、スーパーがメーカーに対して圧倒的な優位性を発揮している。一方、酪農協対メーカーの取引交渉力の優位度は、最大限に見積もって、ほぼ0.5対0.5、最小限に見積もると0.1対0.9で、メーカーが酪農協に対して優位である可能性が示されている。
このように、指定団体制度による共販が行われていても生産者が「買いたたかれ」ている現状があるのに、それを壊したら、事態はさらに悪化する。
◆英国は大手が市場支配 手取り乳価低迷に拍車
その結果何が起こるかは歴史が証明している。独禁法の適用除外組織として英国の生乳流通に大きな役割を果たしてきた英国のMMB(ミルク・マーケティング・ボード)解体後の英国の生乳市場における酪農生産者組織、多国籍乳業、大手スーパーなどの動向は示唆的である。MMBが1994年に解体された後、それを引き継ぐ形で、任意組織である酪農協が結成されたが、その酪農協は酪農家を結集できず、大手スーパーと連携した多国籍乳業メーカーとの直接契約により酪農家は分断されていった。
酪農協からの脱退と分裂が進んで市場が競争的になっていく中で、2000年に欧州大陸の乳製品価格が高騰した当時でも、英国の乳価のみが下落を続け、余乳の下限下支え価格であるIMPE (EUのバター、脱脂粉乳介入価格見合い原料乳価)水準にほぼ張り付くようになった。メーカー直接取引量は、2009年には英国の全生乳の70%を超えるまでに増えた。大手スーパーのさらなる寡占化の進行と、それらと独占的な供給契約を結んでいる多国籍乳業メーカーの市場支配力の増大の結果である。
MMBの独占性を問題視してこれを解体したが、その結果、大手スーパーと多国籍乳業の独占的地位の拡大を許し、結果的に、酪農家の手取り乳価の低迷に拍車をかけたことは競争政策の側面からも再検討すべきと思われる。つまり、一方の市場支配力の形成を著しく弱めたことにより、カウンターベイリング・パワー(拮抗力)を失わせ、パワーバランスを極端に崩してしまったのである。
このような政策は著しく公平性を欠くと言わざるを得ない。大手スーパーと多国籍乳業の独占的地位の濫用にメスを入れずに、生産者サイドの独占を許さないとしてMMBを解体し、独占禁止法上の例外規定も有しない協同組合に委ねたことが、大手スーパーと多国籍乳業の独壇場につながった。「対等な競争条件」にして市場の競争性を高めるというのは単なる名目で、実際には、まったく逆に、生産者と小売・乳業資本との間の取引交渉力のアンバランスの拡大による市場の歪みをもたらしたのである。日本で、同じことが画策されている。
◆TPPを見越した多国籍乳業に注意
多国籍乳業の行動について、英国での動向から次の点が示唆される。
まず、我が国でも、TPP交渉などの進展を先取りし、酪農家への技術協力などの支援から始まり、酪農家を個別に取り込んでいく、将来的な直接契約を視野に入れた動きが出てくると予想される。乳製品は本国から輸入しつつ、飲用乳については、日本国内の生産で、近隣のアジア諸国も含めて販売するビジネスが成立するからである。すでに、流通大手との連携も進んでおり、今後、国内の既存の乳業メーカーとの提携は、買収といった動きにも転換していくだろう。そういう流れからも、指定団体制度はじゃまなのである。
また、MMJ(Milk Market Japan)のような取引は、指定団体制度によって安定した乳価形成と取引があるから、それをベースにして独自ブランド牛乳を売りたいといったような酪農家の個別要求に応えるビジネスとして、役割分担して「共存」できるのであり、指定団体制度がなかったら、MMJ的ビジネスは成立しないということを考える必要がある。
◆対照的なカナダ 価格形成「3方よし」
2014年9月のバンクーバー近郊のスーパー店頭の牛乳1リットル紙パック乳価は3ドル(約300円)で、日本より大幅に高かった。しかし、カナダの消費者の多くが、私の研究室の学生のアンケートに「米国の成長ホルモン入り牛乳は飲みたくないから、カナダの牛乳を支える」と回答した。
カナダでは、制度的支えの下での「州唯一の独占集乳・販売ボード(MMB)、寡占的メーカー、寡占的スーパー」という市場構造に基づくパワーバランスによって、生・処・販のそれぞれの段階が十分な利益を得た上で、最終的には消費者に高い価格を負担してもらい、消費者も安全・安心な国産牛乳・乳製品の確保のために、それに不満を持っていないのである。つまり、「売り手よし、買い手よし、世間よし」の「3方よし」の価格形成が実現されているのである。そのためには、TPPで断固たる対応が必要になり、カナダはそれを押し通した。
我が国のように、「今だけ、金だけ、自分だけ」の「3だけ主義」に陥り、買いたたいて生産者にしわ寄せをしていると、みんなで泥船に乗って沈んでいくことを気づく必要がある。これ以上、生産者が苦しくなって生産が減ってしまったら、最後には、流通業界もビジネスができなくなるし、消費者も国産の牛乳が飲めなくなる。そうなってからでは遅いことを、国民が、いまこそ認識すべきときである。
それにしても、規制改革会議という法的位置づけもない諮問機関に「3だけ主義」の仲間だけを集めて、一部の利益のために国の方向性を一方的に勝手に決めてしまう流れは不公正かつ危険極まりなく、これ以上の暴走を許すわけにはいかない。
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