農政:時論的随想 ―21世紀の農政にもの申す
(101)「大綱」で日本農業は再生産可能になるか?2015年12月9日
最初に、政府のTPP総合対策本部が2015年11月15日に決定した「総合的なTPP関連政策大綱」から、米・麦について記述されている対策を紹介しておこう。「3 分野別施策展開」のなかの(1)農林水産業の[2]経営安定・安定供給のための備え(重要5品目関連)にある文章で、最初に“関税削減等に対する農業者の懸念と不安を払拭し、TPP協定発効後の経営安定に万全を期すため、生産コスト削減や収益性向上への意欲を持続させることに配慮しつつ、協定発効に合わせて経営安定対策の充実等の措置を講ずる”と前書きした上での記述である。
◆影響は回避できるのか
「○米 国別枠の輸入量の増加が国産の主食用米の需給及び価格に与える影響を遮断するため、消費者により鮮度の高い備蓄米を供給する観点も踏まえ、毎年の政府備蓄米の運営を見直し(原則5年の保管期間を3年程度に短縮)、国別枠の輸入量に相当する国産米を政府が備蓄米として買い入れる。
○麦 マークアップの引き下げやそれに伴う国産麦価格が下落するおそれがある中で、国産麦の安定供給を図るため、引き続き、経営所得安定対策を着実に実施する。」 米の国別枠とは米国枠と豪州枠であり、発効当初の3年間は5万トンと0.6万トン、以降漸次増やしていって13年目以降は7万トンと0.84万トンのSBS特別枠をつくるというのが合意案である。それと同量の国産米を備蓄米として政府が買い入れ、輸入量が増えても主食用米市場流通量が増えないようにするから、"国産の主食用米の需給及び価格に与える影響を遮断する"ことができる、というのである。輸入米相当量の備蓄用国産米買上げなんかで、そんなことができるのだろうか。
◆備蓄見直しに疑問
今、政府米の備蓄は、100万トンを適正備蓄水準として運用されている。10年に1度の不作(作況92)や、通常程度の不作(作況94)が2年連続した事態でも国産米で対処できる水準として決められたものであり、毎年播種前契約で約20万トン買入れる。その備蓄米を売却するのは不作の年だけであり、通常は持越す。そして5年経った持越米から飼料用・加工用として売却することにしている。主食用米としては売らない。
その備蓄米運営方針を変更して、今は5年経った持越米を飼料用等に売ることにしているのを"消費者により鮮度の高い備蓄米を供給する観点も踏まえ"て3年にするということは、備蓄米を主食用米として売ることを考えてのことなのだろうか。また、今は播種前契約で毎年買っている約20万トンにプラスして、新規輸入量相当分を備蓄米として買う、つまり、発効当初の3年間は25.6万トン、13年目からは27.84万トンを備蓄米として買うということなのだろうか。
そうだとすれば、始まって3年後からは毎年8.5万トン~9.3万トンの備蓄放出米が主食米市場に流れ込むことになり、米価低落に導くことになろう。絶対に"国産の主食用米の需給及び価格に与える影響を遮断する"ことにはなり得ない。
それでは"農業者の懸念と不安"は、"払拭"されないであろう。それは水田フル活用政策の持続性・安定性に疑問を抱かせ、ひいてはようやく飼料用米生産に本格的に取り組み始めた生産者の経営意欲を削ぐことになろう。転作政策の主柱になりつつある飼料用米生産については、その農政のあり方に反対する財政制度審議会が11月4日に助成削減を提言しているし、それを受けて"財務省側は転作助成の予算圧縮を要求、(農水、財務)両省の間で激しい綱引きが続いている"(11・26付日本農業新聞)。農政当局が飼料用米への取組みを後退するような気配をみせたらお仕舞いである。
◆財源確保が最大課題
麦は、今の国家貿易制度が維持されるとともに枠外税率も変えないが、問題は枠内にかけている事実上の関税といっていいマークアップを9年目までに45%にするというTPP合意である。
現在、小麦で上限1kgあたり45.2円、大麦で28.6円のマークアップは年間で約800億円になるが、それが経営所得安定対策の財源になっている。マークアップの45%低減は輸入麦の価格低下となり、当然、国産麦類価格にも影響するが、最も心配なのは所得安定対策の財源半減である。財務省の転作助成予算圧縮の要求も無論、経営所得安定対策予算に関係している。"協定発効に合わせて経営安定対策の充実等の措置を講ずる"とTPP総合対策本部は胸を張って言っているが、それが本当だとすれば、何故財務省の予算圧縮要求を押さえないのだろう。政府としての取り組みに疑問を持たざるを得ない。
というように、最も基幹的な米・麦についてすらTPP合意に伴ってとろうとする対策はその実効性が危ぶまれる。到底"再生産可能となる"ことを確信させる対策とはいえない。"適切な施策をとることで再生産可能になればいいんだ"というのが政府・自民党の逃げ口上だったが、それすらもなっていないということである。国会での議論に期待したい。
重要な記事
最新の記事
-
シンとんぼ(123) -改正食料・農業・農村基本法(9)-2024年12月21日
-
みどり戦略対策に向けたIPM防除の実践 (40) 【防除学習帖】第279回2024年12月21日
-
農薬の正しい使い方(13)【今さら聞けない営農情報】第279回2024年12月21日
-
【2024年を振り返る】揺れた国の基 食と農を憂う(2)あってはならぬ 米騒動 JA松本ハイランド組合長 田中均氏2024年12月20日
-
【2025年本紙新年号】石破総理インタビュー 元日に掲載 「どうする? この国の進路」2024年12月20日
-
24年産米 11月相対取引価格 60kg2万3961円 前年同月比+57%2024年12月20日
-
鳥インフルエンザ 鹿児島県で今シーズン国内15例目2024年12月20日
-
【浜矩子が斬る! 日本経済】「稼ぐ力」の本当の意味 「もうける」は後の方2024年12月20日
-
(415)年齢差の認識【三石誠司・グローバルとローカル:世界は今】2024年12月20日
-
11月の消費者物価指数 生鮮食品の高騰続く2024年12月20日
-
鳥インフル 英サフォーク州からの生きた家きん、家きん肉等 輸入を一時停止 農水省2024年12月20日
-
カレーパン販売個数でギネス世界記録に挑戦 協同組合ネット北海道2024年12月20日
-
【農協時論】農協の責務―組合員の声拾う事業運営をぜひ 元JA富里市常務理事 仲野隆三氏2024年12月20日
-
農林中金がバローホールディングスとポジティブ・インパクト・ファイナンスの契約締結2024年12月20日
-
「全農みんなの子ども料理教室」目黒区で開催 JA全農2024年12月20日
-
国際協同組合年目前 生協コラボInstagramキャンペーン開始 パルシステム神奈川2024年12月20日
-
「防災・災害に関する全国都道府県別意識調査2024」こくみん共済 coop〈全労済〉2024年12月20日
-
もったいないから生まれた「本鶏だし」発売から7か月で販売数2万8000パック突破 エスビー食品2024年12月20日
-
800m離れた場所の温度がわかる 中継機能搭載「ワイヤレス温度計」発売 シンワ測定2024年12月20日
-
「キユーピーパスタソース総選挙」1位は「あえるパスタソース たらこ」2024年12月20日