農政:どうするこの国のかたち
どうみる参院選結果 農村で"地殻変動" 農政への不信高まる(下)2016年7月22日
“東北の風”を西日本、全国へ政治変革はモノ言う農民から
政治評論家・森田実氏
元農水大臣・山田正彦氏
横浜国立大学・大妻女子大学名誉教授田代洋一氏
今回の参議院選の結果は、自・公の政権与党が3分の2を占め、憲法改正に必要な議員数を確保した。一方で、「一人区」は、国の農業政策に不満が高まっている東北は与党離れが進み、野党統一候補が軒並み議席を確保し、農民票の″地殻変動”を予想させる動きがあった。こうした選挙結果をどう見るか。政治評論家の森田実氏、元農水大臣の山田正彦氏に対談してもらった。(司会は大妻女子大学・田代洋一名誉教授)
◆主権国家共生の道を
森田 元首相の福田赳夫が農相の時、「誰よりも誰よりも農民を愛す」と言ったが、当時のすべての政治家の気持ちだったのだろう。
TPP交渉で思い出すのは、戦後の日米関係だ。太平洋戦争のポツダム宣言では、その第12項で平和的・民主的政権ができたら占領米軍は日本から撤退するとなっていた。これをアメリカは踏みにじった。第1次安保条約のとき、直接交渉に関わったのは吉田首相を含めてわずか4人。全部秘密主義で、国民には知らせなかった。いかに日米第1次安保は酷かったかということだ。
かつて日本の政治家は独立の気概を持っていた。それは地方を大事にするということであり、そのころ自民党は強かった。地域に根を張っていたのだ。新自由主義のサッチャー、レーガンの登場で流れが変わり、最近まで40年近く続いている。それがいま崩れかかっている。アメリカのトランプ氏の登場、それにイギリスのEU離脱で、この1世紀余り世界をリードしてきた米国が変わり始めた。オバマ大統領は来年1月で任期が終わる。70年代に始まった新自由主義の終焉の時が迫っている。
オバマ大統領が最後に強権発動すれば別だが、TPP批准の目はないだろう。安倍首相が批准に急ブレーキをかけたのはアメリカの動きを見ずに先走りしたら恰好がつかないと判断したからだろう。
山田 今年の暮れに解散総選挙があっても、安倍政権はTPPを争点にはしないだろう。ところでイギリスの離脱だが、あの判断はあれで正しいと思う。まさに新自由主義の終焉だ。税制すら自分で決められないのはおかしい。これからは主権国家としてみんなが共生できるようにしようという流れに変わった。
田代 やはり主権国民国家が大切だということだ。ところでTPP批准はオバマ大統領の強行はないだろうが、安倍首相はやりかねない。この秋から冬にかけて安倍政権がどう出るか。日本だけ批准して、2階に上ってはしごを外されることにもなりかねない。
山田 TPP協定の内容には問題が多い。その一つに食品の表示問題がある。国産の表示をしていたが、WTOのパネルに訴えられ、WTOの2章1条に反しているとして敗訴。今では国産の表示ができなくなった。
TPPでは8章6条でその規定を採択している。日本も国産、産地の表示ができなくなるのではないか。そもそもWTOもTPPも非表示にするのは貿易促進のためだから、国民の健康についてはまったく考えていない。国民をだましている。
結局、可能な表示は産直の店における産地の表示、生産者の表示、化学肥料を使っていないことの表示くらいになるだろう。地理的表示はWTOで認められている。しかし一般的に広く通用していることが条件で、それも各国のSPS委員会で決めることになっている。そうすると一般の産地表示もできなくなる恐れがある。
こうした事実を国民は知らない。TPPに詳しいアメリカの国際コンサルタントのトーマス・カトウ氏によると、TPP発効になって7年後には国産の産地表示ができなくなる。また米を含めて農畜産物の関税は撤廃されると言う。政府は影響ないと言っているが、うそをついている。アメリカで自動車工業会の会長から直接聞いたが、米の関税を撤廃しないと自動車もしないという。自動車は25、30年先だが、米は7年後の再交渉で関税を含めて撤廃を義務付けられている。
一方、ネットですでにベトナムのコシヒカリが10万t入っている。これは大変なことだということを、東北の農民は直感していた。
◆TPP議論をもっと
森田 秋からの国会で本格的な議論になるだろうが、これは農業だけの問題ではない。地方自治の公共事業も協定を読むと、入札の過去の実績で資格を決めてはならないとなっている。
田代 そういうことを国民が少しでも知り、主権が侵害されているということが実感としてわかると、安倍政権は選挙をやれないだろう。
森田 問題は民族国家の政府の権限を民間大企業によってこわすという究極のグローバリズムだ。民族国家をなくそうとするのはアメリカの傲慢だ。日本政府も、日本はアメリカの属国と思い込んでいるようだが、それでいいのか。主権までアメリカにゆだねて属国として生きていいのか。独立国の意識をもって議論する必要がある。さもないと日本は生きていけなくなる。
田代 国会ではTPPを本格的に議論していない。批准めぐっては論戦が必要だが、そうした議員がいなくなるのは問題だ。議論をまき起こし、国民に問題の所在を示すべきだ。
山田 少しでも国民にTPPの実態を知ってもらうため『アメリカも批准できないTPP協定の内容は、こうだった!』の本を出し、私の解釈を示した。ひとりでも多くの人に、なぜアメリカは批准できないのか。なぜ日本政府はうそを言っているのかを知ってほしい。
田代 地域や農業が大事だと言いながら、現実にはないがしろにする。農業者は、安倍さんも官邸もいやだといいながら、しかし自民党の支持率は高い。「うちの先生は違う」という幻想のようなものが、なお根強いのではないか。これをどうみるか。
森田 終戦直後は国民の支持があれば無所属でも当選できた。自民党も派閥があって党内議論があり、権力の分散もあった。小選挙区になり、党が中央集権化し、地域組織も後援会も弱体化するにつれ、一般党員が無力化した。それを決定的にやったのが小泉政権だ。あれから自民党は独裁化した。
昔は自民党にも2つの系列があり、護憲派の吉田、大平、田中、それに対して改憲派の岸、福田、中曽根で2分していた。しかしいまは一枚岩になり、批判勢力がなくなった。すると国民も議論しなくなる。マスメディアも権力側になびいている。
安倍首相が成功したと思っているのは人事だろう。NHK会長もそうだし、今度は農協を解体してしまえと、それに積極的な役人を農水事務次官に就けた。安倍政治の特徴だ。官邸の人事に対する過剰介入をとめないとよくないことがおこる。
東北、北海道では、2度選挙をやると自民党の参院議員はほとんどいなくなるだろう。これだけ農民の声を聞かない政権は戦後政治史上、例がないのではないか。
田代 官僚の人事を官邸で決めるようなことはこれまでなかった。官僚には官僚なりの自立心があった。政策と選挙の関係で、うちの先生は違うといって投票しても、結局は自民党の力を強めるだけになる。このへんをリアルにみなければならない。これから民進党はどうするべきか。
山田 やはり民主党の最初に戻って、これから日本の政治のありようは農業者が決めるというところからスタートすべきだ。農協の共済についてTPPでは具体的取り決めはないが、准組合員制度は必ずなくなる。最初にやられる。そして農協の長・短期共済を合わせ350兆円は、准組合員の利用が規制されたら市場に流れ、外資の餌食になるのは明らかだ。農協への10%の税制上の優遇措置もなくなる。
あらゆる面で韓国のように農協は解体される。にも関わらず自民党を支持している。矛盾している。その心理状態はどうみればいいのだろうか。
森田 70年代、地方でしっかりしているのは農業団体だった。いま新自由主義化でみんな従順になった。骨があるのは東北、北海道の農民だ。そこに希望を見出したい。
◆EU型の家族農業で
山田 農協は合併で大型化した。私は当初から大型化には反対してきたが、農業者が組合長のところは、まだしっかりしているように思う。原点に戻って、実際に農業をやったことのある人がリードすべきと思う。大きくするだけではなく、組合員の意見が反映されるようにしなければならない。
日本の農業は家族経営であるべきだ。農地についても企業や法人でなく、家族農業を主体とした家族から家族へ引き継ぐヨーロッパ型の農地制度がよい。ドイツやフランスなどは、農家収入の8割を所得補償が占める。重要なことは環境保全、食の安全、安心できる食料自給にあり、グローバル主義であってはならない。それを基本に日本の農業のあり方をはっきり打ち出すべきだ。それは兼業、家族、小さい農業を大切にすることだと思っている。
こうしたことをきちんと議論するようにジャーナリズムも努めるべきだ。TPPもそうだが、政府の発表内容を報道するだけでなく、そうした姿勢がほしい。
田代 TPPではとくに畜産への影響が大きい。それを全体の利害としてどう考えるかという視点が必要だ。
森田 いま、あきらかに非グローバル化の流れがある。ケインズ経済学が主流だったころ、工業社会における農業は当然保護が必要だと言われてきた。利益を追求するだけの株式会社では農業にむかないということになっていた。それが70年以後崩された。反グローバルの理論を復活させる必要がある。修正主義的経済政策論理を復活させることだ。これから始まる大混乱時代のなかで経済、政治のあらたな理論、非グローバリズムの政治経済学を打ち出す必要がある。いまこそそういう議論を全国的に起こしていくことが重要だ。
山田 宇沢弘文先生が亡くなる直前にTPP違憲訴訟の会の呼びかけ人になってもらった。生きておられたら、今日の状況をどのように考えられただろうか。
森田 宇沢さんはシカゴ大学経済学部で、新自由主義のフリードマンに対抗する指導的学者だった。先生がアメリカから日本に帰ってからは、フリードマンが主流になった。帰国せず、シカゴ大学で頑張っていたら、フリードマンの新自由主義がこれほどまでのさばらなかったのではないかと思う。
◆政府発表は確認を
田代 最後に農業者、農協に対するメッセージを。
山田 政府、メディアの発表をそのまま受け取らず、これは何を意味しているのか、本当に大丈夫かと、一度は疑って考えるようにしたい。
田代 野党共闘もいろいろ意見があるが、これからどう進めたらいいか。
山田 これだけ自民党1強の中で、みんなが一つにならないと選挙は戦えない。
森田 これからの日本社会のあり方として、一つのヒントが島根県隠岐島の海士町にある。島根県の市町村はほとんど大幅な人口減少に直面しているが、離島にありながら海士町は比較的減少割合が低い。高校生が増え、リターンや新しく移住する人も少なくない。国民がもっと応援すれば島全体が盛り上がる。
「農村にいこう」と、若い人が空き家や廃校をうまく活用している。日本は農村から出直すべきではないか。ルソーの「自然に帰れ」である。ヨーロッパのルネッサンスの例もある。こうした運動を起こす人材が必要だ。僕はもう83歳だが、そうした流れをつくりたいと思っている。農漁村にこそ夢がある。このことを広く知らせれば若い人にも希望が湧くのではないか。
これから政府の比重は小さくなっていくだろう。国民と政府の間に隙間ができる。そこに民衆の運動を起こしたい。野党共闘は統一戦線の組み方をもっと研究すべきだ。コミンテルン(1940年代に生まれた労働者政党の国際的組織)型の時代の統一戦線ではだめで、かつてトロツキー(1879-1940)の言った「別個に進んで一緒に撃つ」を改めて考えてもいいのではないだろうか。やり方をちょっと変えれば有効な共闘の方法はあるはずだ。
民進党は連合に対する根回しができていない。連合には不満がたまっており、9月の代表選が民進党の正念場になるだろう。分裂しないようにすべきだ。組織は一度瓦解したら再建は非常に困難だ。
◆新しい共闘を探れ
田代 政治論として新しい共闘のあり方を考える必要がある。日本の政治を地域や農業者から変える。この可能性を東北、甲信越が示した。このことを冷静に踏まえ、TPPの実態を国民に伝えて関心を高め、運動にするためのざん新な仕掛けが必要だ。それを東から西へ及ぼしていくことが、いま求められているのではないかということで締めくくりたい。長時間ありがとうございました。
(写真)元農水大臣・山田正彦 氏、横浜国立大学・大妻女子大学名誉教授 田代 洋一氏
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