農政:農業新時代! クローズアップ 日本農業経営大学校から羽ばたく若い力
第3回 先端農業に学んだ「地域を背負う農業者」への道2017年4月20日
日本農業の未来にとって不可欠なのは、言うまでもなく次代の担い手である。後継者の確保が各地で課題となっているが、同時に農業を職業にしたいと考える若者たちは確実に増えている。そんな若者たちに農業生産技術だけでなく、マーケティング、商品企画、経営計画など経営者としての能力を身に付け、地域のリーダーとしても活躍する人材を本格的に育成しているのが日本農業経営大学校である。このシリーズでは、同校で学んだそんな農業経営者を志す若者たちをレポートする。今回は熊本県宇城市の畑野泰輝さん(21)を訪ねた。
◆憧れの父たちの姿
畑野泰輝さんは熊本県宇城市の水稲とイ草を生産する専業農家に生まれた。県立八代農業高校、県立農業大学校を卒業し平成28年4月に日本農業経営大学校に入学した。
畑野さんは長男。祖父と父母の農作業を見てきて幼少期から「農業をしたい」と思っていたという。とくに印象に残っているのがイ草を機械で刈り取っていく光景--。
「憧れでした」。
ただ、畑野さんが幼少だった平成12~13年ごろは、イ草の価格が中国産の輸入急増で大暴落、同様に苦境に陥った他の農産物に対してセーフガード(緊急輸入制限措置)の発動を求める声が全国の生産者から高まったという非常に苦しい時代だった。
一方その様な環境の中で、国産のイ草と畳表の品質を向上させ、輸入品との差別化を図り消費者から支持されるよう、産地での懸命な取り組みが進んだことも事実。畑野さんが「憧れた」光景はそんな父たちの自ら経営を切りひらく努力の姿でもあったのである。
その背中を見て育ち、農業高校で農業土木を学び、農業大学校では米・麦など土地利用型作物の栽培技術を中心に実習した後、さらに実家での就農後を考え経営の知識も得ようと、日本農業経営大学校に入学した。
「父たちは、座布団や多彩なゴザなどさまざまにイ草の加工を発展させてきました。それを支えたのが米です。将来も米とイ草は重要ですが、新たな野菜の導入も必要ではないか、などと家族でも話をしている時期でしたし、自分としては家を継ぐというよりも独立するという考え方も必要だろうと入学を志望しました」と畑野さんは話す。
◆地域特性 実習で学ぶ
日本農業経営大学校では入学後、多彩な講師陣による農業経営やマーケティングについての講義の他、関係業界のトップ層や異分野のクリエーターなどの発想にも触れつつ、実習先を自分で探し、自ら交渉した上で1年目の7月から4か月間の農業実習に入る。
畑野さんの実家では、今後の方針として米の生産販売を重視していく事にしており、卒業後には自分を中心に任せてもらえるようにと、米づくりにこだわっている農業経営体を実習先に選んだ。
それが山形県高畠町の(株)米沢郷牧場だった。畑野さんは、そのグループ会社で米の共同販売を事業の軸にしている(有)ファーマーズ・クラブ赤とんぼ(以下、FC赤とんぼ)で実習を行った。
米沢郷牧場は1978年、現在の伊藤幸蔵代表取締役の父親の世代が、当時の牛肉価格下落を契機に自力で地元への販売を始め、その後、仲間たちと家族農業の持続と自立、有畜複合経営(有機農業)による地域循環型農業の確立と消費者への直接販売を掲げて設立した農事組合法人が前身だ。
その後、農作業を若手生産者が集団で請負いながら高齢化が進む地域の農業を守るとともに、有機栽培などにこだわった米を共同で販売する事業を興そうと別法人として伊藤代表らが設立したのがFC赤とんぼである。
畑野さんはここで7月から実習をスタートした。あぜの草刈りや本田の除草など、初めての作業で「腰が痛くなった」という。稲刈り、その後の籾すりから新米の製品化、構成員農家の米の出荷の受け入れなど、出来秋の忙しい作業を経験した。
熊本の実家での農業とは違った土づくりや環境へのこだわりなど多くを学んだが、何よりも伊藤代表から言われたいくつもの言葉が強烈に印象に残っているという。
「農作物にもっと愛着を持て、農家は水田農業という文化を守っているんだ、などなど農業に対する思いを大事にしなさいと言われました」と畑野さんは話す。
◆農家の自立を求めて
米沢郷牧場は紹介したように家族経営の自立を目標に、米、野菜、果樹、畜産などそれぞれの経営を地域内で可能な限り結びつけた循環型農法で持続可能な農業を実践してきている。法人としては直営の養鶏場、堆肥センター、BMW技術センター(バクテリア、ミネラル、水の力を活用した生物活性水の利用)などを核にし、地域の約200農家が参加している。
このうち米生産者80戸ほどがFC赤とんぼのメンバーとなっており、機械を共同で利用して作業受託を行うとともに、独自に定めた肥料・農薬等の使用基準に基づく栽培方法に従って米づくりをし、全国へ直接販売をしている。
会員農家はFC赤とんぼの考え方に賛同した農家で、年齢は20代前半から80代半ばまで。経営面積も50aから22haまでと幅広い。米以外に果樹、野菜、畜産などとの複合経営の農家もおり、会員農家の経営面積を合わせると約400haにもなる。
地域の兼業農家にとっては、農業以外の所得を得るための就職先としての役割も米沢郷牧場とFC赤とんぼが担っている。現在2社で40人が職員として働いており、そのうちの何人かが会員の兼業農家だという。
伊藤代表は「一人でも多くの農家を残す、つまり、人の食べ物を作って暮らしていく人を一人でも多く地域につくっていくことを私たちは求めてきました」と話す。
そんな伊藤代表に畑野さんのようにこれからの農業をめざす若い世代へ伝えたいことを聞いた。
「儲かる農業を、というがお金を儲けることが目標なのか? 私は違うと思う。ただ、農村で暮らしていくために経済も無視はできない。そのための評価を得ることは大事だと思います」。
伊藤代表は持続的な暮らしのためには農村の環境、すなわち土づくりを軸に農地を健全に保つことが大切だと説く。その土づくりを含めた農産物づくりが農家にとってまずはいちばん大事になることは間違いがないという。
「技術には再現性があり、持続性がなければなりません。農業の場合、その技術は地域の自然環境と親和性の高いものでなければ実現できないはずです」といい、そういった想いが環境負荷の少ない有機栽培や、BMW技術の導入などの追求につながってきた。
これらの技術が農産物に結実する事で消費者は評価し、その生産者に対価を支払う。実はFC赤とんぼが販売する米の価格は生産者によって異なる。勉強会を通じて個々の生産者が研鑚し土壌検査と食味検査などによって評価する。購入してくれる消費者には生産者の個人名で商品が届き、その評価が返ってくる仕組みも導入している。
同時に伊藤代表が重視するのは、コミュニケーション能力とコミュニティづくりだ。
持続可能な農業のためには、より地域に適した農法や経営形態をつねに追求することが必要で、そのためには「仲間で努力したほうが進歩のスピードが速い」のだという。たとえば、新しい品種へのチャレンジも、何種類もの品種を複数の農家が分担して試験栽培を行い、その結果を照らし合わせる事により地域全体で速やかに進めることができる。個人で試行錯誤を繰り返すより「仲間との共有」により進めた方が早い。
「だから、人が嫌いだと農業はできないということです」と伊藤代表は強調する。
また、生産者には、自分たちの取り組みを消費者にしっかりと伝えることも求めており、田んぼの生き物観察会など都市農村交流にも力を入れている。このような取り組みが家族農業を核にしたコミュニティづくりにもなるという。
◇ ◇
畑野さんはこうした実習を振り返って、伊藤代表に地域全体のことを考えている農業者として感銘を受けたという。
「自分も実家で就農したら地域の仲間で農業の将来を考えるような活動をしなければと思いました。生協など取引先との交流体験も新鮮で、自分でも販路を作って経営をしていきたいという思いも持ちました」と話す畑野さん。学校での2年目がこの4月から始まる。
(写真上から)
「地域の仲間で農業の将来を考えたい」と話す畑野泰輝さん。この4月から2年めを迎えた。
これからの農業者に必要なことはコミュニケーション能力とコミュニティづくり、と次世代への期待を語る山形県高畠町の(株)米沢郷牧場、伊藤幸蔵代表。
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