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農政:ゲノム編集って何?可能性と課題を考える

意図しない変異も 安全性の検証議論不足 実用化に国の規制必要2019年5月9日

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北海道大学石井哲也教授に聞く

 狙った遺伝子を効率よく改変するゲノム編集技術を使って開発された食品の一部について、厚生労働省は3月に従来の育種による品種改良と同じだとして、遺伝子組み換え食品のような安全審査を必要とせず、開発者が国に必要な情報を「届け出」すれば食品として販売できる方針を決めた。前回はこの技術の可能性に焦点をあてて識者の考えを中心に紹介した。そこではゲノム編集技術は従来の品種改良より、短期間で、消費者・生産者にとってより有用な品種が開発できることが強調された。しかし、一方で安全性や消費者・生産者が自ら選択する表示制度などをめぐる議論などが不足したまま実用化へ向かっているとの心配の声も多い。今回はこうしたゲノム編集技術についての問題点と課題を整理してみた。

◆「自然界」と同じか?

 ゲノム編集は人工的に作成したDNA切断酵素等を使って、特定遺伝子のDNA塩基配列を改変する技術である。
 この技術を利用した遺伝子改変は大きく3つに分類され、このうちSDN-1(前回参照)は、標的とする塩基配列を切断した後、細胞がもつ能力で切断部分が修復される際に元通りに戻らず、ある塩基が欠落したかたちで修復されたり、別の塩基配列に入れ替わってしまうなどの修復エラーが起き、結果として遺伝子を変異させる改変法である。
 人為的な操作としてはいわばハサミで切るだけにみえる 。
 また、このハサミとともに、標的とする塩基配列の一部に対して、変異させた外来のDNA断片を、いわば変異させたい手本として利用して導入、期待する変異が起きるよう誘導する改変(SDN-2)もある。ただし、外来のDNA断片は、1から数塩基だという。
 このようなゲノム編集技術(SDN-1と2)で作られる食品について厚生労働省は規制の対象外として、基本的に開発者の「届け出」だけで生産、販売できる方針を3月に決めた。
 その理由は外来の遺伝子は導入されず、DNAを切断することによって起きる1~数個の塩基配列の改変は、自然界で起きている変異や、あるいは放射線や化学薬剤を利用して変異を誘導する従来の育種法と区別がつかないから、というものだ。
 この点について北海道大学の石井哲也教授(安全衛生本部)は「望ましい結果の類似性のみに着眼しており、従来の育種法とは使っている技術が根本的に違う点を考慮していない」と指摘する。

 

北海道大学 石井哲也教授石井哲也教授

 

◆意図的な改変と意図せざる変異

 突然変異は自然界で偶発的に起きており、ランダムに変異体を生み出す。変異体の中で有用なものを人が偶然あるいは手間暇をかけて見出して品種として利用してきた。また、化学薬剤や放射線などにより突然変異を高頻度に誘発する育種法も同様に丹念に特性を調べる必要がある。
 これらは遺伝子の偶発的な変化を品種改良に利用する技術である。
 一方、ゲノム編集技術はDNAの狙った場所を意図的に改変させようと、人工的に作成したDNA切断酵素を利用する。このDNA切断酵素については、これまでも紹介しているようにクリスパーキャス9と呼ばれる非常に効率的な「ハサミ」が開発された。それがゲノム編集食品などの 開発を加速させた。狙った場所における遺伝子改変に特化してみれば、効率の良い遺伝子改変法である。
 しかし、望んだ結果が従来の育種技術と同じであったとしても、新しい技術であるため、人工酵素の作成、これを使った改変過程や、その結果をしっかりと評価すべきだ、というのが石井教授の指摘だ。とくに問題とするのが「オフターゲット変異」の問題である。オフターゲット変異とは意図しない場所でDNAを切断し変異させてしまうことである。
 この点についても厚労省、環境省の議論では自然界で起きている突然変異と区別がつかないとされた。狙った場所以外で変異が起きても、それは自然に起きたものか、それともDNA切断酵素によるオフターゲット変異として起きたものか区別がつかないという見解だ。
 石井教授は自然界に生じうる変異を利用した育種でも環境への影響を引き起こした例を指摘している。遺伝子組み換えではなく、化学薬剤を使って変異させ、ある種の除草剤に耐性を持つように開発されたイネを、米国やイタリアで栽培したところ現地の野生イネと交雑、除草剤耐性の雑種イネが生え、駆除するのが難しいとして大きな問題になったという(石井哲也著『ゲノム編集を問う』」岩波新書)。ゲノム編集で狙った部分での遺伝子改変のみ関心が寄せられ、狙っていない部分における変異への注意がおろそかになり、上述のような問題が耕作地で起きる可能性はある。
 ゲノム編集にともなうオフターゲット変異のリスクの評価が不十分なままでは、農業や環境に悪影響を及ぼす恐れがある。さらに狙った場所以外でオフターゲット変異が起きることよって、たとえば異常たんぱく質が作られてそれがアレルゲンとなるリスクも指摘されている。このように環境や食品への影響が生じてしまった場合、どう対応し、責任の所在はどうなるのか。今回の国における検討では、こうした点についての議論が深まったとはみえない。より慎重な検討が必要であったのではないか。

 

◆ルールなくして安全なし

 ただし、植物ではわりと頻繁に突然変異が起きるので、オフターゲット変異をきっちり調べ上げるのは科学的に難しいという。
 それでも「新しい技術を社会に導入する前にリスクを低減し、その程度を示すエビデンス(証拠)を示すのが責任」と強調する。
 たとえば、ゲノム編集は一度に複数の遺伝子を改変できるので、当面の農業応用では単一の遺伝子の改変のみに限り、リスクを減らすことはできる。また、クリスパーキャス9は20塩基程度の配列をターゲットにするのだから、植物のDNAのなかから似たような塩基配列の部分を徹底的に調べてオフターゲット変異の有無を部分的に示すことなどはできる。それを根、茎、葉、果実などで調べる。すべてを調べ上げることは困難でも、どのような方法でどこまで分析するか手順を予め国が決めておき、開発者に「ここまでは調べた」というデータや結果を世間に公表させることを義務づける。「その上で、社会において消費者や生産者とのリスクコミュニケーションが可能となる」と話す。
 国の議論では、従来の育種技術と区別がつかないという理由で外来遺伝子が導入されないゲノム編集作物について規制対象外になった。
 食料生産を持続させるにはやがて耐病性を持つ、気候変動に強い品種改良などが一層必要になる。また、消費者が求める特性や品質の農産物を提供することも重要だ。そのために技術としてゲノム編集は有望だと石井教授も指摘する。ただし、定められた方法でリスク評価をしなければ、環境や食用の安全性について現状では「分からないとしか、言いようがないし、リスクの対話もできない」。オフターゲット変異など、国際的にも統一された評価方法がないなかで、開発者の「届出制」だけで実用化される状況に警鐘を鳴らし、「生産者や消費者が置き去りにされ、結局、有望な技術とは認知されないのではないか」と話している。

 

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