農政:この人と語る農業新時代
【小池農薬工業会新会長と語る農業新時代】日本農業の行方 農薬の役割から考える2019年6月26日
農薬工業会小池好智会長インタビュー
聞き手:谷口信和東京大学名誉教授
東京大学の谷口信和名誉教授が各分野で活躍する人たちと農業について語る新連載「この人と語る農業新時代」。第1回は、スマート農業をかけ声に大きく変わろうとする日本農業において農薬の果たす役割を、5月15日付で農薬工業会の新会長に就任したクミアイ化学工業の小池好智社長に聞いた。
農薬工業会の小池好智会長
◆沈黙の春から60年
谷口:レイチェル・カーソンの「沈黙の春(Silent Spring)」は、邦訳が1964年の東京オリンピックの年に出版され、副題は「生と死の妙薬」でした。奇しくもそれからほぼ60年、再び東京オリンピックがめぐってきます。農薬は一方で昆虫は殺すが、人間を生かし植物を生かすわけですからまさに妙薬です。いってみれば、社会も組織も人間も微妙なバランスの中で生きているわけで、分かりやすい二元論・二項対立の見方の中間にこそ真理や真実がありそうです。小池会長はこの副題の意味をどう考えられますか。
小池:「沈黙の春」は、化学物質による環境汚染に警鐘を鳴らしました。農薬は、自然均衡の破壊者ということですが、例えばこの中に登場するDDTという農薬は当時、マラリアを媒介する蚊や発しんチフスのしらみ駆除に役立ち人類をいかに助けたか。まさしく善と悪のバランスの中に存在していたと思います。ですから化学物質の危険性も年代を経る中で技術が発達し見直され、蓄積性や残留性などいろいろな問題があってもそれを改善していく。そういう人間と化学物質の掛け合いがこの60年の歴史の中でいまも続いているのだということを強く感じます。
谷口:批判的なものを冷静に受け止める心の広さ、度量が次の発展のためには必要なのかなと思います。
(写真)東京大学の谷口信和名誉教授
◆警鐘を改良・発展の糧にする
小池:こういう警鐘、警告があったからこそ、例えば農薬取締法は何度も改正され、その時々の新たな基準なり、視点で見直されてきています。ちょうど昨年12月に農薬取締法が一部改正されましたが、これはやはり国際標準に近づけた農薬の安全性をより一層担保するためにより良くしていくことが主目的になります。そういう意味では長い歴史の中で本当に警鐘を鳴らしてくれた書籍だという風にとらえています。
谷口:あの本の出版以降に、日本の場合は農業が新しい形で本格的に発展していく時期を迎えました。
小池:人口増加とともにお米の生産性は改善されてきたわけですが、まさしく食料生産の増加と農薬の利用は連動してきました。やはり、自然任せでは十分な農作物はできないし、化学農薬が生産者の労働の軽減になり、収量向上に貢献してきました。日本の戦後の歴史の中で食料増産という意味では農薬、あるいは化学肥料、作物の品種改良等が食生活の改善に大きく貢献してきたと考えています。
食料の生産量増加と農薬の利用は連動している
谷口:日本は実に多様な自然の中で、多様な農産物を作っています。地域差に応じた化学肥料、農薬のあり方もあるのではないかと思いますが。
小池:各地域でいろんな品種のブランド化が進められ、昔は米の主産地ではなかった北海道が今は「ゆめぴりか」や「ななつぼし」で優良米の産地になっている。地球温暖化の影響も少しずつ受けているのでしょうが、農薬業界はそういう産地の変動に合わせた農薬の開発も必要になってくると思います。
◆ヒトだけでなく地球に向き合ってきた農薬の開発
谷口:日本の農業の発展過程で農薬・化学肥料の役割が変化する中、農薬の安全性はどのように確保されてきたのでしょうか。
小池:農薬については、半世紀以上かけて食品の安全性と農家の健康を確保するため、官民一体となってその評価システムが構築・拡充されてきました。特にこの十数年は、食品安全基本法の公布をはじめ、農薬取締法や食品衛生法の改正が重ねられ、高いレベルの安全性が確保されていると自信をもって申し上げることができます。例えば、同じ化学物質でも医薬品は人間の体内を表皮やリンパ液、血液を介して循環させるドラッグデリバリーシステムですが、農薬の場合は全く違う。大気中にまかれた農薬は、植物に付着し、大気に出たものはどのように漂流し飛散するのか。あるいは土壌に落ちたり、川に流れていくとどうなるのかなど、安全性や環境、動植物に与える影響など幅広い分野の評価体系があり、それを確認した上で作られる化学物質です。そういう意味では本当に慎重に検討された化合物といえます。そして、新しい問題が出たら逐次対応していかなければいけません。
谷口:責任が重いですね。極端にいえば「あなたの手に地球が握られている」ということですね。一人の人だけではなく。
◆持続可能な開発目標にどう取り組むか
谷口:農薬工業会が進めている活動「JCPAビジョン2025」と持続可能な開発目標SDGsとの関連について聞かせてください。
小池:農薬工業会は、「JCPAビジョン2025」として農薬の安全性と役割について正しい理解を啓発しています。それをSDGsの17の目標に結びつけ、私たちの活動がどんな持続可能な開発目標に連動しているのかを会員各社に浸透させていきたい。例えば、農薬によって作物の収量を上げられれば農耕地面積の拡大を防ぎ、森林など緑の豊かさを守ることにつながります。ビジョン活動とSDGsを関連づけていくことでSDGsの目標が、農家や農薬産業界にいる人々の働き甲斐につながっているのだということを発信していきたいと考えています。
谷口:農薬工業会の英語表記は、Japan Crop Protection Association(JCPA)で、農薬はcrop protection と意訳されています。農薬という単語をアグリカルチャー(農業)やケミカルズ(化学薬品)を用いて表現するのではなく、プロテクションというのはどんな含意があるのでしょうか。
小池:ペストサイド(pestcide/殺虫剤)は、「サイド」が殺すという意味ですが、近年は生物農薬も多く開発されていますし、直接に病原菌を殺さない作物の病害抵抗性誘導剤など化学農薬の分野が広がってきています。つまり、クロッププロテクション(植物保護)であり、ストレートに殺すだけではないということです。
農薬を使って農産物を生産し、農耕地を増やすことは結果として緑を守ることにつながる
◆農協に期待すること
谷口:なるほど。本来、植物保護というのは農業の基本で、植物を守ることを抜きにして食料はないわけです。そういう意味で単語にふさわしい表現方法になっていると思います。最後に今後の日本の農業にとって農協に期待する役割はどのようなものかお聞かせください。
小池:先ほどからお話ししている「JCPAビジョン2025」のもと、4年ほど前から農薬ナビゲーター活動を行っています。JAのみなさんに「農薬の必要性、安全性」と「食料生産の重要性と農薬の役割」について改めて説明し、それを動画で見られるDVDを有効に使っていただけるよう直接面談で配布しています。生産者の皆さんに農薬の適正使用を啓発し、「生産者が自信を持って農産物を生産し、消費者が安心して食生活を楽しむ社会」につなげてゆきたい。そんな中で感じるのは、各地域でのJAの合併が進み、各JAさんが農家に寄り添うところからちょっと離れてきているのかなということ。農協改革も5月末で一定の進捗がありましたが、生産資材価格の引き下げや販売先の確保などJAさんも苦労されていると思います。ここは私どもも一体となって協力していきたい。やはり究極の目標はJAさんと共通であり、農家のみなさんの収益が上がり、世界的な競争力をつけて輸出につなげられるよう応援できる農薬工業会でありたいと思います。
インタビューを終えて
ゴキブリや蚊に一発で効く殺虫剤を求めながら、作物や家畜には化学肥料や農薬・化学製剤を極力使わないことを要求するのがごく普通の庶民だ▼そんな庶民の気持ちに寄り添いながら、食料増産に貢献する化学製剤を開発し、自然界全体を相手に安全性・持続性確保の対応をしてきた農薬業界はつくづく縁の下の力持ちだと思った▼地球温暖化・気候変動という新たな環境の下で、農薬による作物単収の増加を通じて、過剰な農地開発を抑制するなど、SDGsに沿った多様で新たな役割を担うことが農薬業界に求められている▼そんな課題に応えるために真摯で誠実な人柄の小池会長がリーダーシップを発揮されることを願ってやまない。(東京大学名誉教授 谷口信和)
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