農政:インタビュー 農業新時代
生産者をサポートし消費者のために 小澤 敏 三井化学アグロ(株)代表取締役社長2020年3月6日
創業90余年、「日本農業への奉仕」という創業当時の社是を引き継ぎ、国内だけではなく海外を含めて安全でおいしい農産物の生産をサポートしてきた三井化学アグロの小澤 敏社長に、今日の国内外の農業の状況と今後について聞いた。
小澤 敏 三井化学アグロ(株)代表取締役社長
◆耕作放棄地の拡大を防ぎ、食料自給率を上げる
――御社は創業以来90余年、「日本農業への奉仕」という志を貫き、農薬の研究・製造・販売を通じて、国内外の農業、農産物の安全生産に貢献してこられました。日本では人口が減っていますが、世界では人口増が続き、食料の生産拡大が求められています。最近の日本・世界の農業についてどのように見ていますか。
小澤 世界の人口は74億人を超え、これからも増えるのは確実です。ブラジルの広大なセラード(サバンナ地帯)のようなところでは、まだ可能かも知れませんが、地球環境のことを考えると、農地を増やすための森林伐採をこれ以上続けることはできません。
そのため今後は農作物の生産性を更に高める必要があります。三井化学グループはフードロスの問題を含め、いかにして地球環境を守り、健康・安心な長寿社会の実現に貢献するかを考えています。三井化学アグロとしては、農作物生産の効率化を通じて、持続可能な社会実現のために貢献することが使命だと考えています。
――そのような食料・農業をめぐる環境のなかで、日本の農業についてどのように考えますか。
小澤 日本の農業については、いまのカロリーベースで37%という食料自給率をもっと高めるために貢献できないものかと考えています。技術が進歩しており、国内の農産物はもっと作れるはずです。産・官・学が連携し、スマート農業も取り入れながら、少しずつ伸ばしていけると思っています。
安全保障のために自給率の向上や、食の安全性だけでなく食料の自給には日本の国土や食の文化を守るという面もあります。そのためには耕作放棄地を増やさないために何ができるのか。わが社は、農薬に限らずどのように貢献できるかをもう一度問い直したいと思っています。
◆多様であることが日本農業の強味
――生産の拡大に農薬は大きな役割を果たしてきました。この延長でさらに一歩も二歩も進めていただきたいですね。ところで日本と世界の農業の違いについてはどのように考えますか。
小澤 ご指摘の通り、農薬開発については長い間、こつこつ努めてきたと自負しています。ただ、農薬の安全性やその役割については消費者の誤解もあり、正しく理解していただくよう努力する必要があると思っています。
農業は生産量の拡大と共に品質がよくて美味しい農産物を消費者に提供する役割があります。ブラジルのように地平線までトウモロコシや大豆畑、インドや中国のように見渡す限り水田という量産志向のところがあり、日本やオランダ、韓国などのように施設園芸や少量多品目生産の国もあります。いずれも品質を追求することでは共通しますが、ざっくりわけると、世界と日本の農業にはこのような違いがあるのではないでしょうか。わが社は米の品種開発で多収と美味しさの両方を追求し、ハイブリッド米の「みつひかり」を開発して20年前から普及に取り組んできました。
――これからの日本の農業はどのような方向に進むと思いますか。
小澤 これから農業の担い手の年齢が上がるので、生産性向上にどのように貢献するかについて考えています。スマート農業もその一つで、タイミング次第では一気に普及するのではないでしょうか。ドローンも使い易くなりました。単に農薬散布だけでなく、作物の生育状態や病害虫発生状況の把握など精度が高まり、それをうまく使い、省力・効率化することができると思います。
病害虫が発生してからでなく予兆の段階で手を打つことで、大きな被害を防ぐことができます。つまり我々は、後手に回らないように、それに合わせた農薬を開発することが求められると思っています。三井化学グループでは目指す未来社会の姿を掲げ、その中でさまざまな技術開発にも取り組み、ベンチャー企業にも出資しており、それらと連携した食のチェーン全体での貢献の在り方も考えていきます。
――日本の農業は高齢化が進むことから大規模・効率化すべきだという一方で、家族農業もという二つの意見がありますが。
小澤 大規模生産法人もでき、家族農業も兼業農家も残ると思います。それぞれの特徴を生かすために、なにを提供できるかが我々に問われると思います。日本の土地条件を考えると治水面でも棚田は残すべきと思います。一方、食料自給の面から大規模経営も必要です。どちらというのではなく、多様であることが日本農業の強みです。それが国土全体の強靭化につながるのではないでしょうか。
――御社はこれまで、多くの世界的に注目される農薬を開発しておられますが、今後どの分野に力を入れていく方針ですか。
小澤 農薬は、できた製品をどう応用するかが大事です。わが社も今の分野だけでいいとは思っていません。農薬の開発は、作物別にターゲットを絞るのではなく、市場ニーズに基づき用途を広げる開発を考えています。
温暖化で、できる作物が変わり、その変化が激しくなったと感じています。北海道の米の品質がよくなったのもそうですが、高原野菜の産地も変わるかも知れません。作付けの地図が変わる中で、どう貢献するかが、これから問われます。いざというとき、使いたいけど農薬の適用登録をとっていないというようなことにならないようにしたい。どのような害虫や病気が発生するか、予測しながら先手を打っていくことが、これからの課題です。
◆JAを通して生産者の意見を聞き考える
――国内の農業にはたしているJAの役割についてどのように見ていますか。
小澤 わが社は農薬を軸に、生産者との関係を強化していますが、その接点がJAです。JAの意見を伺いながら農薬製品を開発し、普及しています。全農と共同で新しい水田除草剤の有効成分サイラ(R)を開発し、昨年10月農薬登録に至りました。こうした関係を一層強化したいと思っています。共同開発は、将来の農業や製品開発の方向を考えていく上で大変参考になります。
全農は海外にも事業展開を進めていますが、三井化学グループが一緒にできることはないか考えていきたい。また、現場の営業担当者もJAと意見交換の機会をつくっています。組織は違っても、組合員のため消費者のためにということでシンパシーを感じるようです。
――これからの事業展開の上で大事なことは何でしょうか。また、JAや生産者にメッセージをお願いします。
小澤 わが社は「食の安全と信頼性」「生活の質の向上」を経営理念に掲げています。この原点を忘れず、何をしなければならないかを常に問いながら、新たな事業展開をしていきたい。
消費者においしいものを届けるのが生産者の願いで、それをサポートするのが我々の役割です。JAを介して生産者の意見を伺いながら、消費者のために何ができるかという視点がないと独りよがりになってしまいます。
最終目的は、食べることで幸せを感じていただくことで、それに貢献する。このことから外れてはいけません。しかし、一つの農薬製品を開発するには多大なコストがかかります。従ってある程度の生産ボリュームが必要です。そのためには日本特有のニーズに応えるのは当然ですが、世界で通用する製品をつくることが課題です。
現在開発している新しい殺虫剤有効成分は、チョウ目害虫に効果があり、ゴキブリや蚊にも効きます。マラリア撲滅を目指す世界的な期待にも応えられるようにしたい。世界を見ると、まだまだ農薬の役立つ余地があると考えています。
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