農政:薄井寛・20大統領選と米国農業
【シリーズ:薄井寛・20大統領選と米国農業】第1回 コロナ感染拡大が続く中西部の農業州2020年4月22日
注目される経済再開優先の政治的影響
米国の大統領選挙が11月3日に行われる。現職のトランプ氏と民主党のバイデン候補が争うようだが、この大統領選挙に米国の農業はどのような影響力があるのか、そして選挙結果が米国農業をどう変え、その影響は日本農業にどのようにおよんでくるのか。米国農業の実情を含めて、選挙結果が判明するまで月2回程度のペースで米国や欧州の農業事情に詳しい薄井寛氏に連載していただくことにした。
新型コロナ感染は多くの州で最悪期を脱したとして、トランプ大統領は4月16日に経済活動の再開へ向けた指針を明らかにした。一方その同日、オハイオ州など中西部7州の知事は各州の経済再開計画を慎重に調整していくとの共同声明を発表した。多くの農業州で感染者数の増加が続いているからだ。
◆教会や食肉加工場から感染拡大
新型コロナウイルスが西部諸州から全米の都市へ拡散し、中西部の農村地域で感染者が出始めたのは3月中下旬。その主な要因は、都市部への通勤・買い物などによる地方住民の移動や、教会のミサ・高齢者施設・刑務所などでのクラスター発生、さらには農村リゾート地帯の貸別荘施設へ東部諸州から移動した「疎開者」の増加にあった。
4月に入ると、中西部や南東部の農業州でカーギルやタイソン・フーズなどのアグリビジネス企業が展開する大規模な食肉加工場で100人から500人ものクラスターが次々と発生し、感染拡大に拍車をかけてしまった(同月13日までに、従業員1000~3000人規模の大手加工場11カ所が一時閉鎖)。多くの移民労働者などが密接状態で働く加工場の劣悪な労働環境がクラスター発生の原因であった。その実態を詳しく伝えたメディアの報道は4月中旬になると、牛肉などの供給減と値上がりに焦点を当てている。
こうしたなか、大統領選挙で接戦が予想される中西部の6農業州では、4月7~20日に人口100万人当りの感染者数が平均590人から1237人へ2.1倍増えた。その増加率はこの2週間におけるニューヨーク州の増加率1.8倍を上回る(表参照)。農業州でのPCR検査数(20日現在、人口100万人当り平均8982人)はニューヨーク州の3万2309人のほぼ4分の1。今後の検査増で感染者がさらに増えるのは確実視されている(なお、日本での検査数は同923人)。
こうした感染拡大の背景には地方の高齢化問題がある。基礎疾患を持ちながら健康保険に入れず、病院に行けない一部住民の貧困問題もある。それに、食肉加工場などで働く不法移民の中には母国への強制送還を恐れ、症状があっても病院へ行かない者がいると伝えられる。しかし、感染拡大の最大の要因は地域医療体制の脆弱化にあると、メディアは指摘する。
◆悔やまれる農村病院の軽視政策
2005年頃から多くの農村総合病院の経営が過疎化などによって急速に悪化した。10~19年の間に全米で119カ所が閉鎖へ追い込まれ、現在でも1821の同病院のうち600以上が経営危機に陥っている。そのさなかに、新型コロナウイルスが全米の農村地域を襲ったのだ。
農村総合病院では医師や看護師に加え、必要な施設や資材が極端に不足する。例えば、集中治療室(ICU)の病床は全米で10万床を超えるが(人口10万人当り34.7床、日本は7.3床)、その大部分は人口5万人以上の都市にあり、農村地域の病院には1%ほどしか配置されていないのだ。
こうしたなか、イリノイ州やテネシー州では都市部の病院が重篤な患者の受け入れで限界に達し、州政府が農村の閉鎖病院を再開させるための規制緩和に乗り出したが、即応態勢には間に合わない。疲弊する地域医療体制の実態から目をそらし、抜本的な支援策を怠ってきた政治のツケを今、村の高齢者などが払わされているのだ。
16年大統領選挙で農業州へ足しげく通ったトランプは、「あなた方は今までの政権から忘れられた人びとだ。私は決して忘れない」と有権者へ訴え、多くの農業州での接戦を制して当選した。本年11月の選挙でも農家や地方有権者の岩盤支持が不可欠となる。
だが、政治専門誌クック・ポリティカル・レポートによると、大統領が16年選挙で5州を制した前述の6農業州のうち、今回も有利なのは3州だけで、残り3州は大接戦または民主党候補が有利と予想されている。米中貿易戦争の影響もあって農家などの有権者の一部がトランプ離れを起こしているのだ。
それだけに経済活動を早期に再開させ、有利な選挙情勢を構築して勝利を確実なものにしたいとするトランプ陣営の思いは強い。経済再開の指針を明示した16日の翌日に大統領は、コロナ禍の深刻な被害を受ける農家に対し総額190億ドルの救済金を5月末までに支給すると発表(約2兆円、204万戸の全農家支給なら1農家当たり平均100万円弱)。貿易戦争での二度の救済金に続き3年連続の大規模な補助金バラマキとなるが、昨年の救済金支給に多くの農家が不満を抱いた実態に配慮したのか、大統領は、「さらに140億ドルの支援金を7月に支払う計画だ」と付け加えた。
首都ワシントンでは現在、さまざまな生産者組織や業界団体が救済金増額のロビー活動を強める。一方、経済再開を焦れば第二波の感染拡大で事態はさらに悪化すると、多くの専門家は警告する。こうした状況のなかで、農家や地方の有権者は大統領のコロナ対策をどう評価するのか。農業州での今後の感染動向が大きく影響することになりそうだ。
重要な記事
最新の記事
-
シンとんぼ(132)-改正食料・農業・農村基本法(18)-2025年3月8日
-
みどり戦略対策に向けたIPM防除の実践(49)【防除学習帖】第288回2025年3月8日
-
農薬の正しい使い方(22)【今さら聞けない営農情報】第288回2025年3月8日
-
魚沼コシで目標販売価格2.8万~3.3万円 JA魚沼、生産者集会で示す 農家から歓迎と激励2025年3月7日
-
日本人と餅【酒井惇一・昔の農村・今の世の中】第331回2025年3月7日
-
【鈴木宣弘:食料・農業問題 本質と裏側】「コメ騒動」の原因と展望~再整理2025年3月7日
-
(425)世界の農業をめぐる大変化(過去60年)【三石誠司・グローバルとローカル:世界は今】2025年3月7日
-
ラワンぶきのふきのとうから生まれた焼酎 JAあしょろ(北海道)2025年3月7日
-
寒暖差が育んだトマトのおいしさ凝縮 JA愛知東(愛知)2025年3月7日
-
給付還元利率 3年連続引き上げ 「制度」0.02%上げ0.95%に JA全国共済会2025年3月7日
-
「とやまGAP推進大会」に関係者約70人が参加 JA全農とやま2025年3月7日
-
新潟県産チューリップ出荷最盛期を前に「目合わせ会」 JA全農にいがた2025年3月7日
-
新潟空港で春の花と「越後姫」の紹介展示 JA全農にいがた、新潟市2025年3月7日
-
第1回ひるがの高原だいこん杯 だいこんを使った簡単レシピコンテスト JA全農岐阜2025年3月7日
-
令和7年度は事業開拓と業務効率化を推進 日本穀物検定協会2025年3月7日
-
【スマート農業の風】(12)ドローン散布とデータ農業2025年3月7日
-
小麦ブランの成分 免疫に働きかける新機能を発見 農研機構×日清製粉2025年3月7日
-
フードロス削減へ 乾燥野菜「野菜を食べる」シリーズ発売 農業総研×NTTアグリ2025年3月7日
-
外食市場調査1月度市場規模は3066億円2019年比94.6% コロナ禍以降で最も回復2025年3月7日
-
45年超の長期連用試験から畑地土壌炭素貯留効果を解明 国際農研2025年3月7日