農政:薄井寛・20大統領選と米国農業
「中国たたき」が新たな再選カードに―農産物の輸入停止で揺さぶる中国政府【薄井寛・20大統領選と米国農業】第4回2020年6月9日
中国が香港への国家安全法導入を決定した5月28日の翌日、トランプ大統領は香港への優遇措置を見直すなどの対中強硬措置を発表した。
◆第一段階合意は単なる「努力目標」
これを機に米中貿易の「第一段階合意」(1月15日)をめぐる状況が一変する。5月29日、「香港への厳しい措置を打ち出すなら、中国は米国からの農産物輸入を減らす」との記事をロイター通信が配信。「中国政府高官が主要な国有企業に対し大豆などの米国産農産物の輸入を停止するよう命じた」と、6月1日付けのブルームバーグ通信がこれに続いた。米国のメディアと農業専門誌などが二つの配信記事を続けて一斉に報道し、農家や農業関係者へ強い衝撃を与えたと伝えられる。
第一段階合意で中国政府は米国からの農産物輸入を2020年に365億ドル(約3兆9000億円)、21年に435億ドル(約4兆6500億円)へ増やすと約束した。貿易戦争前の17年実績(240億ドル)をそれぞれ52%、81%上回る。最重要の大豆輸入は20年に19年の2.3倍、21年には2.8倍へ増やすと、中国はコミットした(グラフ参照)。
しかし、合意には約束不履行の罰則規定がなかった。あくまで努力目標なのだ。そのため、目標達成を疑問視する専門家は少なくない。アイオワ州立大学農業農村開発センターのシー・ヘ研究員らは同センターの研究誌5月号への投稿で、20年に中国が米国から輸入する農産物は186億ドル(合意の51%)に留まるとまで予測した。
その主な理由として、(1)コロナ禍によって中国の大豆油や豚肉などの需要が減少すること、および(2)米中貿易戦争下で進めてきた食料輸入先の多元化政策を中国は急激に変えることができない実態にあることが挙げられた。実際、本年1~3月における中国の米国産輸入額は33億ドル、前年同期比で2%減。秋までに大豆やトウモロコシを大量に輸入するとの情報は流れたが、5月末に至るまで中国側は輸入急増のきざしを見せていなかったのだ。
◆無党派保守層の離反に焦るトランプ陣営
米中両国はなぜこれほど高い目標値で合意したのか。トランプ大統領にとっては、輸出減と価格低迷にあえぐ農家や農業関係者の対中輸出増への期待に応えることが課題であった。努力目標であってもその政治的な効果が必要だったのだ。それに、たとえ目標が実現されなくても「未曾有の好景気」と「記録的な低水準の失業率」という再選カードさえあれば、選挙は勝てる。少なくとも本年2月まで、トランプ陣営はそう確信していたに違いない。
ところが、新型コロナの感染拡大でこれらのカードは使えなくなった。そこで新たに登場したのが「中国たたき」だ。新型コロナを世界中にまき散らした中国に責任を負わせ、世界保健機関を支配して自らの責任を隠蔽した中国に懲罰を与える。そう国民へアピールすることで、強い「戦時下の大統領」というイメージを固め、自らのコロナ初期対応の失敗を覆い隠す。国民の間に強まる反中国感情に訴え、経済のV字回復と「偉大なアメリカ」の再現へ有権者の期待感を振り向けることができる。トランプ陣営はそう踏んだのだ。
「中国たたき」の裏側には、コロナ禍による一部有権者のトランプ離れがあったと言われる。3月中旬の株式市場の暴落とその後に続いた失業者の急増を契機に、世論調査でのトランプ支持が下落へ転じたのだ。
保守系メディアのフォックス・ニュースの調査(5月21日)でさえ、「大統領支持は44%、不支持は54%」。大統領選については、「トランプ40%対バイデン48%」だ。保守的な高齢者と無党派層のトランプ離れが支持率低下の最大の要因だと伝えられる。4月27日公表のUSAトゥデー紙の世論調査でも無党派層のトランプ支持は27%と、昨年12月調査の45%から大幅に後退した。
「中国たたき」の新カードを振りかざせば、中国は大豆等の輸入を減らしてくる。しかし、無党派層の離反を食い止めなければ再選が危ない。農家と農業関係者は有権者の約2%、多くても600万人から700万人ほど。だが、無党派層は有権者の40%、9000万人を超え(共和党支持者28%、民主党支持者31%、ギャラップ調査の19年平均)、このうちの保守的な有権者の支持を回復させることが再選には不可欠だ。「中国たたき」の新カードは、このように一部農民の離反を織り込み済みで打ち出されたものだが、どれほど効果を発揮するのか。
無党派の有権者は民主党の強い都市部と都市郊外に多く居住する。中西部の接戦州などでは、投票率の高い農家と農業関係者が選挙結果に与える影響は依然大きいと筆者は予測する。
問題は、トランプ陣営の選挙戦略を中国側がどう評価し、選挙までの対米政策をどう展開するかだ。一方、大統領側は「中国たたき」の政治的効果を少ないと見れば、別の再選カードを持ち出すことになるだろう。中国政府が米国からの農産物輸入をどれほど減らし、それにワシントンがどう反応するか。それが当面の注目点となる。
重要な記事
最新の記事
-
シンとんぼ(127)-改正食料・農業・農村基本法(13)-2025年2月1日
-
みどり戦略対策に向けたIPM防除の実践(44)【防除学習帖】第283回2025年2月1日
-
農薬の正しい使い方(17)【今さら聞けない営農情報】第283回2025年2月1日
-
2024年の農業就業者は180万人 前年比7万人減 総務省・労働力調査2025年1月31日
-
備蓄米の買い戻し条件付き売り渡しを諮問 農水省が食糧部会に2025年1月31日
-
殺処分対象911万羽 鳥インフルエンザ 国内48例目 愛知県で確認2025年1月31日
-
"人財"育てチームで改革(1) JAみえきた組合長 生川秀治氏【未来視座 JAトップインタビュー】2025年1月31日
-
"人財"育てチームで改革(2) JAみえきた組合長 生川秀治氏【未来視座 JAトップインタビュー】2025年1月31日
-
【世界の食料・協同組合は今】EU環境戦略の後退と戦略的対話 農中総研・平澤明彦氏2025年1月31日
-
【クローズアップ 畜産・酪農対策】生乳需給参加が事業要件 「欠陥」改正畜安法是正へ農水省方針2025年1月31日
-
(420)「いまトラ」をどう見るか【三石誠司・グローバルとローカル:世界は今】2025年1月31日
-
GI取得「かづの牛」など農産物・加工品6産品 農水省2025年1月31日
-
いちご観光農園「熊本あしきた いちごの森」オープン 「ゆうべに」「恋みのり」食べ放題 JAあしきた2025年1月31日
-
シャキッと甘く 高級かんきつ「甘平」出荷始まる JAえひめ中央2025年1月31日
-
全国の魅力的な農畜産物・加工品が勢ぞろい JA全農が商談会2025年1月31日
-
岩手県から至高の牛肉を「いわて牛・いわちくフェア」2月1日から開催 JA全農2025年1月31日
-
「国産米粉メニューフェア」銀座みのりカフェ・みのる食堂で開催 JA全農2025年1月31日
-
「はこだて和牛」など味わえる「JA新はこだてフェア」2月1日から開催 JA全農2025年1月31日
-
「ニッポンの食」で応援 全日本卓球選手権大会(ダブルスの部)に特別協賛 JA全農2025年1月31日
-
蔵出しミカンの出荷始まる 食味良く大玉傾向 JAふくおか八女2025年1月31日