農政:農水省政策プロジェクトリーダー
農水省 神井弘之大臣官房審議官(消費・安全局担当)に聞く【SDGs・食料消費プロジェクト】2020年7月21日
「農は国の基」国民起点で「見せる化」検討
新たな基本計画では「農は国の基」であること明記するとともに、その認識が国民全体で共有され国民の理解と支持が得られるようにしていくことを打ち出した。そのために消費者と食と農のつながりを深化させる施策を検討しているのが「SDGs・食料消費プロジェクト」だ。どのような検討を行っているのかリーダーの神井弘之審議官に聞いた。
--「SDGs・食料消費プロジェクト」というプロジェクト名からは、大変幅広い範囲をカバーする印象を受けますが、実際には、どんな活動をされているのですか。
このプロジェクトでは、基本計画でいう「消費者と食・農とのつながりの深化」をどう具体化していくのかを考えていくこととしています。基本計画には、「農は「国の基(もとい)」という認識を国民全体で共有していく必要性も書かれています。ちょっと大胆に言い換えると、このプロジェクトでは、農業・農村の提供する価値を国民の皆さんに理解していただき、買い物や投資などによって、その価値の持続的な提供を支援していただけるよう、環境を整えることを考えたいと思います。「国民起点」で臨むプロジェクトと位置付けています。
--今回の基本計画では、「国民運動」や「国民的合意」など、「国民」という言葉がキーワードとして何度も出てきますが、国民運動の展開について、どう考えておられますか。
「国民」の皆さんと言っても、消費者、地域住民、納税者、様々な立場がありますよね。生活者のニュアンスが強いようにも思いますが、農業者、食品企業の皆さんも、当然「国民」です。また、持続性を考えると、今、生きている私たちだけでなく、将来の国民の皆さんに対する責任も視野に入ってきます。
現状を見ると、価値観の多様化が進み、「国民運動」と言っても、全員が「右向け右」というような一律に何かを求める運動は非現実的ですし、個人的にもそれが望ましいとは思いません。北から南まで多様な気候風土に根ざした多様な農業・農村の在り方があるように、さまざまな食・農とのつながりを深める取り組みを尊重することが大事だと思います。多様性を尊重しながら、取り組みに関わる方々の間に緩やかな紐帯(ちゅうたい)ができることを促し、国民の皆さん全体に共通認識が育まれる状態を目指すのだろうと考えています。
主役は、消費者の皆さん、農業者の皆さんで、役所が予算や法律の手当てをすれば、上手く課題解決につながるかというと、そういうものではない。一筋縄ではいかないですよね。重たい課題ですが、新しいチャレンジだと捉えて、プロジェクトの検討も、従来と異なるスタイルを採用しています。
需要創造運動のあり方、関係者との協働の進め方など、省内で部局横断的に取り組むべき課題を4つ立てて、それぞれのテーマについて、中堅・若手の職員7人から10人程度のグループを編成して検討作業を進めています。グループでは、縦割りを排して、そもそも論から議論し、提案を作り込むことにしています。アウトプットを変えるために、まずは、プロセスを変えてみようということです。
--具体的には、どのような取組を応援していこうと想定されているのでしょうか。
新型コロナで、多くの方々が大変なご苦労をされていますが、苦境を突破するために、食・農とのつながりを深めることを目指したさまざまな取り組みが生まれています。「ピンチをチャンスに」と言うには現実は非常に厳しいですが、それでも、あちこちで芽生えている自発的な動きを尊重し、「点」の動きが「面」に拡がるよう、応援していくこと大事だと考えています。
例えば、新型コロナが発生するなかで、目立っているのが、商品やサービスを買うことで産地、生産者を応援しようという「応援消費」です。あるアンケートでは、「新型コロナウイルス問題発生後に、農水産業の生産者に応援消費を行った」と回答した消費者が一割を超えています。個人的には、加工食品なども含めると、もっと多くの方が応援消費を体験されている印象を受けています。
東日本大震災以降、「食べて応援しよう」というキャッチフレーズで、自然災害等の被災地への支援が行われて来ました。これは、核になるコンセプトを共有することで、多様性は保ちながら一体感を醸し出し、同じ志の方々の行動にまとまりが出て相乗効果が期待できる一つの例だと受け止めています。
この「応援消費」が、今回の新型コロナへの対応では、特定の地域に限定されない、面的な広がりを持つ動きへと深化したように感じます。こうした動きを一過性のものに終わらせず、新しい生活様式のなかで、消費者の皆さんにとっても、農業、農村にとっても有意義なものとして定着させることが大切だと思います。
消費者の皆さんの間で表立ってきている、「自分の生活の質を左右する生産に関わりたい、現場に参画したい」という意欲にどう応えるかも重要だと思います。国内外を問わず、家庭菜園への関心が高まっていることや、ICTを使って栽培技術を学ぶ「ハイブリッド型」の体験へのニーズが増えていることなどにも、つながりの深化へのヒントがあります。
新しい生活様式の中で、農業者と消費者の二項対立でなく、双方向の支え合いが重要になってくるのではないでしょうか。「ローカル」「協働」「ICT利用」などが、キーワードになると考えています。
--農業サイドも、消費者・生活者からのフィードバックを受けて、より支持されるように変化していくことが期待されているということになりますね。
おっしゃるとおりだと思います。先ほどご紹介したアンケートでは、「応援消費」を行った理由も聞かれていますが、多くの方が、「応援先の理念や価値観に共感するから」と答えていらっしゃることに注目したいと思います。ポスト・コロナを意識すると、今までに増して、『モノ』の提供だけでなく、その背景にある『こと』『ココロ』を伝えていく動きが重要になっているのではないでしょうか。例えば、地元の誇りである「川」(環境)に負担をかけない農業というコンセプトを共有するさまざまな生産者の農産物について、それぞれの生産者の思い、こだわりを動画などで表現しながら通信販売している例や、農福連携の取リ組みとしてアスパラガスの生産・販売のためのクラウドファンディングに取り組んだ例など、生産者のサイドから、理念や価値観を伝える動きが、目立ってきていると感じます。
ポイントは、国民の皆さんに農業と農村の提供する価値、魅力を「見せる化」していくことだと思っています。「見える化」ではなく、「見せる化」。農業関係の皆さんは、謙虚な方が多く、個人的には美徳だと感じていますが、つながりを深化させていくためには、積極的に見せていくことが、どうしても求められます。地に足のついた姿勢で、「見せる化」していくことが、安心、信頼を生み、強みにつながるのだと考えます。
--農業サイドから「見せる化」に取り組み農業への価値への共感を広げる必要性はよく理解できますが、実際の経済活動や政策の実行面では、どうしても定量的に価値を示す必要が出てくるのではないでしょうか。
確かに国民の皆さんに広く、農業・農村の提供する価値を見せていくには、その価値を客観的に伝える共通言語が必要になると考えています。共通言語は、農業の関係者だけに通用するものではなく、環境への意識の高い生活者や他産業に携わる方にも通じるものであることが必要です。また、日本に限定的に通用するものでなく、国際的に通用するものであることも重要です。
この観点から、我々は、「生態系サービス(ecosystem services)」という考え方に注目し、その枠組みを政策やビジネスにも利用できるよう検討をスタートしています。
生態系サービスと聞くと、生物多様性と誤解されることも多いのですが、国連などで議論されている「生態系から人間が受け取る便益」を指す言葉です。食料、繊維などの供給、大気や水の調節や、景観やリクレーションの場の提供などの文化的なものまで含み、その定量的な評価、分析が世界中で試みられています。農業や農村が国民の皆さんに提供しているメリットを、データに基づいて「見せる化」できるよう、検討を進めていきます。
--JAに期待することもお聞かせください。
現時点では、まだ「点」の存在である、さまざまな食・農とのつながりを深める取組みを、「面」に広げ、定着させていく上で、JAの強みが発揮されることを期待しています。特に、地に足の着いた「ローカル」の動きを、今まで縁遠かった関係者と「協働」で進めていくためには、いかに未知のもの、異なるカルチャーに対して、寛容な態度で、積極的に関わり合えるかが重要になると考えています。これから、我々と一緒に「見せる化」に取り組んでいただければ幸いです。
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