農政:どう思う!菅政権
【緊急寄稿】田代洋一 「自助第一」なら政治はいらない【どう思う!菅政権】2020年9月17日
安倍内閣の総辞職を受けて9月16日、第202臨時国会が召集され衆参両院で第99代総理大臣に使命された菅義偉自民党総裁はただちに組閣し、同日、菅内閣が発足した。菅内閣をどう見るか。安倍政治の総括とともに、田代洋一横浜国大・大妻女子大名誉教授に緊急に寄稿してもらった。
写真出典:首相官邸ホームページ
居抜き組閣 遠くない解散
菅内閣、といわれても、ときめくものが何もない。出てくるのは、コロナ危機はどうなるのか。そもそも日本はどうなるのだろうか、といった不安だけである。
安倍政権はコロナ危機に対して行き当たりばったりになり、行き詰っていた。国家が、国民に外出や営業の自粛という基本的人権や営業の自由の制限を要請する時、最も必要なのは、国民の国家に対する信頼だ。ドイツのメルケル首相をみればすぐわかる。その最も重要な国民の国家に対する信頼を、安倍首相は、モリカケやサクラ問題など、安倍個人がからむスキャンダル、そしてその隠蔽で、泥に投げ捨ててしまった。
その時すでに命脈尽きていたが、公的な辞任理由は健康である。「病気で志半ばなら後継者が跡を継ぐべき」というのが、「素直な」国民の感情かも知れない。安倍前首相としても、政権が大きく変われば、モリカケやサクラなど諸悪の罪を暴かれかねない。加えて、安倍内閣でコロナ対策と経済政策のバランスをとるうえで、経済優先を主導したのが菅官房長官だ。その点で、財界もOKということだろう。あれやこれやで菅内閣になった。それは官房長官が総理大臣を兼ねる内閣ができたということだ。逆ではない。従って組閣等も、主要ポストは留任あるいはたらい回しの「居抜き」である。これでは新首相としては、残り任期いっぱい務めていたら、後がない。自らの長期政権を狙うには、自前で選挙に勝つしかない。という次第で、総選挙は遠くない。国民としては、菅内閣の本質、日本が当面する政治課題を見つめ、選択を誤らないようにする必要がある。
政治の負 継承か
そもそも菅が引継ぐ安倍内閣とは何だったのか。第一に、第二次安倍政権は1993年あたりからの平成政治改革の集大成である。平成政治改革は、小選挙区制を土台に、何よりも政権交代を可能にし、内閣機能・首相権力を高めるためのものとされた(待鳥聡史『政治改革再考』新潮選書)。安倍前首相は、政策的には民主党から多くのものを引き継ぎつつ、政治的には「悪夢のような」と全面否定し、「憎しみの政治風土」をつくった。安倍前首相は組織を仕切る経験もなしに、抜擢されて出世し、権力の頂点にたったので、頼る者がいない。結果は、お友達内閣、補佐官側近政策だった。
安倍内閣は、内閣機能強化、首相権力強大化の政治改革を最大限に享受した。内閣人事局がその筆頭である。それが忖度行政をもたらし、日本が誇る官僚機構のみならず、法治体制まで毀損してしまった。その内閣人事局の絶大な権力を実際に行使したのは菅官房長官だった。この点では引継ぎは既に終わっている。
かくして安倍政権は、平成政治改革なるものの負の側面の集大成であり、それを引き継ぐのが菅内閣だ。それに対し、国民は、本当に民意を素直に反映させられる選挙・政治のあり方を考える必要がある。
内政こわもて 外交は?
安倍政権のイデオロギーは、新自由主義や対米従属の一本では割り切れない。新自由主義の一方では、強い国家により中央銀行をねじ伏せ、官邸が春闘を主導する国家主義でもある。新自由主義は弱い者に対してのみ発動される。またトランプ抱きつき外交を演じながら、隙あらば習近平とも経済利益を追求しようとする。
安倍が対米従属で決定的に加えた要素は、集団的自衛権を除けば、円安政策である。アベノミクスは円を安くして輸出を伸ばし経済成長を図る政策に依存している。円安にするには異次元金融緩和で円をじゃぶじゃぶ供給することだ。既にオバマ政権、TPPの時代からアメリカは日本の為替管理を問題視していた。トランプ政権も同様である。そのトランプ政権に円安為替操作を見逃してもらう。そのためには何でもする。安倍政権に固有の対米従属の要因はアベノミクス・円安政策にある。
では安倍のイデオロギーの本質は何か。それは歴史修正主義的ナショナリズムである。ナショナリズムの点ではトランプ、プーチン、習近平に共通する。
菅内閣は、このような安倍政権の「個性的な」性格をどう継承するのか。少なくとも「内(うち)づら」はこわもて内閣になろう。しかし「外(そと)づら」はどうか。
ここでアメリカ大統領選にも触れておきたい。いろいろ言われているが、トランプが勝てば「チャイメリカ」(中国とアメリカの経済的癒着)の引き剥がしにかかり、その返り血をたっぷり浴びつつ、経済的凋落を加速し、そのツケを日本等の同盟国に回してくる。
バイデンが勝利すれば、建前として「自由と民主主義」を中国に強く求めることになり、妥協不可能なイデオロギー対立を強め、米中対立は新冷戦化するだろう。
要するに世界情勢はコロナ危機も加わり、極めて難しくなる。そのなかで米中のいずれにも加担するのではなく、世界の利害対立を調整するミドルパワーの役割が日欧には期待されている。官房長官が首相を兼ねる菅内閣に、このような国際課題へのチャレンジが期待できるだろうか。
「国民政党」やめた?
新政権の最大の課題は、経済とのバランスをとりつつコロナ危機の収束に全力を挙げることだ。それに対して「自助、共助、公助」が新内閣のスローガンである。「自助」を国民に第一に求める点でも、菅内閣は、コロナ危機で「自粛」すなわち「自己責任」に訴えた安倍内閣の継承にまことにふさわしい。
国民はコロナ危機に際しても、当てにならない行政や専門家に対して経験知を交流しつつとっくに「自助」している。しかし国や政治が「自助第一」と言ったら、国も政治も必要なくなる。国民(人種を問わず国境内に住むひとびと)や世界に責任をもつ政府でなければならない。
今回、思い出した言葉がある。「国民政党」だ。自民党は社会党等の「階級政党」に対して、国民各層の利害を万遍なく反映する「国民政党」として半永久政権を維持してきた。時には社会民主主義的な政策まで代弁した。しかし、自民党は今回、総裁選出に当たり党員選挙をやらなかった。党員=国民とは言わないが、「ああ、国民政党をやめたのだなあ」という印象が強い。
農政転換 必須の時
表に総裁候補の得票率を示した。国会議員票では菅が4分の3を占めた。しかし県連票、党員・党友票といくほど下がる。いずれでも過半は占めたので、自民党内としては勝ち馬相乗りというところなのだろう。
表示は略したが、党員・党友選挙で菅が過半をとれなかったのは15県。東京以東は4県だが、残りは以西である。以西では中国・九州が多い(中国は石破・岸田の選挙区)。最近の選挙では、自民党は東北で苦戦し、西日本では圧倒的に強かった。党員・党友選挙の結果は、とくに地方の危機感が西日本で強いことの一つの反映ではないか。
西日本では1県1JA構想も多く、地域も農協も持続性を問われている。農業では、今後、コロナ危機の影響が各方面に出てくるようになり、コメ過剰は著しく、輸出やインバウンドもとん挫し、真の内需の掘り起こしが求められる。RCEPやメルコスール(南米南部共同市場)とのFTA、アメリカとの通商交渉第二ラウンドも控えている。総自由化時代における農政転換は必須だ。
菅は安倍とともにも農協「改革」の張本人である。今度はその菅と、全国土地改良事業団体連合会理事長の二階幹事長がスクラムを組んだ。しかし、そういう政局力学に頼っていたら、農業は国民から見放される。農業・農協陣営として、国民に何を訴えるか。首相交代が問うのはそのことのみである。
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