農政:花開く暮らしと地域 女性が輝く社会
【花開く暮らしと地域 女性が輝く社会】真の復興 多様性が鍵 千葉大大学院秋田典子教授に聞く2021年6月18日
千葉大学大学院園芸学研究院の秋田典子教授は、10年前の東日本大震災で打ちひしがれた被災地を「花と緑で元気にする活動」に取り組み、被災者に新たな希望を与えた。そのなかで、秋田教授が見たものは、震災復興で見せた女性の力強い活躍だった。ジェンダー(男・女の社会的属性、関係性)の視点を中心に同教授に聞いた。(聞き手は加藤一郎・元JA全農代表理事専務)
東日本大震災 「花と緑で元気にする活動」10年の軌跡
ジェンダーの視点 不可欠
千葉大学大学院園芸学研究院・秋田典子教授
いつでも誰でも 共生の魅力察知
―秋田先生は、「花と緑で元気にする活動」を10年以上、延べ1500人を超える千葉大学園芸学部、園芸学研究科の学生、卒業生と岩手、宮城、千葉県の被災地で行ってきました。現地に足を運ばないと分からない痛みや喜びを肌で感じた参加者たち。傷ついたふるさとのなかで、傷ついた自分をそっと抱えてくれるような場所を求めた被災地の人々。両者のつながりは、震災で壊滅した地域に花と緑で人々を癒やす空間をつくるという新たな希望を生み出しました。このような復興支援活動を通じて秋田先生は被災地の女性についてどのように感じましたか。
秋田 実は、今回の取材で問われるまで、自分が被災地で取り組んできたことをジェンダーの視点で真剣に考えたことはありませんでした。確かに被災した地域では男性の声が大きいことが指摘されていましたが、それが具体的にどのような課題を伴うのかがよく分からなかったので、まずはボランティアとして現地に入りました。
専門家として何かをするというのではなく、あくまで被災された人々のサポートの立場です。地域の状況がわかるまでは、それを貫くつもりでした。
被災地でガーデンづくりする学生たち(宮城県石巻市で)
――復興事業として始まったイチゴなどの施設栽培と異なり、経済的な価値はないものの、10年間の花壇作りは被災地で定着しましたね。なぜ花壇作りを提唱したのでしょうか。
秋田 千葉大学園芸学部は、国立大学のなかで唯一の園芸学部であり、また、花や緑は誰でも関わることが出来るからです。現地を訪問した時に仮設住宅で暮らしていた人の多くは女性でした。男性は仕事に働きに出ていたりして日中は不在のことが多く、高齢者の女性のみの世帯も少なくありませんでした。その結果、自然と女性と一緒に活動することが多くなっていました。現在、大きなガーデンとなっているエリアも、最初は「私たちも花を植える手伝いをするので一緒にやりませんか」と声を掛けたのがきっかけです。
東日本大震災の復興事業には、大きな予算が使われ、大規模な構造物がたくさん造られました。完成するまでの間、その場所を使うことはできません。一方でガーデンは時間をかけて、地元の人たちやボランティアの人たちによって、手作りで少しずつ成長してゆきました。小さな場所ですが、いつでも誰でも参加し、そこで時間を過ごすことができます。このように、被災した地域に根を張り住民の居場所づくりに取り組まれた方には女性が多かったように感じています。
一方、復興事業の現場では、行政や専門家、地元を含めた全ての関係者がほぼ男性だけで構成され、物事が決められている状況を目の当たりにしました。例えば、被災直後の避難所の生活において、物資の配分や仮設住宅などの決定は男性が行い、炊き出しは女性が行うものといった固定概念や、それに対して女性が声を上げにくい風潮もみられました。復興事業の決定に必要な地元の合意も、男性のみの自治会長の声で決められていることもありました。私自身も復興事業の現場で声を上げにくいと感じたことが何度もありました。
これは、日本のまちづくりにおける本質的な課題でもあると感じています。そういった点で、私たちが10年間支援した花壇作りは、女性の声が通りにくい復興の現場で、自分たちが求める復興の姿の意思表示であり、手を動かし、汗をかき、自らの力で花壇を作ることにたどりついたのだと思っています。
――同行した学生にどのように参加を呼びかけましたか。また卒業生を含め1500人も参加しました。その要因をどのように考えますか。
秋田 私たちの生活の中で大事なものの中には、経済価値に換算することが容易ではないものがあります。社会関係資本と呼ばれる「社会的ネットワーク」は、その代表的な存在です。
壊滅的な被害を受けた東北の被災地では、人と人、人と土地、時間が引き裂かれました。それらを丁寧に再生するには、時間をかけた取り組みが不可欠です。しかし、こうしたものが失われているのは、被災地だけではありません。学生たちはそれを敏感に察知し、人と土地とのつながりが再生される現場に魅力を感じたのだと思います。
花壇の傍らにはいつも千葉大の皆さんの笑顔があったと言われました。傷ついた土地を、自分たちの手で手当てすることで、地域の再生を実現することは幸福感を生みます。参加した学生の中には、石巻市に支社がある会社に就職を決めた人もいます。活動を通じ、東北に強い思い入れを持つ学生や卒業生が多く出てきました。
――震災復興に関わる中で、どのような場面でジェンダー課題を感じましたか。
秋田 加藤さんに言われて改めて見直してみると、被災直後に国が組織した復興事業の基本的な枠組みをつくる委員会や、そこで各自治体の被害状況を調査する専門家として選ばれた人は全員が男性で、彼らの多くがそのまま担当地域における復興計画の策定や実施に関わっていることに気づきました。
本来なら、東北の復興事業は女性が声を上げにくいという地域性も踏まえ、ダイバーシティ(多様性)の観点から、通常以上にジェンダーを意識し、具体的な取り組みを考えるべきだったと思います。自分自身ですら、今になるまでそのことに気づかず、ジェンダーバイアスに陥っていたことを反省しています。ただ、結果的に地域女性の地に足のついた地道な活動は、被災地の復興と再生を力強く支えてきたことは間違いありません。
――ダイバーシティの概念は、これからの時代に極めて重要です。これは農業の現場にも当てはまります。いま問われているのは、単なる男女の性別だけでなく、あらゆる視点や多様性をもって、分析評価することではないでしょうか。
秋田 自然界では多様性こそがサステナビリティ(持続可能性)の前提、源泉であることは、農業に携わっている人は常々感じておられるのではないでしょうか。異なる価値観を社会が受け入れていくためには時間も必要ですし、時には摩擦も発生します。
元JA全農代表理事専務・加藤 一郎氏
経済秩序変える 地域女性の底力
――ところで、定年後の男性は孤独になり易いと言われますが、どのように考えますか。
秋田 それは、地域活動が極めてフラットな形で行われるものだからだと思います。地域社会は上司や部下がいるピラミッド型ではなく、全員が対等な立場にあるのが前提です。このため、企業に務めた男性が定年後に地域デビューをしようとしても、そうした文化になかなか馴染めないのだと思います。
一方で、ピラミッド型の組織構造のままの男性の自治会長が長く務めておられる地域では、女性が意思決定に参加しづらい状況もあります。こうした地域と企業などの組織の構造の違いがジェンダーにもある程度影響しているように感じます。
――男性は秩序と面子(めんつ)が根幹にあり、女性は秩序に捉われず生きることができるように感じますが。
秋田 確かに、復興事業は秩序と面子の世界だと感じましたね。女性や学生は、それとは全く関係ないベクトルで花壇作りをしてきました。通常、双方の活動が交わるところはないのですが、花壇作り活動は地域の復興と再生に不可欠な活動だと考えたので、それを行政計画に組み込む努力をしてきました。しかし、行政が管轄する復興計画という秩序の中に、花壇作りの活動を組み込むことは想像以上に時間とエネルギーを使いました。
私たちはこの活動を復興庁のモデル事業として認めてもらい、市長への報告会も行いましたが、そこに至るまで10年が必要でした。今回のケースでは、これまで存在した行政の秩序の中に、モデル事業という実績を新たに組み込むことが、秩序を変えることに繋がりました。社会の再生においては、このような秩序の再構築が必要だと感じています。
【インタビューを終えて】
東京大学は女性を過半数とする新執行体制をスタートさせた。林香里副学長は「女性の学生が必要です。これまでの女性像と異なるリーダーを育て、活躍する女性を世の中に広げれば、社会の根源的な意識を変えることができる。男女共同参画とは女性の権利の主張ではなく、これまでとは違う社会をつくるイノベーションの話だ」と述べています。千葉大学の女性の理事は8人中1人、副学長は11人中1人。今後この状況にどう対応するのか興味深いものがあります。(加藤一郎)
【略歴】
あきた・のりこ 大阪府出身。2004年東京大学大学院工学系研究科博士課程修了。同大国際都市再生研究センター研究員等を経て08年から千葉大学大学院園芸学研究科准教授、21年から同園芸学研究院教授。主な領域は自然環境と人の暮らし方や活動との共生のあり方。国交省社会資本整備審議会委員等を歴任。
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