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農政:小高根利明の語ろう日本農業の未来--アグリビジネスの現場から

地下足袋と長靴を持って産地とともに 金子昌彦 カネコ種苗社長に聞く【小高根利明の語ろう日本農業の未来――アグリビジネスの現場から】2021年7月16日

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種子がなければ農業は始まらない。明治28年創業のカネコ種苗は、日本の種苗業界のトップとして、つねに生産者目線から種苗開発に取り組み、日本農業を牽引してきているといえる。そこで、金子昌彦社長に、日本農業への想いそして種苗開発への取り組みなどについて聞いた。

金子昌彦 カネコ種苗(株)代表取締役社長金子昌彦 カネコ種苗(株)代表取締役社長

農業を総合的にサポート

――貴社は10年ほど前までは農薬の広域卸商としての側面が強く印象にありましたが、この路線も2012年にベルデ九州を合併し、全国展開も一段落したのかなと思っています。近年は種苗や養液栽培システム開発をベースに農業資材の販売までいわば現場型の一気通貫のビジネスモデルを進めているようにお見受けします。

金子社長に会社の現状と経営方針をお聞きしたい。

金子 当社は創業が1895年(明治28年)で、金子才十郎商店を母体にしています。初代は非常に農業に熱心な篤農家だったようで、自分で品種改良した種を周囲の方々におすそ分けしたり、県と協力して農業試験場を立ち上げたりした方と聞いています。会社を設立した当初はまだ自力で種子を開発することは難しく、この地域の名産品であり、のちに全国制覇するような品種になる"石倉ネギ"や"国分ニンジン"の種子を全国に販売していました。その過程で、牧草、売上的には一番の農薬、農業資材、花、養液栽培システムとこれまで順次仕事の幅を広げてきました。

商売として取扱品目を拡大してきたという側面だけでなく、私が考えるのは、農業は総合的なものだと思っているからです。"種屋は育種して種だけ売っていればいい"ということでは、良い生産物ができないんです。農薬も必要だし資材も必要になります。いろいろなものが揃うことによって、はじめて総合的なサービスができ、"ワンストップ"でのアドバイスができるようになります。お役に立てる"質"が変わってくるものと思っています。

笑い話になりますが、お客様から「同じ日にカネコさんから何人も見えるよ。」と言われることがあります。それぞれ専門性を持った人間が連携を取りながらカバーしているということです。これからも農家を総合的にサポートできる体制づくりに力を入れていきたいと思っています。

現場にすべてがある

――全国に16もの支店を展開していることからも、現場型の事業を目指していることがよくわかります。また、支店ごとにマネジメントができる人材がそろっているということは人材の層が厚いんですね。

金子 日本は狭い国土ではありますが、南北に長く気候や地形も非常に多様性に富んでいます。ですから、社員もそれぞれの地域に住んで、そこの地域の人たちと同じ条件で生活することによって、生産者が困っていることやその地域の課題をすぐにキャッチして、相談にのったり一緒に考えたりと対応することができるようになります。それが信頼をいただける基になると確信していますし、現場にいることの価値だと思っています。また、もう一つは動きが素早くできるということです。東日本大震災の時に地元の支店がすぐに駆け付け感謝されたことや台風や雪害の後の復旧に際して資材の迅速な対応でお役に立つことができたことなど嬉しいことでした。

もちろん全国に支店を展開することは、経費的にも人の異動という点でも負担がないわけではありませんが、私は社員にはいつも「現場にすべてがある」と言っていますので、社員も異動をいとわず現場で働くことを意識し、飛んでいく覚悟はできていると思います。そして、現場を実体験することでまた一回り大きくなって帰ってきます。

産地と消費者に喜ばれる開発を

――種苗の開発に話題を移しますが、サツマイモの新品種「シルクスイート®」は私でも知っているくらい味も食感もよく市場や消費者からも評判です。サツマイモの品種開発は試験場など公的機関が主体となって行われてますので、コスト的に不利な民間業者がそれにチャレンジして結果を残したということは高く評価されると思います。

金子 もう40年くらい前になるんでしょうか、バイオブームというのが起こりまして、その時流に乗ったといいますか、伊勢崎にバイテク専門の研究所を作りました。草分け的な存在だったと思います。最初はウイルスフリー種苗の研究と生産を行っていましたが、研究所側から「種屋だから育種したいです。」との提案がありました。当時は、遺伝資源も持ってないわけですから、まさに一から始めるチャレンジとなりました。当社は群馬にある会社ですので、コンニャクやウドから始めて、これはうまくいかなかったのですけど、比較的マーケットの大きいサツマイモとヤマノイモをターゲットに据えて取り掛かりました。育種というのは経営者とブリーダーの我慢比べのようなもので、いつ結果が出るかもわからないのですが、色々と試行錯誤をしながらも「社長、美味しいのができました。見に来てください。」との声を聞くことができました。サツマイモの代表が「シルクスイート®」で、ヤマノイモの代表が「ネバリスター」です。共にウイルスフリー種苗として販売し、産地と消費者に喜ばれています。

――種苗開発は農業の最も川上に位置する分野で、その分野の強化発展は、水が高きより低きに流れるように、生産者から消費者までベネフィットをもたらすと思います。生産者が期待できる新品種の開発状況など差支えのない範囲でお聞かせください。

金子 種はすべての始まりです。種苗の業界は、少し大仰に言うと、人が平和に生きていくうえで欠くことのできない幸せづくりの仕事をさせていただいているものと考えています。そして生産者が豊かになれるお手伝いをさせていただくのが我々の役割と心得ています。

品種開発に関しては、長期的な目標をどう立てるかが大事だと考えています。今まで成功した品種を見てみるとみんな新規性のあるものなんですね。

例えば、「レッドオーレ」。これは中玉トマトというジャンルを確立したような品種です。それまで大玉とミニのジャンルはあったのですが、中玉は中途半端だと言われて評価がいまいちでしたが、甘い味を乗せることができて画期的な品種になりました。また、枝豆に「湯あがり娘」というのがあります。茶豆は味がよく人気ですが、収穫時期が遅くなる難点があります。この「湯あがり娘」は味は茶豆風味ながら、色鮮やかな緑豆で収穫時期も早く獲れるて、しかも収量性が高いという画期的な商品となりました。

今注力しているのはカボチャです。カボチャは結構腐りやすいので、貯蔵性のある品種を産地間で協力して沖縄から順次リレー栽培で北上し北海道までつなげて、そこで貯蔵用のものをつくるという構図です。沖縄にもだいぶ採用していただけるようになりました。こうすればいつもフレッシュな国産カボチャを消費者に提供できるようになり、海外品に頼らずに済むようになります。カボチャに限ったことではないですが、こういうやり方が日本農業を守る一つの方法だと思います。

新規性のある画期的な品種を開発できれば、消費者にも喜んでいただけて、生産者にはしっかり収入を上げていただくことができます。作付けにあたっては、その地域に適した品質の良い種苗を使うかどうかによって農家の収入も大きく左右されることになりますので、我々の責任は大きいと感じています。ただ、品種改良は時間と労力が必要で、明日すぐ対応するというのは難しい部分もありますが、消費者向けには味や健康につながる機能性、生産者向けには病気に強く気候の変化にも鈍感で機械化適性のある品種が求められてくるとみています。

作物ではグローバルなマーケットが期待できるタマネギ・ニンジン・キャベツなどに注力しています。これまで手薄だったブロッコリー・カリフラワーにも手を広げています。

農業は地道な「技術革新の歴史」

――種苗開発にかける研究費の目安とかあれば教えてください。

金子 当社は先ほどお話ししたように種苗だけでなく農薬や資材や養液栽培システムなども総合的にやってますから、大手専業と同じような規模の研究費はかけられません。当然、絞り込みをすることが必要になりますし、やはり遺伝資源を持っている得意分野に磨きをかけることになります。ただ、最終的には総合種苗会社を目指していますから、あんまり絞り込みすぎて可能性をつぶしてしまうのもいけないですし、本当にそのバランスをとるのは難しいと感じているところです。研究員は全社員の1割以上います。(注:社員数620名)結構大変なんですよ・・・。でも地道にやっていくしかないです。育種は結果出すまでざっと10年、やったからといって必ず結果に結びつくかどうかはわからないというものですが、やりがいがあります。すぐにできないからこそ楽しいとも感じます。

農業は地道な「技術革新の歴史」です。これからも環境変化の中で"不変と応変"を常に意識していきたいと思います。そして農業の可能性を信じつつ地下足袋と長靴持って、産地とともに歩んでいきたいと願っています。



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