農政:バイデン農政と日本への影響
【バイデン農政と日本への影響】第12回 畜産農家への支援を強めるバイデン政権――トランプ岩盤支持層の切り崩しに効果はあるか? エッセイスト 薄井 寛2021年7月20日
バイデン大統領は7月9日、ITや運輸、農業など広範な事業分野における巨大企業の寡占化を抑制し、中小企業や農家との公正な競争条件を整備するため、「アメリカ経済における競争促進に関する大統領令」に署名した。
この直後、農務省は小規模な食肉加工場や畜産農家への支援策を次々に打ち出した。その主な施策は次の四事業だ。
(1)食肉加工への新規参入企業に対する資金援助と融資(事業規模は5億ドル、約550億円)。
(2)地方での雇用維持に貢献してきた既存の食肉加工場に対する加工施設の拡充支援と屠畜検査体制の整備(約160億円)。
(3)畜産農家と新規参入農家に対する公正な競争条件の提供(大手食肉パッカーによる不公正な家畜の買い入れ価格の設定を規制する現行の「食肉加工場・屠畜場法」の運用強化)。
(4)大手4社で80%以上のシェアを占める食肉パッカーが昨年、労働者の新型コロナ感染で一時的に閉鎖されたために家畜の出荷先を失い多大な損失を被った畜産農家に対して「パンデミック畜産農家損害補償計画」を実施。2020年3月~12月に家畜を大手パッカーへ出荷できず、処分を余儀なくされた農家へ家畜の市場価格の80%と処分費用を支給する。
本シリーズの「食肉加工企業と対立する肉用牛の肥育農家」ですでに報告したように、高騰する牛肉価格と低迷する肉用牛価格との乖離に危機感を強めた牛肉生産者団体は6月1日、大手食肉パッカーの肉牛買い入れ価格の透明性と食肉処理施設の増設を連邦議会へ求めたが、農務省が今回打ち出した支援事業は生産者側のこうした要求へ全面的に応えるものとなった。
畜産農家(耕種との複合経営を含む)の戸数は95万(総農家204万戸の約47%)を超えるが、全米の有権者に占める割合は1%未満だ。バイデン政権はこうした畜産農家へなぜ手厚い支援策を打ち出したのか。
その理由として、(1)前政権による農業支援の重点が穀物農家に置かれ、畜産農家の間に不満が広まっていた、(2)年初から穀物・大豆価格が高騰し(表参照)、畜産農家は飼料コスト増の問題に直面している、(3)大手パッカーの寡占実態に対する消費者の関心が高まってきたことなどが指摘された。
だが、目的は別に二つある。一つは、反トラスト法の強化を訴える民主党リベラル派議員の要求を踏まえ、与党内部の結束を図る目的。二つ目は来年11月の中間選挙対策だ。
強まるバイデン追い落とし策
トランプ岩盤支持層を切り崩すには前政権と同様、多様な有権者グループへの〝補助金バラマキ策″を躊躇なく実行する。そうせざるをえないほど、民主党をめぐる選挙情勢が悪化しているからだ。
連邦議会で民主党が共和党を上回る議席はわずかだ(上院は民主50対共和50、下院は民主220対共和211、欠員4)。中間選挙で民主党が負ければ、バイデン大統領は一期目の後半からレイムダック化し、二期目の当選も危うくなる。
それに加え、共和党のバイデン追い落とし策が多くの州で強まってきた。民主党の支持者が多い黒人などの少数グループや学生の投票を抑制するため、共和党優勢の州が選挙法の改悪を進める。投票登録の厳格化や期日前・郵便投票の制限などの法改正が少なくとも17州ですでに断行された。
20年センサスに基づき10年ぶりに実施される今年の下院選挙区の定数改訂も民主党に不利だ。共和党の強い人口増の6州は7議席を増やし、両党ほぼ拮抗の7州が7議席を失うからだ。
トランプ前大統領は6月5日、ノースカロライナ州の共和党大会で演説し、本格的な政治活動を再開したが、この動きもあなどれない。演説のなかでトランプは、「ジョー・バイデンと社会主義者の民主党こそ、歴史上最も過激な左翼政権だ」、「史上最大規模の増税を検討している」との非難を繰り返し、現政権の対中弱腰外交への批判と絡めて次のようなメッセージを農家へ送った。
「(20年1月に合意した第一段階の米中貿易協定で)我々はアメリカの農家のために大きな成果をあげた。トランプ政権、つまり私のおかげで農家は以前よりもうまくいっている。小麦だけでない。他のほとんどすべての農産物の価格の高騰ぶりを見てくれ。(私が実現した米中協定によって)中国がいま、莫大な量の農産物を米国から買っているからだ」。
中間選挙の戦いは始まっている。「民主党が両院とも多数を堅持するのは困難だ」、「大接戦の選挙区が増える」との予想がすでに出ている。そのため、バイデン大統領が政権基盤の強化を実現するには、農業州でのトランプ支持層への食い込みがいっそう必要になってくる。
前述の「大統領令」が発せられた7月9日、全米肉用牛生産者・牛肉協会のレイン政策担当副会長は、「私たちの最優先課題に対して迅速に対応してくれたバイデン大統領とビルサック農務長官に深く感謝する」との謝意を表したが、はたして会員農家の「票」につながるか。バイデン政権の今後の地方・農業支援策の展開とともに、注目していきたい。
重要な記事
最新の記事
-
飼料用米多収日本一 山口県のあぐりてらす阿知須 10a当たり863kg2025年3月3日
-
【特殊報】ナシ胴枯細菌病 県内で初めて発生を確認 島根県2025年3月3日
-
政府備蓄米売り渡し 入札 3月10日に実施 農水省2025年3月3日
-
新潟県の25年産米概算金「コシ2.3万円」 早期提示に歓迎の声 集荷競争、今年も激化か2025年3月3日
-
米の集荷数量 前年比23万t減に拡大 農水省2025年3月3日
-
米価高騰問題への視座【森島 賢・正義派の農政論】2025年3月3日
-
【次期家畜改良目標】低コスト、スマート農業重視 酪農は長命連産、肉牛は短期肥育2025年3月3日
-
【改正畜安法の現状と課題】需給対策拡大が焦点 問われる「国主導」2025年3月3日
-
あなたたちは強い〝武器〟を持っている JA全国青年大会での「青年の主張」「青年組織活動実績発表」講評 審査委員長・小松泰信さん2025年3月3日
-
JA農業経営コンサルタント 15人を認証 全中2025年3月3日
-
【人事異動】農林中央金庫(4月1日付)2025年3月3日
-
農業用バイオスティミュラント「エンビタ」とは 水稲育苗期にも効果 北興化学工業2025年3月3日
-
アミューズメント施設運営「ティスコ」株式を譲受 農林中金キャピタル2025年3月3日
-
「2025ローズポークおいしさまるごとキャンペーン」でプレゼント 茨城県銘柄豚振興会2025年3月3日
-
福岡ソフトバンクホークスとのオフィシャルスポンサー契約更新 デンカ2025年3月3日
-
ファーマーズ&キッズフェスタ2025 好天で多数の参加者 井関農機は農業機械体験2025年3月3日
-
【今川直人・農協の核心】産地化で役割が高まる農協の野菜取り扱い2025年3月3日
-
野菜がたっぷり食べられるカレー味「ケンミンカレー焼ビーフン」新発売2025年3月3日
-
第164回勉強会『海外市場での植物工場・施設園芸の展開』開催 植物工場研究会2025年3月3日
-
春の山梨の食材の魅力を伝えるマルシェ 5日から国分寺マルイで開催 雨風太陽2025年3月3日