農政:みどり戦略を考える
【シリーズ:みどり戦略を考える】座談会:みどり戦略 現場の視点 地域共生あってこそ 持続性は生・消の支え合い(2)2021年7月30日
【出席者】
佐々木衛 JAみやぎ登米常務理事
加藤好一 市民セクター政策機構理事長
蔦谷栄一 農的社会デザイン研究所代表
司会・進行:谷口信和 東京大学名誉教授
耕畜連携が理想 面的な関係注視
谷口 「みどり戦略」における有機の考え方はEUの引き写しです。韓国は途中で工夫しています。例えば韓国は学校給食から始めました。アジア的なやり方というか、日本にそれが不足しています。EUの直輸入です。化学肥料の代わりに、有機質肥料を使うと簡単に言っていますが、そうではなく土壌改良などによる方法もあります。
加藤 耕畜連携もありますね。
佐々木 管内は、耕畜連携により稲わらと堆肥の交換が今でも普通に行われています。仙台牛の産地で、牛の繁殖・肥育も盛んなところです。最近は、ほ場整備が進んでコンバインが主流となり、一部では稲わらのすき込みも行われるようになりました。管内にはJA直営の1カ所を含め有機センターが7カ所ありますが、春のシーズンには堆肥が不足気味になります。
谷口 「みどり戦略」では、稲わらのすき込みをメタン排出の面で重要視していますが、問題は稲わらをたい肥にするのか、すき込むのか、トータルとしての戦略が見えません。堆肥化を重視するのなら組織化する政策を考える必要があります。
佐々木 生産調整による飼料用米が昨年は約600ヘクタール、今年は1000ヘクタール超える見込みです。米作の転作があるので、稲わらが急に減ることはなく、貴重な資源になると思います。
谷口 耕畜連携の土台があり、政策的な手当があれば広がる可能性がありますね。
加藤 TPPなどによる輸入牛肉の増加で、日本の肉用牛は厳しい情況にあります。日本の畜産は稲作との耕畜連携が最も望ましいのではないでしょうか。
谷口 米専業地帯ほど中小家畜経営が中山間地域に移動し、耕種農家との距離が遠くなっています。少しでも可能性のあるところから詰めていくことが重要です。頑張っている畜産経営もあり、生協は飼料用米の利用など産地との提携が求められていますが、どのようにして産地と関わってきましたか。
加藤 生活クラブ生協は、米の減反が始まった1972年ころ、山形県の遊佐町と提携し、「点」から「面」に拡大する形で取り組んできました。米の取引がピークだった1990年代のはじめのころには約16万俵ほどの取引がありましたが、現在は9万俵を切っています。1俵2万3000円くらいのころでした。
そのなかで、いまは作物の取引が増えています。転作を含め、作物を米の栽培面積に換算すると、飼料用米、大豆などで、15万俵程度の提携に総合します。これらの作物は生活クラブの提携生産者の原料として供給され、その生産物を生活クラブの生産者が食するという関係になっています。
谷口 農家としては、トータルとして自らが潤い消費者に喜んでもらうことが望みで、何の作物を作るかは次の問題です。農産物が過剰気味の時代に、早く意識の切り替えが必要です。
加藤 遊佐町の取引先の共同開発米部会員は約500人、当該地域の米生産者は1100人です。その地域で500人が生協の基準で栽培すると地域全体が環境保全米になります。これが「点」から「面」への発展した姿ではないでしょうか。
就農環境が急務 市場原理脱却を
蔦谷栄一
農的社会デザイン研究所代表
谷口 JAとしては米など単品でなく、地域農業全体を支えるという認識が必要です。これから米の消費はますます減ると考えられるのですから。
加藤 これだけ産地で高齢化が進むと新しい作物の導入は困難です。半農半Xでもなんでも新しい担い手が必要です。とにかくテクノロジーも使って新規参入しやすい環境をつくっていかないと農業は持たないのではないのではないでしょうか。とはいえ、生命工学(遺伝子組み換えやゲノム編集など)は生活クラブ生協としては受け入れがたい。
蔦谷 米の消費減は東アジア共通の問題です。韓国も1人当たり消費量が60キロを切りました。台湾は40キロで、その結果、耕作放棄地が急増しています。台湾に飼料用米を提案しましたが実現せず、耕作放棄は深刻です。
この先、日本も人口が減ります。今の消費拡大策を続けながら、景観維持や治水の観点からも、産業としては成り立たなくても、水田維持を支援するような政策が必要です。関係人口の拡大による支え手も含め、農業の持続性確保について議論してほしいですね。もう、市場原理だけでは農業が守れないことは明らかなのですから。
谷口 われわれは米の消費減をやや宿命的に考えすぎるきらいがあります。消費を増やすための本格的な工夫をしてきたのでしょうか。小麦の消費はパンではなく、ラーメンやうどん、ぎょうざの皮、ケーキ、パスタなど多様な小麦粉の利用が増えたからです。
ところで今後、農薬との付き合い方はどうすべきでしょうか。昨年はトビイロウンカが大陸から押し寄せてきました。温暖化で海水温が上がり、飛来しやすくなっています。
加藤 今日的にはネオニコチノイドの問題が重要です。提携している生産者からは、ネオニコチノイドほど効果のある農薬はなく、これを外されると大変だという声を聞きます。農薬総量を減らすだけではなく、農薬の種類ごとの使い方を考えるべきです。もちろんネオニコチノイドを使わない農業の追求は必要ですが。
佐々木 ネオニコチノイドの系統もいろいろあります。それを整理すべきです。
EUでは「悪」と位置付けられていますが、あれだけ効果のある代わりの農薬を探すのは大変です。日本に合った種類、使い方を考える必要があります。EUの使用基準ではなく、国内で決められないのかとの思いもあります。
加藤 単に減らしたらいいというのは現場の実態を知らない、上から目線を感じますね。
蔦谷 一方で、グリホサート系除草剤については、界面活性剤との結合による相乗効果によって発がん性を帯びると推測されながら、事実を隠蔽していたモンサントの例もあります。ゲノム編集の技術も可能でしょうが、本当に大丈夫なのか。病害虫管理では在来技術の普及でもっと対応できるものがあるのではないか。いまあるものを拡げていくという姿勢も必要だと思います。
ところで、JAみやぎ登米の取り組みで特記したいのが県民会議です。生産者や消費者、生協やJA、行政が一体となった推進はすばらしいモデルです。EUのオーガニックの取り組みでは、こうした組織が大きな役割を果たしてきました。地域レベルでの宮城県の例は日本での先駆的な取り組みです。
また、生産者と消費者の提携についてですが、その原点は、米国のCSA(地域支援型農業)にみることができます。農家と消費者が直接連携し、前払いによる農産物の契約を通じて相互に支え合う農業です。
農家の高齢化が進むなかで、農業や水田の維持は、都市の人が農村に出向かない限り解決しないと思います。CSAのように規模は小さくても当事者同士によるきめ細かい交流の積み重ねが必要です。
誇り持てる農業 説明と理解必要
谷口 その通りです。農業には、経営が成り立つような価格の実現が欠かせません。それを消費者にどう納得してもらうかが重要です。この点で生産者は説明が下手ですね。「この野菜はこうやって作り、これだけコストがかかりました。品質は保証します」と自信をもってアピールできる農家やJAの職員がどれだけいるでしょうか。
佐々木 そうですね。これまでのJAは直接消費者と接する機会が少なくても済みました。市場に出荷すればあとは連合会にまかせる。これはこれで系統組織のよい面だったと思います。今は、産地もより早くさまざまな情報を入手し生産と販売に取り組まなくてはならない時代ですから、JAと生産者が協力して自ら動く姿勢が大切だと思います。
加藤 やはり、生産者には「買ってもらっている」という意識が感じられます。「俺が作ってやっているんだ」というくらいの誇りも必要だと思います。また適正な価格の実現は必要ですが、高いと売れる量は減ります。問題は価格と量とのバランスですから、そこは売り手と買い手の交渉で、ここが提携関係の基本です。。遊佐町の米の価格を決めるときは、労使の団体交渉のようなことをどれだけ重ねたか。お互いが切磋琢磨してこそ信頼が深まります。
蔦谷 儲からなくても農業、地域を守っているという誇りを持つことは大切ですが、家族経営のなかには自分の生産物の原価が分からないという人も少なくありません。
今後はJAと生協という協同組合間の交流に加え個別農家との交流が増えるでしょう。そのとき胸を張って、「俺の経営はこうなんだ。生活の実情はこうなんだから一緒にやろう」というように自分の経営や生活を説明し、理解を得る関係にならないと。
佐々木 稲作は、かつて20~30人でやっていたことを今は1人でもこなせます。規模が大きくなるのはいいのですが、農家が減ると地域が成り立たなくなります。JAとしてはそこがジレンマです。担い手の育成について当JAとしても担い手支援センターを設置し取り組んでいます。
谷口 法人経営なしに農業生産の維持が難しいのは事実です。「みどり戦略」で半農半Xを認めたのは農水省としては画期的ですが、それだけではできない。どちらがいいのかではなく、法人経営や家族経営との適切な組み合わせを考えるべきです。
蔦谷 やはり担い手、地域をどうするかが課題です。全国一律でなく、自分の地域の実情にあった取り組みを行うことで、「みどり戦略」も生きてくるのではないでしょうか。農業者の担い手がいないというのなら、〝よそ者〟にも参画してもらう時代がきています。
加藤 その時、よそ者である消費者の役目があります。労働力不足で、いま物流が回らなくなっています。広域でなく、地域で生産と消費を繋ぐ新しい仕組みづくりが早晩必要になると考えています。
佐々木 新しく始まる事業は新規が優先されがちですが、「みどり戦略」は、これまできちんとやってきた産地についてもフォローしてくれるような目標や仕組みにしてほしいですね。
谷口 その点でもJAグループには頑張ってもらいたい。本日はありがとうございました。
谷口信和
東京大学名誉教授
【座談会を終えて】
精神一到何事か成さざらん▼それが正しいのは成すべき目標が明確で、プロセスが誰にでも共鳴でき、実現可能性の光が見えているときに限る▼「みどり戦略」はどうみても大風呂敷の大言壮語だが、決して冷笑の対象でも嘲笑の対象でもない▼冷静で科学的な精神と宇宙地球号の未来を案じる温かき心の対話の対象であろう▼JAみやぎ登米や生活クラブ生協の実践はそうした対話の力が、時間はかかるが、最も遠くまでたどり着く確かな保証だということを示している▼世界があなたのために何をしてくれるのかではなく、あなたが世界のために何を成すことができるのか▼現在の「ケネディ」ならば、私たちに問いかけるだろう。
(谷口信和)
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